第6話:「古竜の嘆きと緋の爪痕」
◆ 不穏なる予兆
《風霊庁》の設立から十日後。
灰の峡谷に築かれた砦は順調に機能しはじめ、交易の要としてもその存在感を増していた。
だが、蓮の心にはわずかなざわめきが残っていた。
風の気配が緩んだ一方で、大地の“脈動”に違和感があるのだ。
――重い、鼓動のようなもの。
それは大地の深層、かつて古竜が棲まっていたという《紅の断層》から伝わってくるものだった。
ミストが調査報告を読み上げる。
「断層の地下から、微弱な魔力波が断続的に発生しています。しかも、それが“生体反応”と一致する形で周期的に変化している」
「生きてるってことか……何かが、地下深くで目覚めようとしてる」
カイエンの顔に険しい色が浮かぶ。
ネフェリスが、かすかに眉をひそめる。
「なんだか、うまく歌えないんだよね……地面が、怖がってるみたい」
その言葉に、イリスが確信をもって言った。
「――古竜ね。おそらくは“封印”されていたもの」
「封印……? 誰が?」
「神代の時代、竜と神の戦争があった。その末期、世界の均衡を守るために、“意思を持つ竜”を封印したの。彼らは力が強すぎたのよ……」
「まさか、それが今になって――」
蓮の言葉に、静かに頷くイリス。
「私たちが新たな秩序を築こうとしたことで、長く眠っていた存在たちが目を覚ましつつある。ある意味、これは“選ばれし者”に課せられた責務でもあるのかも」
◆ 封印領域への潜行
蓮たちは即座に調査部隊を編成し、《紅の断層》へと向かった。
砦から半日の距離。大地が断ち割れ、巨大な裂け目が深く続くこの場所は、人々から「竜の墓所」とも呼ばれていた。
その入口で、ヴァレインが立ち止まった。
「……空気が変だ。風が、下に吸い込まれていく」
「このままじゃ、地層の“魔力圧”で内部の空間が崩れる可能性がある。迅速に動く必要があるな」
ミストが地形をスキャンし、地中に存在する空洞の座標を表示する。
「この位置に“竜骨殿”と呼ばれる遺構があるはず。そこが中枢でしょう」
蓮は小さく息を吐いた。
「行くぞ。できるだけ戦闘は避けて、意思の確認を優先する」
彼の手には、再び《無限アイテムボックス》から取り出した“竜語の石板”が握られていた。
これは以前、賢竜アリトスとの邂逅の際に手に入れたもので、古竜たちとの対話の鍵となるはずだった。
◆ 緋の爪痕
地下深くへと進むにつれ、熱気と圧迫感が増していく。
そして、突如として振動が走った。
「来る……!」
リーナが剣を構えた刹那、壁を突き破るように巨大な“爪”が現れる。
続いて姿を見せたのは――赤黒く光る鱗に覆われた、巨大な竜の頭部。
「侵入者……人間か……いや、“混じり者”か……」
声が響いた。
それは言葉ではなく、意識に直接刻み込まれる“竜の思念”。
蓮が前へ出る。
「俺は、蓮。新たな秩序の構築者として、この地に来た。あなたがこの地に生きているのなら、対話の機会を求めたい」
竜の瞳が、深く蓮を見据える。
「その石板……アリトスのものか。懐かしき“言葉持つ者”よ……」
「そうか。あなたも、かつて世界の創造に関与していた竜のひとり……」
「かつての名は《エン・ズレア》。神に爪を立て、理を崩した咎により、ここに封じられた」
イリスが低くつぶやく。
「……罪竜。三柱竜のひとり……まさか、まだ意識を保っていたなんて」
蓮は目を細めた。
「……なら、あなたの力を貸してほしい。この世界を“壊すため”ではなく、“創るため”に」
竜の喉奥から低いうなり声が響く。
「人は、過ちを繰り返す。だが、お前の目は違う……燃え尽きるのではなく、燃やし続ける目だ」
竜の身体が光に包まれ、次第に姿を変えていく。
巨大な竜から、鎧を纏った壮年の戦士の姿へと変貌した。
「試させてもらおう、蓮。お前の“創る意志”が、我が咎を贖う価値があるかどうかを」
◆ 試練と契約
突如、空間が異変を起こし、蓮たちは精神世界のような場所へと飛ばされた。
そこは《創造と破壊》を象徴する大地。
「ここは……精神の中の投影?」
「そう。“我が世界”だ。ここで、お前の信念を見せてみよ」
蓮は、仲間たちと共に戦った。
竜の意志が生み出す幻影との戦い――それは、蓮自身の心にある「恐れ」や「後悔」とも直面する試練だった。
だが、彼は剣を下ろさなかった。
「俺は、“選ばれた”んじゃない。“選んだ”んだよ。この世界を、信じてるから」
その言葉に、光が集まり、世界が再構築されていく。
◆ 共鳴と覚醒
エン・ズレアは、膝をついた。
「見事だ……“可能性”に心を賭ける者よ。ならば、我が力は、お前に預けよう」
竜の力が《スターノード》に収束し、蓮の内なる“創世因子”が新たな段階に進化する。
《緋星核〈クリムゾン・コア〉》――
古竜の記憶と、創造の炎の力を帯びた新たな核だった。
「この力で、滅びの運命すら書き換えてみせる」
蓮の瞳に、確かな意志の光が宿る。
◆ その背に燃ゆる紅
地上へ戻ると、すでに黄昏の時刻。
空には、微かに紅いオーロラのような波が揺れていた。
「……竜の目覚めは、空すら染めるのね」
イリスが感嘆するように呟いた。
「でも、これもまだ始まり。だって……今度は“水の神域”が、こちらに目を向けてきてる」
リーナの言葉に、一同が顔を上げる。
風、地、そして次は水。
世界の要素が、次々と反応を始めていた。
「次の試練が、俺たちを待ってる」
蓮の言葉に、皆が頷く。
そして、星がひとつ、音もなく瞬いた。