第4話:「氷姫との謁見」
氷の塔。
王都の中心にそびえる神秘の塔は、古より“王家の守護と継承”を象徴する聖域とされてきた。
だが、誰もが知っているその名の内実に、誰もが触れることはできない。
――そこに、王女アシュリー=グラディス・アルダはいた。
病弱とされ、政務には出ず、姿もほとんど現さぬ“氷の姫”。
だが、その実態は、静かに王国の命運を見つめてきた“沈黙の賢者”であった。
その彼女から、蓮のもとへ届いた謎の手紙。
それは、王国中枢において最大級の“異例”だった。
◆ 王宮内部、極秘の通路
夜。
蓮は単独で、塔への秘密の通路を進んでいた。
――いや、正確には“単独”ではない。
蓮の背後には、ひっそりとした足音がついてきていた。
「足音、消してたつもりなんだけどな」
蓮がつぶやくと、細い声が背後から返った。
「……ごめんなさい。でも、私も行きたいの」
そう言って現れたのは――イリスだった。
「神霊である私が、王国の“根源結界”に触れておきたくて。何か、感じるものがあるの」
蓮はため息をついたが、彼女の感覚を信じていた。
そして、なにより――一人で行かせるより安心できた。
◆ 氷の塔
二人は塔の内部へと足を踏み入れる。
中は信じられないほど静かで、氷の結晶が天井から絶え間なく降り注いでいた。
それが床に落ちることなく、空中で消えていく。
「……時間の流れが歪んでる?」
「正確には、“静止と再生”が循環してる。これは空間魔術ではなく……世界法則の改変ね」
イリスの顔に、わずかに戦慄が走る。
それほどまでに、ここは“異質”な場所だった。
そして、最上階。
白銀の扉が音もなく開き、奥にあったのは――
◆ 氷姫の間
氷の庭園。
満天の星を模した天井の下に、純白の花が咲き乱れる幻想的な空間が広がっていた。
その中心に、たった一人、銀髪の少女が佇んでいた。
アシュリー=グラディス・アルダ。
氷の王女。
彼女は蓮とイリスに向かって、静かに一礼した。
「ようこそ。帝より来た方……そして、“異世界の神霊”様」
「……あんた、最初から分かってたのね」
イリスが目を細めた。
アシュリーの瞳は、まるで星霜の記録を宿しているような透明感と知性に満ちていた。
その眼差しに、蓮も思わず息をのむ。
「あなたの名は、蓮。黎明帝国の創設王。そして……“再構築の因子”」
アシュリーの言葉に、蓮は反応した。
「知っているのか? 俺のことを?」
「はい。私は、神代より王家に伝わる“観測儀式”の担い手。
世界線の端に立つ者を、時の鏡を通して知ることができます」
「じゃあ、俺たちの未来も?」
蓮の問いに、彼女はゆっくりと首を振った。
「未来は“視えません”。あなたたちが来てから、未来が“変動域”に入りました。
世界の定数が、少しずつ“再定義”され始めているのです」
――それはつまり、蓮の選択が、歴史そのものを“作り直している”ことを意味していた。
◆ 王女の真意
アシュリーは、イリスをまっすぐに見つめて言った。
「私は、王国の未来を案じています。そして、“変わらなければ滅ぶ”ことも理解しています」
「けれど、あなたの周囲には保守派も多い。摂政評議会も、軍も」
「だから私は、表に立てませんでした。けれど――蓮様。
あなたにお願いがあります」
アシュリーは、深く頭を下げた。
「どうか、“王国を変える力”を貸してください」
その言葉に、蓮は応える。
「王国を“征服”するつもりはない。だが、協力してくれるなら、俺たちは全力で支える」
言葉に迷いはなかった。
◆ 共闘の始まり
その瞬間、部屋の奥にあった結界が開いた。
そこに眠っていたのは――
一振りの剣。
淡い青の光を放ち、氷霊を纏う神剣。
「これは……?」
「神代の遺物。“氷の女王”が王家に残した最後の力」
アシュリーはそれを手にし、そっと蓮に差し出す。
「これは、あなたのための剣。けれど、必要なのは“共に振るう”こと。
私も、王国の一員として戦います」
その決意に、イリスも微笑んだ。
「これで、揃ったわね。王国は、もう静かに滅びる時代じゃない」
◆ 夜明けに向けて
蓮たちは、氷の塔を後にした。
その背中に、アシュリーの声が届く。
「――“黎明”は、ただの言葉ではありません。
あなたが持つその意志が、本当に夜明けをもたらすかどうか……私、見届けます」
蓮はその言葉に、静かに頷いた。
「任せてくれ。……俺は、“この世界”を終わらせない」
夜が明けていく。
王国の歴史が、新たな章へと動き出していた。