待ち合わせのやり取り
『マリアちゃん、おはよー。今日は何するの?』
『もう少し惰眠をむさぼります』
『若い子が何言ってんの!』
『若いから眠いんです。二度寝最高』
朝からエスカリテ様に叩き起こされた。神様のモーニングコールって贅沢過ぎる。でも、脳内に直接伝えてくるのはちょっと困る。祈ってないのに脳内にダイレクトアタックかましてくる神様ってなにさ。
とはいえ、やることは多いので寝ている場合ではないかも。ボロボロの教会を修繕をしなくちゃいけないし、生活基盤を整えないと。それにエスカリテ様の信仰心を稼いで理想の男性を探し出してもらいたい。
しかし信仰心か。エスカリテ様は昔、邪神と呼ばれていたらしいけど大丈夫かな。一応、その辺りの疑念を聞いたんだけど「そんな面倒なことやるわけないよー」と軽く言っていた。しかも、「滅ぼしたらカップルが仲良くしているところが見れないでしょ!」と言っていた。
それに人を滅ぼそうとしたら恐怖による信仰心は増えるかもしれないけど、実際に人を滅ぼしたら信仰心もなくなって何もできなくなるらしい。だから、そんなことはしないとも言っていた。なんとなく納得できる理由ではあったので信じることにした。それにエスカリテ様は邪神っぽくないんだよね。人を見る目があるかといわれたら無い方だけどなんとなく信用できそう。初めて会ったのになんでかな?
そんなわけで邪神と呼ばれていたことは秘密にすることにした。今は女神って言われているからそれで行こうと思う。忘れられていた神様なんだから、心機一転、これから女神らしく振る舞えばいい。エスカリテ様も「頑張るわ!」とやる気だし、私が立派な女神様にしてあげよう。そして理想の男性を見つけてもらう。完璧な計画だ。
さて朝食にしよう。今日は朝から干し肉いくか。ちょっと大きめだけど包丁がないのでそのまま丸かじり。すんごい硬いけど私の歯で噛み切れぬ物なし。
あー、ガリガリかじってるだけでもしょっぱさが身体に染みわたる。肉と塩分を取ったのいつぶりかなぁ。昨日は遅くまで掃除してたから、薄味野菜スープしか飲んでなかったし。それでも私にはごちそうだったけど。でもなぁ、前世を思い出しちゃったから色々欲が出てきた。美味しい物を食べたいし、毎日お風呂に入りたい。
『マリアちゃん、その食べ方は女の子としてどうかと思うの』
『調理器具がないのでこうするしかないんですよ』
『それじゃ買いに行きましょう!』
『そのつもりです。教会修繕のために大工道具とかも買いに行かないと』
『そういうのって専門の人に頼むんじゃないの?』
『自分でやれば無料じゃないですか』
無料って素敵な言葉だ。孤児院の修繕なんかも全員総出でやった。それに小規模だけど孤児院では食べ物を育ててた。この教会には庭がある。畑を耕して食べられる物を作ろう。じゃがいもとか。フライドポテトを作って異世界無双するか。
よし、快適な生活のためにもスタートダッシュを決めて、後はぐーたら生きる。補助金以外の不労取得で月収銀貨十枚を目指そう。信仰心もなにもしないで上がらないかな。そっちも不労で信仰心を稼ぎたい。できれば私の信仰心がなくても大丈夫な感じで。
『マリアちゃん、私への信仰心が下がってない……?』
『気のせいです。それじゃ、買い物に行ってきます』
『あー、楽しみ。そうだ、服屋さんにも寄って。最近の流行を見たいかも』
『エスカリテ様はお留守番では?』
声しか聞こえないけど、この教会を拠点にしているのではないだろうか。像とかはないけど、ここはエスカリテ様の家のようなものだし、勝手にフラフラされるのも困るんだけど。
『私の身体ってその世界にはないから留守番とかないよ。視点だけがマリアちゃんのそばにあると思ってくれれば』
『そうなんですか?』
『私は天界ってところに住んでて、そこからマリアちゃんを通してそっちの世界を見てるの。それがオラクルの力なのよね』
『そうだったんですか。でも、どう見えているんです?』
『マリアちゃんを中心に半径二メートルくらいまで視点をどこにでも動かせる感じ』
エスカリテ様の視点は前世のゲームでよくある視点ってことかな。私の目を通して見ているわけじゃないから一人称視点じゃなくて三人称視点っぽい。
『そっちの世界を見るのは久しぶりだから色々見たいんだよね』
『久しぶり?』
『神って自分の波長に合った巫女を通してじゃないとそっちの状況が分からないのよね。もちろん巫女がいなくても無理をすれば見ることはできるけど、そこまでする理由はなかったのよね。それに結構寝てたから、今がどうなってるのか見てみたい』
なるほど、だから久しぶりか。エスカリテ様の巫女がいたのは相当昔だろう。なんといっても最古の文献まで遡らないと名前が出てこない。どれくらいの歴史があるのかは知らないけど、かなり昔のはず。私も王都は初めてだし、これから生活する場所だ。観光がてらにエスカリテ様と散歩するのも悪くないかも。
『それじゃ観光しながら買い物と洒落込みますか』
『ひゃっほー! お買い物だー!』
『そこまで喜ばれるとアレですが、注意点を一つ』
『何でも言って』
『脳内の会話は難しいので、私が誰かと話している時は割り込まないでください』
『そうね、間違って私との会話を口にだしたら、危ない人に見えちゃうもんね』
教会でなら神様と会話していると思ってもらえるだろうが外でそれをやったら変な人に思われる。私の巫女としての知名度は低い、というか教団の関係者の人達しか知らないはず。周辺の人にはきちんと説明しておいた方がいいかも。まあ、それはあと。まずは買い出しに行こう。
買い物をするなら商業地区だ。教会は王都の南東の端っこにあるので結構歩かないといけない。道は複雑だけど、中央広場からならどこへでも行けるくらいには地図を頭に叩き込んだ。まずは中央広場に向かおう。
そこそこ早い時間なのに結構賑わっている。王都だから当然か。辺境の町とは違うね。
『マリアちゃん、止まって!』
『どうしました?』
エスカリテ様の緊迫した声が頭に響く。何か問題でも起きたのだろうか。
『広場の中央にある噴水、あそこに立っている女性を見て。そっとよ、そっと。ジッと見ちゃだめ』
言われた通り、顔を向けずに視線だけを広場の中央にある噴水へと向ける。この世界での標準的な服装をした女性がいる。布製の服でスカートだけどおしゃれな感じはする。年齢は私よりちょっと上。エスカリテ様は何が気になるんだろうか。もしかして私と同じように巫女?
『あの女性がなにか?』
『あの子は彼氏を待っているに違いない! 私の予想は当たる!』
『神様なのに予想なんですか? で、あの女性が彼氏を待っていたらなんです?』
『もうちょっとしたら、待った、ううん今来たとこ、のやり取りが見られるかもしれない!』
『斬新な拷問ですね』
『なんで拷問? 最高の場面でしょうが! ばれないように近づきましょう! もっと近くで見ないと! これは幸先いいわね!』
幸先が良いって神様なのに縁起的なことを気にするのだろうか。神様であることは間違いないらしいけど、そもそも姿が見えないから何とでも言えるんだよね。声や話し方は女性なんだけど、もしかしたら身体はタコっぽい感じかもしれない。昨日は人と同じと言ってたけど、自己申告だけなのがちょっと不安。
一応、女性とは何の関係もないように噴水に近寄った。ここなら声が聞こえるだろう。私も誰かを待つ振りをする。その間に噴水にお金が落ちてないかチェック……くそう、一枚も落ちてない。
『まだかなー……もう! 早く来てよ!』
『なんで彼女さんよりもやきもきしてるんですか』
『だって早く見たいでしょ、今来たとこ、を!』
『もしかしたら、もー、おそーい、ぷんぷん、とか言うかもしれませんよ』
自分で言ってダメージを受けた。かなりの致命傷だ。みっちゃんの真似は止めよう。これは上級者向けだ。
『マリアちゃん、そんなこと思いつくなんて、もしかして神なの……?』
『神様は貴方です――あれ、てことはみっちゃんが神?』
『みっちゃんって誰? でも、どうしよう。そんなことを言い出したら、私、悶え死んじゃうかもしれない……』
『あの女性に神殺しの大罪を背負わせないように耐えてください』
冗談で言っているとは思うが、悶え死ぬ神様ってなんだろう。というか、あのセリフを聞いたら悶え死ぬのか。むしろ言った方の命が危ない。私が殴りかねないから。何を言っても殴らないように無になろう。
それから十分ほど待つと、それっぽい男性が来た。エスカリテ様、鼻息が荒いです。
「ごめん、待った?」
「待ってないと思ってんのか、あぁん?」
ワイルド。ワイルドだよ。ドラゴンだって逃げ出すほどの迫力だよ。ドラゴンスレイヤーの域だよ。
「そ、そうだよね、実はこれを受け取りに行ったら時間がかかちゃって、本当にごめん」
男性はそう言って箱から綺麗なブレスレットを取り出した。巧の一品って感じだ。女性のほうは怒っていた顔が一変、驚きの顔になっている。
「これって……!」
「うん、君が前に欲しがってた物。誕生日、おめでとう」
「え、あ、その、うん、ありがと……」
「許してくれるかな?」
「……今日一日、楽しかったら許してもいいかな」
「ああ、任せてくれ!」
さっそくブレスレットを付けた彼女さんは彼氏さんと幸せそうに噴水を離れていった。しかも手を握って。暴れなかった私は偉いと思う。それはともかく、さっきから脳内にバンバンと何かを叩く音が響いている。エスカリテ様が床でも叩いている?
『祝福あれ!』
『いきなり脳内で大声を出さないでください』
『なんなのあれ! やばくない!? 虹とか出す!?』
『そんなことできるんですか?』
『ぐぬ! 信仰心が足りない! ものすごく私のこと崇めて! すぐに!』
『いきなりは無理ですね。でも私の呆れの感情で信仰心が上がってませんか?』
『……むしろ下がってる……なら虹は諦めて鳩を飛ばすわ!』
しばらくするとあの二人の上空を白い鳩が三羽飛んだ。くるっぽーとか鳴いてる。ちょっとしょぼい感じだけど、今のエスカリテ様ならこんなものなのだろう。いつかは虹がだせるのかな?
『いやー、いいもの見たわ! これはかなりポイント高いわね!』
『なんのポイントか知りませんけど、ためると何かあります?』
『私の満足度が上がる!』
『この世で一番どうでもいいポイントですね』
エスカリテ様が満足ならそれでいいかな。それじゃそろそろ自分の用事を済まそう。なんというか朝っぱらから胸やけしそうな展開でもうお腹いっぱいだ。栄養足りないんだけどなぁ。