三つの災厄
女神の吐息を貴族様に振る舞ってから三日が過ぎた。最近ようやく生きた心地が戻ってきたよ。カクテルを再現したら終わりだと思っていたのに、さらに二時間くらい孤児院時代の話をしたからね。楽し気なお話なんてわけじゃなく、尋問とか取り調べの気持ちだよ。弁護士呼んで。
根掘り葉掘り聞かれたけど、孤児院時代の話なんてそんなに面白いものじゃないんだよね。辛かったわー、かー、マジ辛かったわー、なんて苦労話はただの不幸自慢にしかならない。それに少ないお金でやりくりした話なんか自慢にもならない。大体、先生が商人にぼったくられているのが悪い。まあ、足元見られるなんてどこでもされていることだろうけど。
それも今では色々改善されたし、補助金も送ったから最近の孤児院は結構裕福だろう。美味い物を食べて大きくなるがいい。それにみっちゃんがいるならお金を全部使うなんて馬鹿な真似はしないはず。みっちゃんはお金の管理にうるさいからね。彼氏さんもイケメンな上に誠実な人だから変な気は起こさないと思う。すでに尻に敷かれていると言う感じではあるが。
さあて、今日から通常営業に戻そう。炊事、掃除、洗濯をしてから畑仕事、その後は冒険者ギルドに顔を出そうかな。そろそろ像が集まっている頃だと思う。
『マリアちゃん』
『エスカリテ様、どうしました?』
『前に大聖堂であった巫女が馬車に乗ってこっちに向かってるわよ』
『え? ここに来るんですか?』
『うん、なんかすんごい数の護衛を連れているけど、何しに来るのかしら?』
『面倒事かなぁ、せっかく落ち着いてきたのに』
エルド様は優しいおばあちゃんって感じだったけど貴族様との会話はメンタルが削られていくんだよね。昨日まで精神力が枯渇状態だったのに、またメンタルが削られるようなことだろうか。臨時休業にしたい。
エスカリテ様の言う通り、護衛が多い馬車が教会の前で停まった。そして大聖堂であった巫女――たしかディアナさんって人が馬車のタラップを使って降りてくる。今日も豪華そうな服を着ているけど、動きにくそうだ。やっぱりああいう服は要らないな。こんなご時世、とっさに蹴りが出せないと危険だ。
「何、このボロい教会? こんなところに住んでいるの?」
うるせえ、と言いたいところだけど、人生に波風を立てないのが我が生き様。ここは笑顔でスルーだ。そして頭を下げる。
「巫女のディアナ様ですね。巫女のマリアと申します」
「挨拶くらいはできるのね。なら、知っているようだけどこちらも自己紹介しておくわ。戦神マックス様に仕える巫女、ディアナよ」
おいおい、戦神マックス様に仕えているのか。この世界でもっとも信者が多いとされている神様だよ。そりゃそうだよね、この世界には魔物がいて、いつだって命の危険がある。それに国同士の戦争も結構あるから、戦いの加護をくれる戦神様の信者は多い。寄付金もすごいだろうから、贅沢できるだろうし、傲慢にもなるよね。そんな巫女様がここまで来るなんて厄介ごとの匂いしかない。
「ディアナ様、本日はどんな用事でこんな場所までいらしたのですか?」
「本当にこんな場所までよね。大聖堂で貴方を呼び出せと言ったら、巫女である貴方にお願いはできても命令はできないって断られたわ。まったくあの司祭は融通が利かない。これも教皇様に伝えておかないと」
司祭様が私に命令はできないって言ってくれたのか。でも、来てくれって言って欲しかった。大聖堂ならアウェー感がなかったのに。正直、ここはホームでも護衛に囲まれたらアウェーだよ。というか護衛が多すぎない? 戦神様の巫女だから優遇されているのかな。
「御足労おかけします。それでどんな御用でしょうか?」
「戦神マックス様の傘下につきなさい」
傘下につく……? どういうこと? 司祭様からそういう仕組みがあるなんて聞いていないんだけど。
「申し訳ありません、傘下につくとはどういう意味でしょうか?」
「ああ、そういえば巫女になったのは最近だったようね。貴方の神から何も聞いていないの?」
「はい、傘下につくということに関しては何も聞いていないのですが」
一応エスカリテ様に何か知っているか聞いたけど即座に『知らない』とだけ答えてくれた。なんだろう、いつもならもっと軽そうに言うんだけど、今のエスカリテ様は緊張しているというか、警戒しているような気がする。
「まったく。マイナーな神だとしても、神々の情勢くらいわかるでしょうに。これは貴方の神の怠慢よ。これからはちゃんと情報を得るように言っておきなさい。そんなだから貴方への待遇も悪いのよ」
ちょっとキレそう。なんだいきなり。正直、お前が勝手にエスカリテ様を語るなと言いたい。そりゃ戦神様よりも信者は少ないだろうけど、皆のために色々やってくれてんだぞ。邪神像を破壊したり、落とし物を探したり、お酒を作ったり……客観的にみたら、まだ大したことはしてないかもしれないけど、エスカリテ様はこれからだよ、これから。
「いい? 今、神々は大きな災厄への対策のために動いているの」
「大きな災厄?」
「それも聞いていないの? 神々が恐れる三つの災厄というものがあって、神々はそれを何とかしようとしているのよ」
「三つの災厄ですか」
「いいわ、仕方ないから全部説明してあげる。感謝しなさい」
「ありがとうございます。お願いします」
たぶん、これはエスカリテ様も知らない。そんな話があるなら教えてくれただろうし、そもそも天界にはエスカリテ様以外はいないと言っていた。最近まで寝ていたわけだし、情報は得られていないはずだ。無料で情報をもらえるならこんな頭いくらでも下げる。
「一つは魔王の復活よ」
「魔王の復活……?」
「二千年ほど前の戦いで勇者と魔王が戦ったのだけど、魔王は死んでおらず、仮死状態なの。その魔王が復活するかもしれないって話ね」
『なんですって!?』
「うわ!」
「まあ、驚くのは無理もないわ。でも、事実よ」
いや、そうじゃなくて、エスカリテ様の声に驚いた。でも、なんでいきなりそんな大声を……?
『エスカリテ様、いきなり大声を出さないでくださいよ』
『ご、ごめんね、すっごく驚いちゃって』
相当な驚きだったのか。あんなに大きな声を聞いたのは初めてだ。でも、なんで?
「二つ目は異世界人の転生ね」
「え?」『え?』
「ああ、貴方は孤児だったらしいわね。今後はちゃんと勉強しなさい。この世界とは別の世界の人間が記憶を持ったままこの世界に転生することがあるの。そのとき、この世界は大きく動くと言われているわ。良い方へ改革をもたらすこともあるけれど、災厄にしかならないことがある。これまでの歴史だと、断然後者が多いのよ」
「ちなみに転生者が見つかった場合はどうするので……?」
「監禁して知っている技術を聞きだすことになるでしょうね。どうも転生者の世界はこの世界よりもはるかに文明が進んだ世界らしいから」
「なるほど」
はい、転生者であることは内緒にします。墓まで持っていく所存です。
『エスカリテ様は私が転生者であることを言わないでくださいよ』
『私の声が聞こえるのはマリアちゃんだけだから大丈夫よ』
『それもそうでしたね』
もう誰かに言うのは止めよう。大体、私が知っていることなんてほとんどこの世界にあるからね。フライドポテトは美味しかった。
「そして三つ目。これが神々が最も恐れる災厄よ」
「その災厄とは……?」
「邪神の封印が解かれることね」
「ん?」『んん?』
「なによ、そんな不思議そうな顔をして」
「……えっと、邪神ですか?」
「そう、邪神よ。まさかこれも知らないの? 二千年ほど前に神々に反旗を翻した大罪の邪神。多くの神を屠ったらしいけど、今の神々がその邪神を封印したの」
なんか知っている話が出てきた。でも、微妙に違うような気がする。
『エスカリテ様、そういう邪神を知ってます?』
『知らないわね。すべての神を屠って泣きながら寝ちゃった邪神なら知ってるけど』
ですよね。私も見たわけじゃないけど、状況から考えてディアナさんが言っていること、ひいては神々が言っていることって嘘なんじゃないの?
「あの、本当に?」
「信じられないなら教団に確認しなさい。歴代の巫女たちが神々から聞いた話を教団がまとめているはずよ」
「後で確認してみます。それで神々は邪神をどうするおつもりなんですか」
「もちろん封印が解かれる前に倒すでしょうね」
「倒せるんですか?」
「それはもちろん倒せるでしょう。そのために神々は力を集中させようとしているわけね。その一環で弱い神々を強い神の傘下につかせているの」
「ああ、そこに話が繋がっていくんですか」
「そうよ。そして、その邪神を倒せるなら戦神マックス様しかいないでしょうね。でも、いくら戦神様でも単独で邪神を倒すのは難しい。なので、弱い神々を傘下につけて力を得ようとしているのよ」
傘下に置いて力を得るという仕組みは分からないけど、どう考えても邪神様の封印は解かれているし、その邪神様を傘下に置こうとしているんだけど……うん、おかえりいただこう。
「えー、神様と相談しつつ、前向きに検討いたします」
「迷うことなんてないでしょう。大体、エスなんとかという神なんて聞いたこともないわ。マイナーな神がメジャーな神に力を貸すのは当然です」
「えっと、聞いただけの話を鵜呑みにするわけにはいきませんので」
「意外と慎重ね。いいわ、教団で状況を確認してから決めなさい」
「はい、ありがとうございます」
「よく考えることね。戦神様の傘下につかず、どこか別の神の傘下についてもいいけれど、邪神を倒したあとの待遇が変わってくることだけは理解した方が良いわ」
「承知しました」
ディアナさんは頷くと、くるりと背を向けて馬車に乗り込んだ……はて、護衛の一人がこっちを見ている? ヘルメットで隠れているから顔は見えないけど、なんだろう? あ、馬車について行った。
とりあえずいつもの静けさが戻ってきた。それにしても色々と話を聞けた。だけど、ディアナさんが適当に言っているだけの可能性がある。ここは大聖堂へ行って司祭様に確認しないと。
『エスカリテ様、今日は大聖堂へ行こうと思うんですけど』
『そうよね、行かないとね……』
『あの、復活するかもしれない魔王を知っているんですか?』
『ああ、その話ね……』
『もしかして言いたくありません? なら無理には――』
『いいの。マリアちゃんには聞いてほしい』
エスカリテ様は大きく息を吐いた。
『私が推してたカップルって当時の勇者と魔王なの。あの子たち、結ばれるはずだったのに馬鹿な神共のせいで殺し合うことになっちゃってね。でも、魔王の方はまだ生きていたのね。初めて知ったわ』
『そんなことが……その、勇者の方は……?』
『魔王が持つ魔剣に貫かれて死んだわ。当時、勇者の妹が私の巫女だったんだけど、勇者は心臓が止まって息もしていなかったみたい。相打ちだと思っていたんだけど、あの子は最後の力を振り絞って神々の支配に抵抗したのかも。それなら本当に勇者よね……私がつまらないことに固執しなければ、あの子達は……』
エスカリテ様の声が信じられないくらいに小さい。それに声が震えている。これは私の個人的な意見だけど、エスカリテ様にそんなのは似合わない。カップルウォッチングをして床を叩いて悶えるのが真のエスカリテ様だ。
『エスカリテ様』
『……なに?』
『カプチュウの女神が何をぐだぐだと後悔しているんですか』
『……え?』
『魔王と勇者は結ばれなかったのは残念でしたが、エスカリテ様は恋人たちを守護する女神でしょう。今後はそういうカップルを作らないように頑張ればいいんです』
『マリアちゃん……』
『それにエスカリテ様にシリアスは似合いません。カップルのイチャイチャを見て興奮するような残念な女神の方が似合ってます』
『ひどくない!?』
『ひどくありません。だいたい何を悲劇のヒロインを気取っているんですか。今時そんなのは男性にモテませんよ』
『別にモテたいわけじゃないんだけど』
『それに勇者や魔王に悪いと思うなら私に最高の彼氏を紹介してください。それで相殺です』
『……え? そうかな?』
『過去は変えられないんですから、未来を変えるべきでしょう。私が勇者の分まで幸せになりますからエスカリテ様はそれに全力で応えてください。たぶん、勇者さんならそう言いますよ。全然知らない人ですけど』
『……そうね、あの子ならそう言いそうな気がする……よし、分かった! マリアちゃんに最高の彼氏を見つけてあげるわ!』
『お、元気出ました? なら、かなりマジでお願いします』
鼻息が荒いから元気になったみたい。よし、なら色々と調べてみよう。触らぬ神に祟りなしと今の神様たちにはできるだけ接触したくなかったんだけど、下手をしたら邪神扱いのエスカリテ様に害が及ぶかもしれない。そうならないように積極的に情報収集だ。




