ちょっと残念なだけ
洗礼が終わった後、司祭様から古い教会を提供された。自由に使って良いらしい。本来なら各神様専用の教会があるらしいけど、エスカリテ様用の教会はないとか。司祭様に名前を覚えてもらえないほどのマイナーな神様だから仕方ないね。というか最古の文献にしか載ってないって、かなり昔からいる神様なのかな。
司祭様はいい人なんだろう。申し訳ないと何度も謝っていたけど、孤児院育ちをなめないでいただきたい。屋根と壁があれば立派な家です。むしろ楽園。王都の端っこも端っこだけど庭もあるし家賃無料。素敵すぎる。
補助金の申請はこれからだからまだないけど、支度金として銀貨十枚、それに一週間は持つくらいの保存食をくれた。司祭様、惚れてもいいですか。名前は知らないけど。
いやー、よかった。成人したからもう孤児院は卒業というか戻れないから、王都で住み込みの働き口を探そうと思ってたけど、初日から庭付きの家を貰えた。ちょっとやばそうな神様の巫女になったけど、運は良かったのかもしれない。前向きに行こう。
それよりもオラクルという才能はどう使えばいいんだろう。司祭様は神様に祈ればいいって言ってたけど、前世はともかく今世は神様に祈ったことはない。祈るよりも働いて食べ物を得るしか道がなかったし。
とりあえず祈ってみようか。
女神エスカリテ様、多くは望まないので、真面目で浮気をせず、酒もギャンブルもやらず、一ヶ月で銀貨四十枚くらい稼いでくれる男性と結婚させてください。できればお金が掛からない趣味の人で。あと顔は中の下くらい。浮気しなくてもイケメン過ぎるのはトラブルが多いからなしの方向で。あと筋肉――
『多いよ!』
『うわ、脳内に直接来た。女神エスカリテ様ですか?』
『え? 女神……?』
『あれ? 違う神様ですか? カプ厨の女神様ではない?』
『エスカリテは私だけどカプチュウって何?』
おかしい。なんで神様本人が知らないんだろう。もしかして昔の人が勝手に言ってただけなのか。あれって誉め言葉じゃないよね。不敬すぎない?
『私が言ったんじゃないので天罰とかやめてください』
『大丈夫、そんなことしないから。それでカプチュウって何?』
『説明が難しいですけど、なんでもかんでも恋愛的にくっつける中毒患者みたいなものでしょうか。推しのカップリングを他人に押し付け、それ以外のカップリングは認めない感じです。ちなみに性別、種族も関係ありません。上級者は無機物も可』
長い沈黙。なぜかカラスの鳴き声だけが聞こえる。
『こわ。え? 私ってそんな風に言われてるの?』
『らしいです。似たようなことをしませんでした?』
『私はカップリングを誰かに強要することはないってば!』
『そうなんですか?』
『なんでそんな風に言われているのか知らないけど、私は単に付き合うまでの過程を見るのが好きなの。あと付き合ってからイチャイチャしている子達を見るのも好き。仲がいいって最高よね。付き合って間もないときにさ、頬を染めて手を握るところなんてたまんない。あ、最初に手が触れたときにビクッとして手を引いてから、顔を赤らめて相手を見ずに手をそっと出すなんてのは大好物。祝福しちゃう』
前世を含めてそんな経験ないけど、それはレアケースではなかろうか。少女漫画だってやってなかった……はず。いや、世の中の皆はやってんのか。私の知らないところで? くそう、滅びろ。
それはともかく、分かったことがある。
『つまりカプ厨でも、てぇてぇ派であって、雑食派や狂犬派、バーリトゥード派ではないと?』
『私、神なのに貴方の言葉が理解できないんだけど? 暗号かなにか?』
『理解できないのは当然です。これは私が勝手に言ってるだけなので』
『あ、そう……?』
特殊な趣味をお持ちだが、悪い神様ではない。ちょっと残念なだけだ。でも、これくらいなら許容範囲ではないだろうか。神様の力を使ってお気に入りのカップルを勝手に作ってしまうようでないなら安心だ。
『ところで聞いていい?』
『もちろんです。さっきの男性の条件なら筋肉を追加してください。武力は重要』
『男性の条件を聞きたいんじゃなくて、貴方の名前を知りたいんだけど』
『マリアと言います。男運が下にカンストしてるんで上げてください』
『最近の子って欲望丸出しなのねー』
言わなきゃ伝わらないんです。言いたいことは何でも言う。言わないトラブルより言うトラブルが信条。
『それで、さっきの条件に合う男性っています?』
『どこかにはいるだろうけど、私には分からないかな』
『分からない?』
ちょっと待って欲しい。カプ厨の女神なのだから恋愛関係に強い神様だと思ってたんだけど違うのだろうか。縁結びの神様とか、恋愛の神様とかいたような気はするけど。もしかして下位互換の神様?
『エスカリテ様は何ができる神様なんですか?』
『何ができる……?』
『まさか神様なのに何もできない……? もしかしてカミカミ詐欺?』
『神だってば! ついさっきまで寝てたけど』
『じゃあ、何ができる神様なんですか?』
沈黙。しかも長い。さっきのカラスがまた鳴いてる。近くに巣でもあんのか。
『簡単に神に頼ろうとするのは良くないと思う』
『それじゃ神様の意味がないじゃないですか!』
『存在を否定しないで!』
神様が何もできないならいる意味がない。現実的には補助金が貰えるからいいんだけど、毎月神様のことについて書類にまとめて提出しないといけないのに。神様がカップルを見てニヤニヤしていたなんて報告は書きたくない。それに巫女を手厚く保護してくれるのは、何かあった時に神様にお願いを聞いてもらうためだ。神様に相談しても何もできないことがばれたら巫女としての立場がない。
『あのね、マリアちゃん。神が力を振るうには信仰心が必要なの』
『信仰心?』
『そう。私の場合その信仰心が枯渇していてね、今は力を振るうことが難しいのよ。何もできないわけじゃないの……本当、本当だってば。やればできる神なんだってば!』
怪しい。でも、なるほど。司祭様にこんな名前の神様いたかなと言われるほどの神様だ。信仰心なんかあるわけがない。マイナー神あるあるなのかも。
『つまり信仰心さえあれば力を振るえると?』
『大正解!』
『ちなみに信仰心とは具体的にどんなものですか? なんとなくのイメージはあるんですけど』
『簡単に言えば、神を畏れ敬う気持ちね。なんでもいいのよ、あの神は怖いとかでもいいし、あの神は慈悲深いとか、神に対する何かしらの感情みたいなものって言えばいいかしら』
どう思われているかが信仰心みたいなものなのかも。なら、前世のアイドル的なイメージでもいいのだろうか。あの神様格好いいとか可愛いとかでも良さげな気がする。グッズを売って儲けたい。
『エスカリテ様』
『なぁに?』
『エスカリテ様は見た目が男装の麗人だったりしますか?』
『そんな見た目じゃないけど、なんで?』
『エスカリテ様の良いところを探そうかと』
『男装の麗人だと良いところになるの……?』
『それじゃ深窓のご令嬢的な感じですか?』
『そんなおしとやかでもないけど』
『絶世の美女だったりします?』
『自分で絶世の美女って言うのはちょっと。中の上くらい……いえ! 上の下!』
『……目が四つとか腕が六本あるとか言いませんよね?』
『人と同じだってば! 足だって二本だよ!』
つまり普通……よりもちょっと美人なのか。アイドル路線は微妙か。でも、何かしら売りがないと宣伝できないんだけど。
『信仰心を得るためにも何かしら売りが欲しいんですけど、何か得意なことはありませんか? 友達以上、恋人未満の人たちを無理矢理くっつけるとか』
『できてもしないわね。私はね、あるがままを見るのが好きなの。そこに手は出さず、ダメになったとしても受け入れる!』
『本当に見てるだけですか。だから忘れ去られるんですよ』
『むう。あ、それなら恋愛相談を受けたらどう? 恋愛相談を受けて上手く行ったら私のおかげだと言えばいいのよ。私も付き合うまでの過程を見ることができて最高』
『でも、エスカリテ様は何もできな――しないんですよね?』
『そこはほら、マリアちゃんがやればいいと思う。それに私も多くのカップルを見てきた実績があるからアドバイスはできるかも。カプチュウの女神って呼ばれている実力を見せてあげるわ!』
『呼ばれる以前に忘れられてましたけどね。それに他人の恋愛より自分の恋愛をどうにかしたいんですけど』
他人の恋愛なんか見ても殴りたくなるか爆発しろと思うだけだ。孤児院で三つ年下のみっちゃんなんてすでにイケメン彼氏をゲットしている。アレを見て思ったね、恋愛は行動あるのみ。あと策略が大事。
『まあ聞いて。信仰心が増えれば私も力が振るえるようになるわ』
『そう言ってましたけど、それが?』
『力を振るってマリアちゃんの理想の男性を見つけてあげようじゃない!』
『エスカリテ様に忠誠を誓います』
『くるしゅうない……あ、私への信仰心がちょっと増えてる。マリアちゃん、本気ね……!』
忠誠を誓うだけで理想の男性を探してもらえるなんて最高。エスカリテ様への信仰心が増えるように頑張ろう。
『そうだ、言っておくことがあるんだけど』
『なんでしょう?』
『私、昔、ちょっとやらかして、邪神って呼ばれてたのよね』
『……はい?』
『なんで今は女神って呼ばれてるのかな。確かに女性の神ではあるけど……ちょっとマリアちゃん!? 信仰心が減ってるってば! 無関心になるのやめて!』
エスカリテ様はカプ厨の邪神だった。結構泣きたい。