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プロローグ:暁光の記録者たち

第七作目、第一作目の続編です。

異世界国家戦略ファンタジー × 群像英雄譚 × ロマンス。

 ――夜明け前、空が最も暗くなるという。


 その言葉を、蓮は昔どこかで聞いたような気がしていた。曖昧な記憶の断片。異世界へと渡る前の、かつての地球でのことかもしれない。あるいは、この世界で誰かが言ったのかもしれない。はっきりとは思い出せないが、不思議と心に残っていた。


 浮遊大陸が崩壊し、星詠の神殿が開かれ、神々が記録した運命の系譜〈セレスティアル・オラクル〉が再び紡がれたあの日から、ちょうど半年が経った。


 帝都ノヴァリアは、今日も穏やかな朝を迎えていた。


 白銀の塔を中心に広がる都市は、かつての戦火の名残を残しながらも、再建と拡張を繰り返し、すでに一つの国家としての機能を確立していた。城壁の外には農地が広がり、新たな街区には各地から流れてきた移民や難民たちが新たな生活を営んでいる。


 だが、この平和も――それほど長く続くとは限らない。


 それを誰よりも理解していたのが、黎明帝国の初代皇帝にして、かつて“異世界の来訪者”と呼ばれた青年、蓮=アークライトであった。



「……朝から渋い顔をしてるね、陛下」


 その声に振り返ると、そこには長い銀髪をゆるく編み上げた女性が、窓辺の光を背に立っていた。


 イリス=オルト=ドラグニア。竜族の血を引き、かつて“神の記録者”として星霊の神譜に名を連ねた存在。今は、蓮の最も信頼する副宰相であり、恋人でもある。


 彼女の笑みは、どこか母性的でありながら、凛とした強さを内包している。


「いや……少し考え事をしていただけだ」


「外交の件?」


「……それもある。だが一番は、“この帝国がどこへ向かうのか”ってことだ」


 蓮の声には、かつて戦場を駆けた少年の姿とは異なる、統治者としての重みが宿っていた。


 帝国建国から半年。いまだ周辺諸国はノヴァリアの存在を“実験的な政体”として警戒し、明確な同盟や国交を結ぶには至っていない。むしろ、「このまま独立国家として成立すれば、地域の均衡が崩れる」として牽制すら始まっているのが実情だ。


「それで……あの計画を、実行するつもりなんだね?」


「ああ。そろそろ、最初の使節団を送り出す時期だと思う」


 蓮は、卓上に広げた書簡の束を指さす。それは、各国に宛てた外交交渉文だった。


「最初の相手は、南方のグラン・アルダ王国。軍事的には脅威ではないが、周辺諸侯をまとめる力がある。あそこを抑えれば、帝国の正当性も高まるはずだ」


「……でも、彼らは“異界の王”であるあなたを快く思っていない。下手をすれば、使節団ごと囚われることになるわ」


「わかってる。それでも、行かなきゃならない。帝国の未来のために」


 蓮の決意に、イリスは静かに頷いた。


「じゃあ、せめて……私も同行させて」


「……イリス?」


「あなたがいない間、帝都の政務は私に任せるって言いたいんでしょう? でもそれじゃ意味がない。私はあなたの“盾”でもあるんだから。行くなら一緒よ」


 彼女のまっすぐな視線に、蓮は小さく笑った。


「……ありがとう。頼りにしてる」


「うん、任せて」


 イリスの頬がわずかに赤くなる。かつて神であった彼女も、今は一人の“人間”として、蓮の隣にいるのだ。



 その日の午後、帝都の政務庁では、外交使節団の編成に関する最初の会議が開かれていた。


「どうせお前が行くって言うだろうと思ってな、もう出発準備は済ませてある」


 そう言ったのは、帝国軍の最高司令官――シャム=アークレイン。


 金茶の短髪に鋭い目つき、そして整った軍装の彼は、まさに“武人”そのものの佇まいであった。


 彼の隣に立っていたのは、帝国騎士団の副団長、リーナ=ミレイユ。以前よりさらに凛々しさを増した彼女は、どこか柔らかい笑みをたたえながらシャムを見上げていた。


「陛下。もし可能でしたら、私たちも同行を……」


「いや、シャムとリーナには、帝都防衛を任せたい。今は、表向きの脅威よりも、内乱や暗躍の方が厄介だからな」


「……了解しました。だが、何かあればすぐ駆けつけます」


「頼もしいな」


 蓮は、二人に感謝の意を込めて頷いた。


 他にも、科学技術担当のミスト=フィーン、結界魔術師のカイエン=シュレッド、そして神譜の記録保持者であるネフェリスやノアたちも、それぞれ使節団に加わる準備を進めていた。


 帝国の運命をかけた、初の“対外行動”。


 それは単なる外交ではない。帝国が世界の中でどんな存在になるのか――その第一歩だった。



 夜、蓮は一人、宮殿のバルコニーに立っていた。


 遥か彼方の地平線を眺めながら、胸の奥にわずかな不安を感じていた。


(……俺は、正しい道を歩けているのか?)


 かつての蓮なら、こうした迷いに囚われることなく突き進んでいたかもしれない。だが、今は一人ではない。


 イリスが隣にいる。シャムやリーナ、ミスト、ネフェリス、カイエン、ノア……多くの仲間たちが、帝国を共に築いている。


 そして、民がいる。


 未来を、希望を託された者として――彼は、歩みを止めるわけにはいかない。


「蓮」


 その名を呼ぶ声に振り返ると、イリスがそっと近づいてきた。


「出発は、明後日だね」


「ああ。明日は使節団の最終選定と、出発式の準備だ」


「……緊張してる?」


「少しだけな」


 蓮は、彼女の手をそっと取った。


 イリスの手は、いつも温かい。


「でも、大丈夫だ。これまでも、これからも、俺たちは一緒に進んでいく」


「ええ。共に、歩んでいきましょう。どんな未来であっても」


 静かな夜風が吹き抜ける。


 星々は、確かにそこにあった。


 それは、過去の神々が遺した記録ではなく、今を生きる者たちが選び取る“未来”の証だった。

黎明帝国ノヴァリアとその周辺諸国を巡る政治・戦略・神秘を織り交ぜた中長期的国家運営と、蓮たち主要キャラの“その後”の物語。

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