信頼されていない護衛(別視点)
運命の悪戯なのか、それとも必然の事象なのか、それともマリア様が成せる奇跡なのだろうか。ミシェル様の前にフレイティス様が現れるとは思っていなかった。どちらか片方だけが気付いただけならともかく、お互いに気付いた以上、このままではいられない。
しかも、フレイティス様は大聖堂に泊まってはどうかと持ち掛けてきた。夜に話をしたいということなのだろう。護衛として同席するべきだが、ミシェル様はなんと言うだろうか。そもそも私は護衛として認められていない。それは当然のことだが、今度こそミシェル様をお守りしなければ。
ミシェル様の部屋をノックすると「どちらさま?」と言葉があった。
「みっちゃん、レダだけど入っていいかい?」
「好きにしたら」
相変わらずミシェル様は私に対して冷たい。仕方のない事とはいえ、彼氏という偽装の立場を得られただけでもありがたいと思うべきだろう。本来なら過去の失態を国へ報告すればいいだけ。それをすれば私の命はない。報告しないのは私に対する慈悲などはなく、新たな護衛が来るのが面倒なだけ。
信頼を勝ち取りたいとは思っているが、もう無理かもしれない。ミシェル様にとって一番はマリア様、次に孤児院の皆、そして辺境の皆様だけだ。私などは今日死んだとしてもミシェル様が悲しむことはない。面倒な奴がいなくなってせいせいするというくらいだろう。
ミシェル様の部屋に入り、扉を閉める。足を組み、ひじ掛けに右ひじを乗せて、右手のこぶしで顔を支えるように椅子に座っているミシェル様。明らかに不満そうな顔をしているが、その対象は私ではないだろう。
「何か用?」
「フレイティス様がいらっしゃると思いましたので」
「だから?」
「護衛が必要かと」
「いらないわ」
「私が護衛では不満かもしれませんが、ここはどうか――」
「違うわよ。あれが私に何かするわけがないってこと」
どうやら私の護衛が気に入らないというわけではなく、フレイティス様が何もしないと思っているご様子。でも、あれ、か。かつては婚約者候補だったこともあるが、なんとも思っていないのだろう。むしろ、今日の今日まで思い出したこともなかったはずだ。
しかし、なぜ何かするわけがないと思えるのだろうか。少なくともこの大聖堂に泊めた理由がある。話をしたいだけならここでなくともよかった気がするが。
「危険がなかったとしても私はミシェル様のおそばを離れるわけにはいきません」
「危険がないときにしかいない護衛ってどう思う?」
「それは――」
「安全なときだけいて、守って欲しい時にいなかった護衛なんて私には必要ないわ。そもそも守ってもらうほどの価値なんて私にないでしょ? 貴方もつまらない仕事を押し付けられたわね。成功しても賞賛されず、失敗したら死というハイリスクなだけの仕事。それだけは同情するわ」
同情。そう、私は同情でミシェル様のそばにいることを許されている。今の私は護衛として何の役にも立たない道化でしかない。女であるにもかかわらず、ミシェル様の彼氏としておそばにいるだけ。私はミシェル様にとって何なのだろうと思うことはある。
仕事を放棄して、どこかへ逃げてしまっても誰も気にしないだろう。むしろミシェル様はそれを望んでいるのかもしれない……いや、駄目だ。このまま何かを成せなかったとしても、自分の人生に胸を張って生きたい。それをマリアさんから教わったじゃないか。
「同情でもなんでも構いません、どうかこの場においてください」
「……ならお茶を。貴方が入れるお茶だけは気に入っているから」
「はい、すぐに用意いたします」
それはおそらく嘘。でも、私のためにそう言ってくれる。冷たそうに見えるがお優しいお方。ミシェル様はマリア様に命を救われてからずいぶんとお変わりになられた。マリア様には感謝しかない。
お茶を入れて十分後、二杯目を入れようとしたところで扉がノックされた。
「司祭のフレイです。少し話をしたいのですが、よろしいですか?」
「どうぞお入りください」
ミシェル様の言葉を聞いてから扉を開ける。廊下には笑顔のフレイティス様が立っていた。「どうぞ」と促すと、フレイティス様は軽く頭を下げてから中へと入る。扉を閉めると、椅子から立ち上がっていたミシェル様は綺麗な所作でカーテシーを披露した。
「本日はこのような部屋を貸してくださり――」
「素を出してくださって構いませんよ。私もそうしますので」
「……感謝するわ。孤児院暮らしが長いと王族の言葉遣いなんてやってられないし」
「やはり、ルガ王国の第二王女、ミシェル様でしたか」
「そちらはこの国の第三王子であるフレイティス様で間違いなさそうね」
「ええ。ですが、今は教団の司祭フレイでしかありませんよ」
「なら私も孤児でマリア姉さんの妹であるミシェルでしかないわ」
どちらも王族。ただ、どう考えてもフレイティス様は自ら司祭という立場になっただけで、ミシェル様とは違う。とりあえず、二人のお茶を用意する。二人は王族ではなく、今の肩書での話し合いをしようということらしいが、私に発言権はない。ミシェル様に危険が及ばないようにそばに待機しているだけだ。
フレイティス様が私の方を見た。
「失礼ですが、女性の方ですよね?」
驚いた。認識阻害用の魔道具である眼鏡をかけて顔をぼかした感じにしているのに私が女であることを見抜いている。よほどの魔力がなければ見抜けないはずなのだが……いや、よほどの魔力があるのか。
「答えていいわよ」
「はい、フレイティス様。私は女でアイレダと申します。普段はミシェル様の彼氏としてレダと呼ばれておりますが」
「そうでしたか。いえ、確認だけでして、ばらすつもりはまったくありません。もちろん、ミシェルさんのことも誰にも言いませんので安心してください」
「それはありがとう。で、見返りとして何をして欲しいの?」
なるほど、単なるいい人ではなく、秘密をばらされたくなかったらいうことを聞けということか。こちらもフレイティス様が王族であることは知っているが、ミシェル様はそれが交渉材料にはならないと判断したようだ。
「そう身構えないでください。マリアさんの話を聞きたいだけです。孤児院でのこととか教えていただけたら嬉しいですね」
これはいけない。ミシェル様にとってマリア様は信仰の対象と言ってもいい。女性ならともかく、男性がマリア様のことを聞く。それは一番やってはいけないことなのに……あああ、ミシェル様のお顔が……!
「マリア姉さんのことを聞いてどうするつもり?」
「教団としてマリアさんがどんな方なのか知っておきたいのですよ」
「もっとましな嘘をつくのね」
「嘘は言っていませんが?」
「貴方自身が興味あるんでしょう? 教団として、なんて理由は要らないわ」
「まあ、それはそうですね。で、どうでしょう、教えてくれますか?」
「聞いてどうするつもり、の答えをまだ貰ってないわ」
「マリアさんをこの国の王族に迎えたいのです」
あああ、もう駄目だ。ミシェル様の逆鱗にふれた。知らないとはいえ、私でもミシェル様をそこまで怒らせたことがない。怒りの矛先が私ではないのにさっきから胃が痛い……。
「まさか貴方が結婚するとか言わないわよね?」
「そうなったら良いなとは思っていますが」
「冗談でしょ?」
「本気ですよ」
「釣り合っていないでしょうに」
「マリアさんは素晴らしい方です。聖女にならないかと打診しておりまして、それを承諾してくだされば王族とでも釣り合いが――」
「なんでアンタらが上なのよ」
フレイティス様が訝し気な顔をされた。これは私でも分かる。立場が逆だ。
「アンタらがマリア姉さんに釣り合っていないでしょ。この国の王族程度がマリア姉さんと同格のつもり?」
「……この国の王族程度ですか」
「しかもマリア姉さんにこれ以上に苦労させようっての?」
「苦労ですか?」
「こんな国の王族なんて罰ゲーム以外のなにものでもないじゃない」
「罰ゲーム……?」
「マリア姉さんがいなかったら五年も前になくなっているような国でしょ。周囲から常に狙われているのにたいしたこともできない無能な王族に迎え入れるなんて、罰ゲームじゃなければなんだってのよ」
フレイティス様の顔がこわばっている。どうやら、少なくとも状況は知っているご様子。でも、最近まで知らなかったのだろう。知っていたら十年もあんなことを許すわけがない。そして王族に迎え入れたいということはマリア様の功績も分かっているようだ。
これは長い夜になるかもしれない。護衛うんぬんの前に私の胃が持つかな……。




