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色々あり過ぎる日


「マリア、別れてくれ!」

「いいよ、死ね!」


 振られた腹いせにかなりの殺意を持ってみぞおちに頭突きをかました。付き合ってまだ一週間だぞ。地獄に落ちろ。それでも生ぬるいが。


「……あれ?」


 頭突きの衝撃なのか前世の記憶を思い出した。そうだ、私、死んじゃったんだ。バリバリのキャリアウーマンというわけじゃないけど、そこそこ責任のある仕事を任されて貯金も結構あったのに……!


 え? でも、このタイミング? 雑過ぎない?


 ……いや、ちょうどよかったかもしれない。振られた怒りのほうが優先されてるから逆に冷静になれた。もっと心を落ち着けるためにも深呼吸しよう。


 地面に大の字に倒れている男を見る。気絶するくらいだから結構な威力だったようだ。殺意マシマシだったからな。これなら冒険者としてもやっていけるのかもしれない。不安定な職なのでやらんが。目指せ公務員――こっちだと王宮勤め? くそう、孤児の私じゃ無理か。


 しかしね、あれだけ付き合ってくれって言われたからしぶしぶ了承したのに王都に着いた途端に別れてくれってなんだ。別れるにしても誠意を見せろ。もちろん目に見える誠意だ。私はお金が好きとアピールしただろうが。


 思い出したけど前世から男運がないな。付き合って三日目に高額なツボを買わされそうになったこともあったし。いや、アレはノーカンだ。私は前世も今世も男と付き合ったことがないことにしよう。付き合った奴らはみんな詐欺師だ。私は被害者。


 異世界転生って言ったら悪役令嬢への転生で結婚破棄直後とか、ギロチン直前が定番なんだけど、そんなものなかった。婚約なんかしてねーよ。いや、孤児院育ちだから実は貴族というオチか。それとも聖女――もしかすると今日の洗礼ですんごい才能が分かる可能性がある。


 この世界では十八歳で成人となり、洗礼の儀式をしてもらえる。それで自分の才能が分かる。基本的に大したものじゃないけど才能が分かると今後の仕事に役立つわけだ。成人したから孤児院を出なきゃいけないし、働き口を探すためにも辺境から王都までやってきたわけなんだけど、まさかこんなことになるとは。


 才能が分かる日に前世のことを思い出すなんて、これは来てるとしか思えない。前世に知識を活かして大儲けできるかも。いやぁ、夢が広がるね。


 よし、こんな男は放っておいて大聖堂へ行こう。おっと、その前にこいつからお金を回収だ。孤児院の先生が手配してくれた馬車にタダ乗りしやがって。あの馬車は有料だぞ。付き合ってたから便乗させたけど、別れたならお金を貰っておく。超が付くほど貧乏なのにお金を出してくれたんだ。こんな男のために出してくれたわけじゃない。


 まてよ? もしかして格安で王都へ来たいから私と付き合った? 今のうちに息の根を止めておくか?


 いや、落ち着こう。私は寛大。全財産で許そう。詐欺師に騙されただけのいたいけな少女というステータスは継続中だ。私はこの路線で行く。


 チクショウ、まともな男はいないのかよ。栄養が足りなくてガリガリだけどぴちぴちの十八歳だぞ。金髪碧眼ショートポニテだぞ。将来性込みで声をかけて来いよ。伸びしろだけはあんだぞ。


「あの、お嬢ちゃん……」


 背後に男性の気配。さあ、猫をかぶれ、憑依しろ、むしろ猫になれ。シャム猫をイメージしながら綺麗な所作で振り返る。男がぐっとくる所作を孤児院のみっちゃんに教わったから完璧のはず。


 話しかけてきた男性はちょっとお年を召してる。でも、ナイスミドルなので許容範囲。前世を思い出したから年齢のストライクゾーンが広がった。服装から考えてそこに見えるカフェの店員さん――いや店長さんだろう。ナイスミドルのエプロン姿か。ありがとうございます。


 よし、ここもみっちゃんに教わったスキル、上目遣いで一撃必殺だ。


「はい、なんでしょうか、おじさま」

「お嬢ちゃんは追い剥ぎなのかな……?」


 確かに知らない人が見たらそうにしか見えない。でも、正当な理由がある。なくても堂々とするのが基本。後ろめたさをおくびにも出さない。それが孤児院の教え。


「理不尽な振られ方をしたので慰謝料を回収しています」

「そんなやり取りが聞こえたね……そうか慰謝料か……」

「ところで大聖堂はどちらでしょうか。今日、洗礼を受けにきまして」

「こんな状況で洗礼を受けるのかい? いや、いいんだけどね……」


 お金を回収してから大聖堂の場所を教えてもらった。意外と近い。すぐに行こう。


 しかし、いい出会いってないね。店長さんは最後の最後まで微妙な顔をしていたし、若干引いていた。教わった上目遣いは不発か。命中率低いな。それとも熟練度が足らんか。別れ際、倒れているクズはそのままでいいと伝えておいた。男の名前? 思い出したくもない。私の黒歴史になるから記憶から抹消だ。


 おっと、ここが大聖堂か。


 大聖堂でかいな。前世の記憶がなかったらびびってた。ここは剣と魔法の世界で勇者とか魔王がいるし、多くの神様もいる。そりゃ大聖堂も大きくなるってもんだ。悪い事してんだろうな。


 受付で洗礼を受けに来た旨を伝えると中へ通された。他にも何人か来ていて、一人づつ順番に部屋へ入っているようだ。これで人生が変わる人もいるから皆ソワソワしている。私もドキドキしてきた。


 私の番になったので部屋へ入る。


 継ぎ目のない石で囲まれた円形の部屋で、中央には円柱の台座がある。台座の上には水晶玉があって、その近くで司祭様が微笑んでいた。その司祭様が「こちらへどうぞ」と水晶玉の前まで来るよう言った。それに従って移動する。


「よくいらっしゃいました。お名前を教えてもらえますか?」

「マリアです」

「マリアさんですね、では、この水晶玉に触れてください」

「はい」


 右手を水晶玉に乗せると光った。一分ほどで光が収まると、司祭様が驚いた顔をしていた。どうやら私の時代が来たようだな……!


「素晴らしい! オラクルの才能があります! 貴方は巫女に選ばれました!」

「……はい?」


 オラクルって神託とか予言って意味のあれか。こっちの世界だと神様の声を聞くことができる人のことで、女性だけしかいないから巫女と呼ばれているって聞いたことがある。そんなことよりも巫女には国から補助金がでるはず。やべぇ、神様公認の仕事に就ける。人生勝ち組か。


 でも、その前に確認しないと。


「なんという神様の巫女なのでしょうか?」

「確認しますのでもう少し待ってくださいね」


 司祭様は水晶玉をさらに見つめる。どうやらあの水晶玉で色々なことがわかるようだ。


 どの神様かな。巫女が話せるのは神様一人だけ……神は一柱って数えるんだっけ? とにかく一柱だけとか聞いたことがあるけど、有名どころは前々から巫女さんがいるからマイナーな神様かもしれない。補助金が出るなら誰でもいいけど。


「判明しました。エスカリテ様? です?」

「すみません、良く知らないのですが、どんな神様なのでしょうか?」


 司祭様の眉間にしわが寄った。そもそも疑問形で言う神様ってなにさ。もしかして世界の破滅を望むような神なのだろうか。危ない神だから逆に寄付金払えとか言われたら全力で逃げるぞ。私は無関係です。


「申し訳ありません、私も知らない神です……」

「司祭様ですよね? そんなことってあります?」

「そ、そうなのですが、こんな名前の神様いたかな……?」


 司祭様がすごく困った顔で「調べますので別室でお待ちください」と言って部屋を出て行った。司祭様の代わりに来た人がお客様用のいい部屋に通してくれて、お茶とお茶菓子を用意してくれた。嬉しい、全部食べよう。


 それにしても教団の関係者、しかも司祭様が知らない神様ってどういうことだろう。もしかしたら新人、いや新神なのかな。どんな神でもいいけど補助金は出して欲しい。


 そこから三十分の放置。お茶菓子のおかわりが欲しい。むしろ肉をくれ。孤児院育ちの私にはもっと栄養が必要だ。みっちゃんは私がガリガリの方が良いって言ってたけど、そんなわけあるかい。もっとふっくらしたいよ。


 そんなことを考えていたら司祭様が部屋に入ってきた。


「お待たせして申し訳ありません」

「いえ、大丈夫です。なにか分かりましたか?」

「はい、エスカリテ様のことが書かれた文献がありました」

「それは良かったです、それでどんな神様でしょうか?」

「それが……情報が少なく、意味が分からないのです」

「意味が分からない?」


 情報が少ないというのは分かる。でも、意味が分からない神ってなんだ。こっちも意味が分からん。


「最古の文献にカプチュウの女神という旨の記述がありました」

「カプチュウの女神……?」

「はい、正確には、エスカリテ様、マジ女神、カプチュウすぎる、ですね。マジは真面目とか本当に、という意味になりますので、エスカリテ様は本当に女神という意味になると思うのですが、カプチュウが古代の言葉なのか我々も知らない言葉でして」

「はぁ、カプチュウ、ですか」


 カプチュウって何? でも、どこかで聞いたことがあるような……? 確か前世で……あ!


 もしかしてカプ厨……? カップリング厨とか、カップル厨とかのカプ厨? 現実から創作まで勝手に誰かを恋愛関係にして過度に推したあげく他人の意見は認めないってアレか? いや、カップルを眺めてニヤニヤしているだけの人畜無害なカプ厨もいるとか聞いたことがある。


 どっちにしてもそれを神様がやってるの……? やべぇ、あまりよろしくない神様の巫女になってしまった。男運だけじゃなく神運もないなんてひどくね?


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