お米を探そう
指輪を返してから三日後、司祭様を通して貴族様からお礼を貰った。普段の行いが良かったためか、私が指輪を隠し持っていたなんて風には取られなかった。ただ、見つけた場所を事細かに聞かれただけだ。エスカリテ様を通して鳩に聞いて、私が答えると言う伝言ゲーム的な何かでめっちゃ疲れたけど。
しっかし、貴族様のお礼ってすごいね。別に醜聞でも何でもないのに、すっごい貰ったよ。あれかな、晩餐にお呼ばれしたけど、孤児でマナーがなってないからと言って辞退したから、そのぶん上乗せしてくれたのかも。それとも庶民として弁えてくれているって思ってくれたのかな。単に良く知らない人と一緒に食事ができないだけです。一人飯最高。
このお金も孤児院に送ってしまおう。こっちにはエスカリテ様の鳩がいる。ポップコーンをチラつかせればいくらでも持って行ってくれるはずだ。ご褒美に変わった味のものを提供しようか。カレー粉とかあればカレー風味のポップコーンが作れるんだけど、ちょっと探してみようかな。その前にはちみつバター風味を頑張ってみるのもいいかも。でも、鳩には駄目か。ここは量で勝負か。
『マリアちゃーん』
『エスカリテ様、どうかしましたか?』
『お金を孤児院へ送るの?』
『そうですけど、何か欲しいものとかあります?』
『私はないけどマリアちゃんは何かないの?』
『いえ、とくには。今でも十分贅沢させてもらってますし』
最近は賞味期限を気にしないお野菜を使ったスープになった。しかも薄く切る必要がない。ゴロゴロ野菜スープだぜ。美味しくて涙が出る。それに最近はチーズや牛乳なんかも買えている。パンにはさむ具材が増えて、ガッツポーズをしたいくらいだ。ベーコンと言う名のお肉も結構食べられているから、心なしかちょっとふっくらしてきたかも。ダイエットしなくていい身体って素敵。
『欲がないわねぇ。大聖堂で会った子なんて贅沢の極みだったじゃない』
『たぶんですけど、あの人は生まれからして貴族なんですよ』
『マリアちゃんもあれくらいすればいいのに』
『別にああいうことをしたいわけじゃないので』
髪を縦ロールなんかにしたくないし、あんな無粋の極みのようなゴージャスな服を着たいわけでもない。服は機能性が重要。とっさに殴ったり蹴り飛ばせる状況でないと危ない。でも、服はともかく浴槽はほしい。これは前世を思い出した弊害だ。どれくらいのお値段になるのか分からないけど、専門のお店に聞いてみようかな。
そうだ、お米も探してみよう。売ってるところを見たことないけど、栄養価は高いし手間をかけても手に入れる価値はある。それに孤児院の方でも水田を作ってお米がつくれないかな。さすがに難しいし土地がないかもしれないけど、自給自足は大事だと思う。
『あれ? マリアちゃん、考え込んでるけどどうかした?』
『よく考えたら欲しいものがありました』
『え? 何を買うの?』
『浴槽とお米ですね』
『浴槽は分かるけど、お米?』
『王都で見たことがないんですよね。エスカリテ様は何か知ってますか?』
『あれって鳥の餌でしょ? 鳩たちにあげるの?』
『あぁん!? ポップコーンぶつけんぞ!?』
『こわ! わ、私、神だからね! そんな脅しには屈しないから!』
おっといけない。お米を貶されてエスカリテ様にキレてしまった。もちろんお米は鳥だって食べる。貶されているわけじゃない。見つけたあかつきには鳩たちにもふるまってあげよう。食べるのは私が先だけどな。その前にたぶん天界でファイティングポーズをとっているエスカリテ様の誤解を解かないと。
『鳥も食べますけど、前世でよく食べてたんですよ。むしろ主食でした』
『へー、そうなんだ? でもあれって小さいし、硬くない?』
『ちゃんと炊けば美味しい……こっちではそういう食べ方がない?』
『私は知らないけど』
『神様なのになぁ』
『神だって知らないことがあるんだってば!』
たしかにカプ厨のことを知らなかったし、そういうこともあるんだろう。それはいいとして、お米自体はあるみたいだ。これは探してみないと。エスカリテ様の話を信じるなら家畜を育てているところへ行けばあるのかな。卵は売っているんだから鶏を育てている場所へ行けば可能性はありそう。
よし、孤児院へお金を送るのはやりたいことをやってからにしよう。浴槽の方は値段が分からないから無理かもしれないけど、お米なら買えるはずだ。やはり、おにぎり。おにぎりは全ての料理を凌駕すると言っても過言じゃない。私はおにぎり教の信者。定期的に食べたい。
『今日は畜産をしているところへ行こうと思います』
『どうしたの、急に?』
『お米を探しに行くんじゃないですか』
『ああ、お米が鶏の餌に使われていないか確認するってこと?』
『そうです』
『でも、そんなにお米を食べたいの? あまり美味しそうじゃないと思うんだけど』
『おにぎり教の信者である私に喧嘩売ってんですか?』
『マリアちゃんはエスカリテ教でしょ!? というか、オニギリ教って何!? そんな神なんて知らないけど!?』
『いえ、おにぎりとはお米を使った料理の一つです。私、おにぎりが好きなので』
『ああ、そういうこと……あれ? 私ってそのオニギリに信仰心で負けてる……?』
『ちなみにツナマヨ派です。明太マヨ派は敵、エビマヨ派は戦友』
『マリアちゃんが言う派閥っていつも意味が分からないんだけど?』
でも、あまり美味しそうじゃない、か。たしかに食べたことないものに対して美味しいと力説しても意味はない。それに私は美味しいと思うけど、エスカリテ様が同じように思うわけでもない。うん、ここは少し角度を変えて魅力を語ろう。エスカリテ様をおにぎり教に入信させるのだ。神様だけど。
『やれやれ、それにしてもエスカリテ様とあろう方がお米の魅力を知らないとは』
『むむ……それは神に対する挑戦? 受けて立つわ!』
『別に挑戦じゃないんですけど、お米を使ったカップルエピソードをご存じない?』
『え? お米で? 食べ物だからあーんとかするってこと?』
『それは別の料理でもできます。ガズ兄ちゃんのお店でもよく見かけるでしょうに』
『たしかに。ならお米を使ったカップルエピソードって?』
『お米を炊くと、ちょっと粘り気がでるんです』
『炊く……粘り気……あー、たしかにそういう食べ方をしている人がいたかな』
『それはいい情報ですね。とにかく、そのお米を雑に食べる男性がいるんです。特におにぎりの場合は食べやすさと相まってかなり雑になります』
『オニギリを雑に食べる……?』
『はい。その結果、男性のほっぺたにお米の粒が付く場合があります』
『ほっぺた? でも、それがなに?』
『幼い子が食事で口の周りを汚した時に親が拭くでしょう? それと似たような感じで、彼女さんが、もー、慌てて食べないの、と言ってそのお米の粒を取るんですよ』
『ごふっ』
なんかエスカリテ様がダメージを受けた受けた気がする。あと、床に転がって悶絶している気がする。まあ、正直、そんなシーンは現実で見たことがなかったけど。あれは創作か都市伝説だと思う。わざと男の方がご飯粒を付けるのは見たことがあったな。彼女さんは分かってて指摘すらしなかったが、あのカップルは上手く行っていたのだろうか。
さて、エスカリテ様の鼻息が元に戻ったけど少し落ち着いたかな?
『大丈夫ですか?』
『なんて破壊力なの!? 想像しただけで死にそうだったわ!』
『エスカリテ様の命って軽すぎません?』
『それだけの衝撃だったんだってば! でも、お米にはそんな力が……!』
『ちなみに取ったお米を彼女が照れ臭そうにパクッと食べるという追撃もあります』
『……!?』
見えないけど、エスカリテ様が何かを何度も叩いている音が聞こえる。しばらくするとエスカリテ様が息を切らしている音が聞こえた。
『マリアちゃん、私、神を名乗っているのがこんなに恥ずかしかったのは生まれて初めてよ。私はこれまで何を見て生きていたのかしら……』
『そこまでのことじゃないと思いますよ。かなり稀な事象ですから』
『すぐにお米を探しに行きましょう! お米を、オニギリをこの王都で広めないと! いえ、この世界に広めましょう! エスカリテ教の信者はオニギリを主食とする!』
『ご理解いただけて嬉しく思います』
別にエスカリテ様の賛同を得る必要はなかったんだけど、一緒にいるなら価値観を合わせていきたいよね。それにお米に対する評価が上がったなら、食べても美味しく思ってもらえるかも。まずはおにぎりから。さすがに梅干しってないかな?




