第10話「黒翼神獣の咆哮」
◆ 黒き恐怖
砦上空を覆う黒い影は、夜空をも凌駕する深い闇の色をしていた。
翼を広げたその姿は城一つを覆うほど巨大であり、紅く輝く双眸が砦の全兵士を威圧していた。
「これは……」
砦中央司令塔の最上階。
蓮は無限アイテムボックスから望遠解析鏡を取り出し、黒翼の巨影を注視した。
(……間違いない。古代神獣……いや、“神滅級”クラスだ)
翼の先端から放たれる黒雷のような魔力放電。
その体表には複雑な紋章が浮かび上がり、全身から因果干渉波が迸っていた。
「イリス、解析は?」
「因果密度、計測不能……! 理論上、存在してはいけないクラスの神獣……!」
イリスが震える声で答える。
ミストも端末を操作しながら言った。
「この魔力波……伝承に記されている“黒翼竜神グラディオルクス”の波長と一致します……!」
リーナが息を呑む。
「竜神……!? まさか、そんな存在がこの砦に……!」
砦の兵士たちは恐怖で膝をつく者もいた。
だが、蓮は静かに呟いた。
「恐れるな。この砦を守るのが、俺たちの役目だ」
◆ 神滅級の脅威
砦北門近くでは、ノアとマリルが魔導障壁の強化に奔走していた。
「だ、大丈夫だよねノアくん……!? こんな化け物……倒せる……?」
「冷静に、マリル。蓮なら、必ず突破口を作ってくれる」
ノアの声は震えていなかった。それは蓮への絶対的信頼から来るものだった。
その時、神獣が咆哮した。
ゴォオオオオオオォォォ……!!
空間が震え、大気が軋む。
砦全体の結界が一瞬でひび割れた。
「結界、持ちません!!」
砦通信魔導士の悲鳴が響く。
砦全体が崩壊の危機に晒される中、蓮は静かに無限アイテムボックスに手を差し入れた。
◆ 無限アイテムボックスの切り札
「ここで……使うしかないか」
蓮が取り出したのは、黄金の封印札が何重にも巻かれた黒曜石の小箱だった。
「それは……?」
イリスが驚愕する。
「《古代竜封呪札》。以前、緋星核を得た際にエン・ズレアから託された禁忌道具だ」
彼は札を剥がしながら続けた。
「本来は、神竜クラスを束縛するためのものだが……。今ここで使わなければ、この砦は消し飛ぶ」
最後の札を剥がすと、小箱から黒炎の如き呪紋が放たれた。
「――《神獣束縛陣・零式》起動!!」
◆ 束縛と交渉
黒炎は夜空を駆け、神獣グラディオルクスの巨体を絡め取った。
「ぐ……ぅぅぅぅぅぅぅ!!」
黒翼竜神が苦悶の咆哮をあげる。
因果干渉波が収束し、周囲の空間歪曲が緩和される。
「……これで、多少は話を聞けるか」
蓮は神獣の紅い瞳を真っ直ぐに見上げた。
「グラディオルクス……お前はなぜ目覚めた。俺たちに何を伝えようとしている」
その声に、竜神は震えるような低音で答えた。
『……“灼滅の神王”が……復活する……』
「灼滅の……神王……?」
イリスの顔色が一気に変わる。
「まさか……虚神の王格……!?」
グラディオルクスはゆっくりと瞳を閉じ、呻くように言葉を続けた。
『我ら古き神獣たちは……その復活を阻止するために……調律の座に就かねばならぬ……』
「調律の座……」
蓮の脳裏に閃光のように走る記憶。
(風、地、水、火、雷、そして虚空……各属性の神格調律者。もし竜神自身が調律を望むなら……)
「なら、グラディオルクス。俺と契約しろ」
その言葉に、周囲が静まり返った。
「れ、蓮!? 何を……!」
リーナが絶叫する。
だが蓮は真剣だった。
「お前の力を貸せ。世界を救うために。創造のための破壊なら、俺が全て受け止める」
◆ 黒翼の盟約
神獣は沈黙した。
そして、ゆっくりと翼を畳み、その巨体を縮めていった。
光が収束し、そこに現れたのは黒髪に紅瞳を宿す青年の姿。
「……我が名は、黒翼竜神グラディオルクス。黎明の調律者、蓮よ。お前の剣となろう」
青年は片膝をつき、右拳を胸に当てた。
「これにて、《雷・虚空》領域への道が開かれたわね」
イリスが静かに笑う。
蓮は目を閉じ、深く息を吐いた。
(まだだ……まだ終わらない。この世界を“創る”その日まで……)
夜空には、黒翼神獣の盟約を祝福するかのように、無数の流星が降り注いでいた。




