第7話:「蒼淵に眠る調律神〈アクアリウス〉」
◆ 静寂なる海図
緋星核〈クリムゾン・コア〉を得た蓮たちは、次なる“元素の神域”――水の領域に関する情報を求め、《蒼渦の港町ルメナ》を訪れていた。
その町は、古代より“潮の神”に守護されてきた海上の要塞都市であり、今では蓮の連合国家圏との交易拠点のひとつでもあった。
「風と地の流れは、安定しつつある。でも、水の領域だけは……妙に静かだ」
ミストが懸念を口にする。
「潮の満ち引きが不自然に鈍っているの。まるで、海そのものが息を止めてるみたい」
イリスが海へ視線を向ける。蒼く澄んだ水面は、確かに異様なまでの静けさを湛えていた。
リーナが海図を広げて言った。
「ルメナから東、五十海里の地点。かつて“調律神”が眠るとされた《水神殿フィルマリア》が海底に存在する。……だが、正確な位置は不明。神殿そのものが“流動する座標”にあるらしい」
「動く神殿か。しかも海中に……なら、捜索手段が必要だな」
蓮は《無限アイテムボックス》に手を入れ、過去に手に入れた“古代の潜航器”の設計図を取り出した。
「これをベースに、我々で改造しよう。機動性を持たせて、神殿座標に追従できるように」
「時間がかかるぞ」
カイエンが唸るが、ネフェリスが元気よく手を挙げる。
「わたし、海の魔法で補助できるよ! 水流の方向、感知できるから!」
「君の魔歌で、海の気配を読み取れたら座標特定も可能かもしれないね」
ノアが端末を叩きながらうなずいた。
「調律神〈アクアリウス〉……たしかに水の神の名だ。かつてこの世界の“音と波”を司っていた神族。今は深海に眠っているが……その心が閉ざされたままなら、次の“調和”は訪れない」
蓮は海を見つめ、静かに頷いた。
「行こう。世界を創るには、海の心とも向き合わなければならない」
◆ 潜航、深淵の神域へ
改造された《星潜艇ネレイア》に搭乗し、蓮たちは海底へと潜航する。
そこには、海の生物たちの姿すらない、虚無の海域が広がっていた。
「この圧力……魔力の密度が異常だ」
リーナが額に汗をにじませる。
「いや、違う……これは、“音”だ」
イリスが耳を押さえた。
「空間全体が“音楽”として圧縮されている……波動が反響し続けてるの。共鳴……?」
ネフェリスが突然、目を見開いた。
「聞こえる……でも、悲しい音。誰かが、ずっと……ひとりぼっちで歌ってる……」
その言葉に呼応するように、潜航艇の外に巨大な影が浮かび上がった。
神殿――いや、“それ”は既に神殿の形を保っていなかった。
音に歪められた建造物群が幾層にも絡まり、ひとつの巨大な“音響生命体”のように蠢いていた。
「調律神の記憶が、海中の記憶と融合し、“形なき領域”と化している……!」
ミストが声を上げる。
「警告、急速に魔力音圧が上昇――共鳴波が艇体構造を崩壊させる!」
「出るぞ!」
蓮が叫び、全員が防護結界を展開して艇外へと出る。
◆ 海底に響く調律
神殿の中核、“音響核”と呼ばれる部分から、音が生まれていた。
それは人の言葉でも、竜の言葉でもない、しかし確かに「呼びかけ」だった。
蓮が《緋星核》を構え、神殿に向かって言葉を放つ。
「調律神よ――この世界に新たな秩序を奏でようとする我々に、その“旋律”を貸してくれ!」
応じたのは、声ではなく旋律だった。
水が渦を巻き、青白い光が放たれ、巨大な人影が出現する。
それは女性とも男性ともつかぬ中性的な神の姿。蒼き長髪と、無数の波紋を浮かべた衣。
《調律神アクアリウス》は目を閉じたまま、旋律で応えた。
「人間よ……なぜ、奏でようとするのか」
蓮が一歩前へ出る。
「俺たちは、“創る者”としてここにいる。過去をなぞるためではなく、響きを未来へ繋ぐために。だから、あなたの調和が必要なんだ」
しばしの静寂の後、アクアリウスの旋律が激しくなる。
“試練”の旋律――それは、音と水と圧の戦いだった。
リーナが刃を水流に合わせて振るい、ネフェリスの歌が旋律と共鳴し、音の暴走を鎮めていく。
カイエンとマリルが魔力の干渉波を補正し、ミストとノアが解析を進める。
そして――蓮が中心へと突入した。
彼はすべての記憶を通して得た“自らの旋律”を、緋星核と共に響かせた。
それは、過去でも未来でもない“今”という時に生きる者の鼓動だった。
◆ 和音、そして祝福
共鳴の最後、神の旋律が蓮と重なった瞬間――全ての音が消え、海が静まり返った。
そして、穏やかな音の波が周囲に広がる。
《調律神アクアリウス》は微笑みを浮かべる。
「……今の時代に、奏で手がいるとは……。我が旋律を、託そう。世界が再び調和のうちに在らんことを」
神が消えたあと、蓮の緋星核に“蒼の調律因子”が加わった。
《波律核〈アクア・コード〉》――海と音の神性を帯びた新たな力。
「これで……水の領域も、ひとつに繋がった」
イリスがほっとしたように頷く。
◆ そして、次の扉へ
地上に戻ると、空には異変があった。
かすかに光の柱が、北方の空に浮かんでいる。
「……あれは、炎の神域だな」
「ついに、“四つ目”が目を覚ましたってことか」
リーナとカイエンが呟き、皆が新たな覚悟を胸に抱く。
「次は……灼熱の火山地帯か。精霊たちの怒りに触れぬよう、慎重に行くぞ」
蓮の言葉に、皆が頷いた。
そして一行は、次なる神域へと歩みを進める。