傲慢な巫女(別視点)
「何をしているの? 早く中に入って捕まえなさい」
そう言うと護衛達は顔を見合わせてから教会へ入った。一体何だというのかしら。護衛の一人がマリアを教会の中へ吹き飛ばしたあと、すぐに追うかと思ったのに教会の入り口で立ち止まるなんて。
それにしても面倒。すぐに戦神様に従うと思ったのに逃げ出すなんて。嫌そうなのは分かっていたけれど、まさか本当に拒否するなんてね。ある程度考えられる頭を持っているなら戦神様の巫女である私に逆らったところで意味がないことなど分かるでしょうに。
名前も知らないような神のためにこれ以上時間をかけたくないわ。戦神様への報告も遅れているし、本当に厄介。早く終わらせてゆっくり湯船につかって寝たいわ。
……遅いわね。小さな教会で成人したばかりの子を捕まえるのに何をしているのかしら。それに脅しのために配置した護衛達からの連絡もない。孤児院の方までは送っていないけれど、この町で懇意にしている場所へは向かわせたのに、いまだに何の連絡もないなんて怠慢がすぎないかしら。
「遅い。貴方、教会の中へ入って確認してきなさい」
そばにいた護衛は頷くとすぐに教会の入り口まで移動する。そのまま中に入ると思ったのに、なぜかその場で止まった。さっきと同じようだけど、まさか罠でも仕掛けてあるのかしら。たとえそうでも罠を潰してしまえばいいでしょうに。
『ディアナよ』
『マ、マックス様!』
『神を従えると聞いていたがまだなのか?』
『申し訳ありません。思いのほか巫女が抵抗していまして』
『私の加護を与えても捕らえられないとは向こうの神もやるようだな』
確かにその通りだけど、そんなことってあるのかしら? 戦神様の加護はかなりのもの。助言しかしないような神とは違い、本当に力を与えてくれる真の神の力。それなのに名前も知らないような神がその強さを上回るということ? こちらは戦闘を専門にしている者に加護を与えているのに、あのマリアって子に勝てなくなるほどなの? それはあまりにもおかしいのではないかしら?
『向こうの神の名は何という?』
『申し訳ありません。知名度の低い神の様で覚えておりません』
『ほう。ならば掘り出し物ということか。強き力を持つ神なら他に奪われる前に配下にしたいところだ』
神を傘下に収めようとしているのは戦神様だけではない。他に取られてしまっては戦神様の立場、しいては私の立場が悪くなる。もちろん、神の一柱くらいで立場が大きく変わるわけではないけど、強い力を持つ神だというなら見逃す手はないのよね。
『まだかかりそうか?』
『申し訳ありません。すぐに護衛を向かわせて――』
『いや、ならば我々が直接行こう。その方が早い』
『承知しました』
『安心せよ、お前にも我が加護を与える。お前に傷がつくことなど無い』
『ありがとうございます、マックス様』
私に戦う技術はないけれど、加護のおかげで傷つくことはない。多くの信仰心を集めた戦神様の加護なら誰にも負けないほどなのだ。なんて素晴らしいお力なのかしら。戦神様こそ神々の頂点に立つべき神。そして私こそがその巫女として永遠に名を刻む。想像しただけでも笑みがこぼれるわ。
「どきなさい。私が行くわ」
入り口で立ち尽くしている護衛にそう言うと、護衛は膝から崩れ落ちるように倒れた。息はしているようだけど、気を失っているようで全く動かない。
え? どういうこと?
『これはなんだ? 何があった?』
『わ、分かりません。特に何かをされたようには見えなかったのですが』
入り口から中を見る。礼拝堂にはろうそくすらなく、天井に近い窓から月の明かりだけが入っているだけで、あまりよく見えない。辛うじてマリアが立っているのが見える程度だ。よく見ると、その足元には護衛達が倒れている。まさかマリアがやったの? 何の神か知らないけど、戦神様の加護を持った護衛達を倒せるなんて。
『どうやら護衛程度では勝てないほどの強さを持っているようだ。気を付けよ』
『は、はい、承知しました』
少しだけ怖いと思ってしまったけど、私は戦神様の巫女。こんなことで恐怖を感じるわけにはいかないわ。
「止まりなさい」
「え?」
教会へ足を踏み入れようとした寸前に声が聞こえた。今のはマリアの声? そんな声だったかしら? 夕食の時の声とはずいぶんと違うというか、透き通るような綺麗な声だけど。
「ここは私の聖域。貴方が勝手に入っていい場所ではないわ」
なぜかその声色に言いようのない不安がこみ上げる。逆らってはいけないような、何かが間違っているような、そんな得体のしれない気持ちが私の心を支配している……いえ、私は戦神様の巫女。そして加護も貰っている状態なのだから同じ巫女に恐れを感じる必要なんてない。これは何かの気の迷いよ。
「何を言っているの? 私は巫女。入れない場所なんてないわ」
「貴方には言ってないわ。貴方が仕えている神に言ったの」
「何ですって?」
私が仕えている神が戦神マックス様だと知っていてそんなことを言ったの? マリアは一体何を考えているのかしら。マックス様が直接手出しはできなくとも、私を通して貴方なんかすぐに倒せるのに。そこまで馬鹿だとは思えなかったけど、まさか戦神様のことを良く知らないのかしら?
もういいわ。無知で馬鹿な子なのは分かった。だから、傘下につくことを嫌がったのね。神々の情勢を良く知らない神に仕えているようだし、天界でもかなりの辺境に住んでいるのでしょう。護衛に勝てる程度でこんな態度をとるなんて残念な神に仕えたと後悔すればいいわ。
教会の中へと足を踏み入れる。特に何もおきない。
「貴方の聖域とやらに入ったわ。それで?」
何も起きないところを見ると先ほどの言葉はハッタリ。護衛達が床に倒れているのは何かの罠の結果。おそらく護衛達で全部の罠を使ってしまったのね。
「残念ね。来なければ見逃してあげようとも思ったけど、もう駄目よ」
その言葉の直後、大きな音を立てて入り口の扉が閉まり、壁にあるろうそくに火が付いた。どういうこと? 魔力? まさかマリアは魔法使いだったの? ……マリアよね? 服のフードをかぶっていて口元しかみえないけど。
『待て!』
『マ、マックス様? どうされました?』
『なぜ……なぜギザリア様の像がある!?』
『え? ギザリア様? 像?』
マリアが立っているその右後ろ。そこには等身大の像があるけれど、あの像が一体? それにギザリア様って誰? マックス様が誰かを様付で呼ぶなんて……?
『いや、それよりもなぜ正面ではない? 隣にギザリア様の像を置くなら正面に置かれる像は……』
『マックス様……?』
『ディアナ! 神の名はなんだ! なんでもいい! 思い出せ!』
『え? え? た、たしか、女神エスなんとかだったかと』
『エス……まさか、エスカリテ様か!?』
『え、あ、はい、確かそんな名前でした。司祭の話ではカプチュウの女神エスカリテだったような……え? 様付け?』
『いかん! 膝をつけ! 頭を下げろ! 恭順の意を示せ!』
『え? それはどういう――』
『遅い!』
え? か、身体が勝手に動く!? 私の身体が床に膝をついて頭を下げた。嘘でしょ、こんなの王族くらいにしかしたことがないわよ!? 巫女になってからはされることはあってもしたことなんかないのに!?
「え、エスカリテ様、お、お目覚めになったのですね……み、巫女に憑依されていると御見受けします……」
私の口が勝手にしゃべってる! 憑依って言ってたけどマックス様が私の身体を? いえ、マリアにも神が憑依している? というか、これって恐怖!? マックス様が怯えているの!? 感情がこっちにまで伝わってきて――は、吐きそう!
なんなの!? 頭を下げているから見えないけど、マリアが床を歩いてこっちに来ている? 床のきしむ音が近づいてくるたびにマックス様の恐怖心が増えて……く、苦しい……! い、息が……!
「貴方、誰?」
し、心臓が痛い! 声を聞いただけでマックス様が死にそうになってる! なんで!? なんでマックス様はここまで怯えているの!?
「マ、マックスと申します……」
「名前なんて聞いてないわ」
死ぬ! 死んでしまう! マックス様! 息をして!
「誰の天使なの?」
「……バ、バルノア様の天使です……」
「ああ、あの戦闘狂の」
え? なに? どういうこと? バルノア様? そもそも天使って……?
「貴方が仕えていた神は私が殺したわ。むかついたから」
「は、はい……存じて……おります……」
「そして今は貴方にむかついているの。この意味は分かるわよね?」
「そ、それは……」
「それに私は邪神で災厄なんですってね。まあ、間違ってないわ。貴方達にとって私はそういうものでしょうね」
「お、お許しを……」
戦神様はなぜ恐怖を感じて怯えているの? まさかとは思うけど、エスカリテという神は戦神様よりも強い……?
「私の巫女に脅しをかけておいて許されると? 一度は見逃してあげようかとも思ったけど、警告を無視してくれて嬉しいわ」
「も、申し訳ありません! 二度とさせません! どうかお許しを!」
ま、まさか、私がマリアを脅したことで神が怒っているの? そ、それじゃ、私の命が危険なんじゃ……!?
「二度とさせない、ね。私ね、後悔しているの」
「こ、後悔とは……?」
「あの時、つまらないことを考えずにすぐに助けてあげればあの二人は助かった。神に頼るのは人の可能性を狭めることだと思って私は極力人に力を貸さないって信念があったのよ。でも、それで残ったのは後悔だけ。あんな思いをするくらいなら、もっと積極的に介入すればよかったって後悔しているの。私はね、同じ失敗をするつもりはないわ」
「そ、それは……」
「それにね、マリアちゃんは私を家族のように思ってくれているの。私を神として畏れ敬うわけではなく、友達のように思っているわけでもない。ただのエスカリテとして姉のように扱ってくれるの。私が昔から欲しかった家族という絆、それをマリアちゃんはくれたわ。そんなマリアちゃんを脅し、傷つけるなんて、どんな神が許そうとも私が許さない。一度はチャンスをあげた。でも、もうないわ。過度な介入することにまだ抵抗はあるけれど、家族のためにならいくらでも力を振るうわ」
戦神様さえ怯えている神が私を狙ってる! 助けて! 死にたくない!
「天使たちの力を集めれば私に勝てるのでしょう? 生き残りたいのなら戦いなさい。戦神と呼ばれている貴方の力を見せてみて」
え? 私が立ち上がった? こ、これが神が憑依しているマリア……? 嘘、し、信じられない……こ、こんなに美しいの……?
え? ちょ、ちょっと待って! 嘘でしょ! マックス様、やる気なの!? すでに心が折れてる感じですわよ!?
「エ、エスカリテ様、は、発言の許可を……」
「……いいわ、何?」
「た、戦いますが、わ、私はどうなっても構いません。ですが、どうかこの者だけは許してもらえないでしょうか。この者は私の命令を聞いただけで、その罪は私にあります……」
せ、戦神様!
「驚いたわ。天使なら人のことなんてどうでもいいと思ってたんだけど」
「お願いできないでしょうか。この者が傲慢になってしまったのも私の責任です。どうか、寛大な処置を……」
「どうしたものかしら、私、この子にもすっごくむかついているのよね」
ひぃ! お願いします! 心を入れ替えるので許してくださいまし!
「……いいわ。この子に痛みがいくことはない。貴方が全て受けなさい」
「感謝いたします」
え? 本当に戦うの? なんか右手に剣が現れた? ひぃ! 一瞬で剣がマリアの首を……え? 剣が首で止まった? 傷一つ付いてない……? ひゃあ! 私の腕が見えないくらい速い! 痛みはないけど、私の身体がもつの!? で、でも、何度剣で斬りつけてもマリアの身体はまったく傷がつかない……あ、剣を握られた。しかも粉々に砕け散った。あんな伝説の武器って感じの剣があんな風になるものなの……?
「その程度? それでよく私に勝てると思ったわね。たった二千年で忘れたの?」
「くっ……!」
「森羅万象を操るわけでもなく、ただ剣を振りまわすだけ……私に勝てる何かがあると思ったけど、もういいわ」
え? なに? 視界がブレたとおもったら外? あれって空の月? 殴られて吹き飛ばされた? 地面に仰向けで寝てるの? それに私の口からうめき声が聞こえて……マックス様が痛みを感じているの!? ああ、駄目、マックス様の心がもう……!
「貴方、知らなかったの? 私はね、神と呼ばれている奴らに負けたことはないの。生まれてこの方、一度もね」
そんな言葉の後、こちらに歩いてくる足音が聞こえる。こ、このままじゃ……!
『マックス様!』
『……すまぬ、ディアナ、私はここまで――』
「エスカリテ様、どうか怒りをお鎮めください」
え? 教皇様の声? 近くにいる?
「嘘……! コトちゃん!?」
「いえ、私はアマシャと申します。コト様の子孫にあたる者です」
「そうなの!? ああ、確かにちょっとは違うかも、髪も白いし」
「それよりもエスカリテ様、コト様からの伝言があります。どうかお聞きください」
「伝言?」
「勇者エイリス様は生きておられます」
「え……!?」
「魔剣の力で時間が止められているだけですので、いつかエイリス様とベルト様を助けて最高のカップルにしてあげてほしいとのことです。神であり、同じカプチュウの同志であるエスカリテ様にしかできないことだとコト様はおっしゃっていたとか」
「……もう! 私の推しや巫女たちってなんでこう最高なの!」
何の話かよく分からないけど、助かったのかしら……?




