第四話・エピローグ
この作品が誰かの救いになりますように
「春と言えば」
黒板にはそう書かれていた
・・・・・・・・・・・
私、星野ハルはずっとこの孤児院で育てられている
あとで聞いたことだが、
両親は私が生まれてすぐに離婚し
まだ3歳児だった私は孤児院に預けられて育った
孤児院は厳しいと思われがちだが
私のところはそうではなかった。
小学一年生までは保育士がちゃんと面倒を見てくれて
小学2年生から教師や講師から勉強や家事を習った
そんな感じで何不自由なく生きてきたのだが
ただ一つ問題があった
それは
「友達が作れなかったこと」
他の孤児とは一切話さず
ただ黙々と学習や家事を行なっていた
人前ではあまり表情も出さず
ただ、黙っていた
本当は寂しいけど
・・・・・・・・
そして今は、「春といえば」という課題について取り組んでいる
先生が言う
「難しい人は孤児院施設内に探しに行ってもいいですよ」
その声と共に、多くの孤児たちが七・八人のグループになって
クラス外に出た
そして私一人だけが教室にいた
シャーペンを持つ右手は「止まっていた」
ここにきて初めて手が止まった
春というものに思い入れはなかったからだ。
「大丈夫? 星野さん」
名前を呼ばれてびっくりした
話しかけてきたのはお隣の部屋にいるアリスだった
彼女は2年前にここに来たばかりだが私よりも他の人と馴染んでいる
「あ、アリス…。大丈夫だよ。」
私は答えた
「春といえば、なんて言われても難しいよね…。」
「うん…。アリスは…何か、書いたの…?」
少し間をおいて
「私はね…」
彼女は続けて言う
「『屋上の少女』って書いたの。」
「それは…なんで…?」
「私は今日みたいに桜が咲く春に、彼女に救われたから」
・・・・・・・・・・・・・・
4年前
アリス・ウェルデの両親はよく癇癪を起こす人間だった
アリスは毎日のように両親から虐待を受け続けた
母親からは学習面に関する精神的虐待
父親からは肉体的な虐待
彼女は「耐えた」
そうしないと、生きることができないから
この家から追い出されて、死んでしまうから。
しかしある日、アリスは激昂した
耐えきれなくなったのだ
虐待に
アリスは両腕に2本の包丁を握り、自らの憤怒に任せて親に向かって突き出した
「はっ」
いつも怒りに満ちた母親の顔が恐怖に変わった
「ひっ」
いつも不快な笑みを浮かべている父親が恐れ慄く
二人の表情を知らずにアリスは「刺し続けた」
今まで自分をいじめてきた憎き両親を
ザシュッ、ジャシュッ、ゴリッ、
刺して、刺して、刺して刺して刺して刺して刺して_____
気づけば、床一面赤色になっていた
アリスは恐怖しか感じなかった
なんてことをしてしまった
自分が両親を傷つけてしまった
それどころか
「殺してしまった」のだ
ああ、ついに、殺した。
殺してしまった。
自分の親を。
人の命を。
途端に彼女の脳内は墨を垂らしたように真っ黒に染まった。
頭の中に「ナニカ」の声が響く
「オマエガ、コロシタ」
「ヒトヲ、コロシタ」
「オマエヲウンダヒトヲ。」
「オマエガ、」
「あ、ああ…」
アリスの脳内は焦燥感と絶望感でかき混ぜられた渦のように混沌と化した
今、聞こえるのは恐怖を覚える言葉の羅列
「オマエガコロシタオマエガコロシタオマエガコロシタオマエガコロシタ_____」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この日の夜、アリスは隣人ゴーシュに発見された。
アリスはひどく怯えながら今ままでの経緯を全て話した
ゴーシュは彼女を保護し、彼女から事情を聞くと、彼女を警察に連れて行き
出頭した
裁判では彼女に執行猶予付きの懲役三年が課せられた
幸い、彼女は未成年であり罪が重くなることもなかった
また、親戚もすでに他界しており、咎められることもなかった
だが、これが彼女の生涯に大傷をつける原因となってしまった
両親を怒りの感情のままに殺してしまった自分を虐げることしかできなくなった
すなわち、「自虐者」となってしまったのである
翌日、彼女はある施設に引き取られた
そこは、彼女と同じように「ある理由」が原因で両親と離れた子供たちが集まる場所
「孤児院」だった
「あなたにはここで三年間『再教育』を行なってもらいます」
警備員が話す
アリスはただ「わかりました」と返事をし、自分の部屋に入った
孤児院は刑務所のような鉄格子に粗雑なベット
といったものではなく、
木製のドア、綺麗なガラス窓、布製の布団と
まるでホテルの一室のようなものだった
アリスは自分の荷物を部屋に置き、通常服に着替えた。
「準備できました」
アリスがそう、警備員に言うと
「では、ついてきて」
と、警備員が言った
「教室」に向かうアリスは頭の中で検察官の面会を思い出した
・・・・・・・・・・・・・・・
「あなたは、自分の両親を殺してしまった、これは間違い無いですか?」
「はい」
アリスの声はか細く暗いトーンだった
「ごめんなさい」
アリスはすぐにこう言った
「なぜ、殺してしまったのか、理由は説明できますか?」
そう検察官が言う
アリスは今まで自分が親から虐待を受けていたこと
親戚がいなかったため誰にも相談ができなかったことを話した
検察官はその話を聞いて、
「なるほど、そのような理由で。」
検察官はそう言うと、一枚の書類を取り出した
「これは、あなたを更生するための『再教育』プログラムです。」
「再教育…?」
「具体的に言うと『再教育』は罪を犯した人間が社会に再び復帰できるようにする計画です。」
「この時代、あなたのような外的環境による犯罪者は再び教育を受けることで
正しい方向に進めるようになりますからね。」
アリスは無表情だった
彼女の心の中には『殺人をした罪悪感』が重くのしかかっていた
「オマエハ、ワルイコ」
その言葉がアリスの心の中で繰り返されている
故に、「笑う」こともできなかったのだ
思うことはただ一つ
『死にたい』ということだけだった
「そうですか」
暗い表情で単調にはなす彼女の姿は
検察員にはまるで死期を待つ死刑因のように写った
・・・・・・・・
それからというもの、アリスは「再教育」を受け続けた
中学二年教育課程からの学び直し、体育・技術・家庭科実習……
彼女は同じ施設で共に過ごす者たちとは一切会話をせず、
ただ、教育者の指示を淡々とこなしていた。
周りからは「この施設一のエリートだ」と褒められることもあった
しかし、そのような声はアリスには届かない
そのような自分を褒める声は
あの、自虐的な言葉にしか聞こえないのだ
「オマエガ、コロシタ」
「オマエハ、ワルイコ」
一日、一週間、1ヶ月、一年……
永遠にその言葉はついてくる
そして、アリスは
「自分の罪の重さに耐えられなくなった」
そして、決断した
「屋上から飛び降りよう」と。
・・・・・・・・・・・・・・
二年後、彼女は孤児院の事務室から
屋上の鍵を奪取し、屋上への階段にかけ上がった
屋上の扉までは391段あった
一段一段かけ上るたび、呼吸が荒くなるのを感じる
胸が苦しい
足が軋む
腕が痛む
でも、そんなのは今のアリスにはへっちゃらだった。
やっと扉の前に来た時後ろの方から足音が聞こえた
(「やばい…警備員だ…!」)
アリスは急いで錠前を開き、扉を開ける
そして、屋上に出てから、静かに扉を閉めた。
屋上に広がる空は茜色に染まっていた
西日が頭上から指す
この景色は自分の__場所には適していた
さっきまで聞こえた足音はもう聞こえない
「キコエナイ」
舞台は整った
「トトノッタ」
あとは、鉄格子を登って
「ノボッテ」
建物の縁に立って
「タッテ」
身を任せるだけ
「ソウダ」
大丈夫
「ソウダ」
もうすぐ、楽になれる
「ソウダ」
今は怖い?
「チガウ」
今は辛い?
「チガウ」
「「いや、そんなワケハナイ。」」
飛び降りよう。
「ソウダ_______
・・・・・・・・・・・・
『待って。』
その言葉で、アリスは我に帰った
しかし、時すでに遅くアリスの体は建物の縁から離れている
このまま落ち___
『えい!』
なかった。
アリスの視界には自分の腕と鉄格子をしっかり握った
「白いワンピースの少女」
が写っていた。
「大丈夫?」
「………」
「とりあえず、話は屋上でしようか」
少女はそう言って
アリスの腕をしっかりと握りながら
鉄格子を登った
アリスは動くこともできず、
ただ、彼女に持ち上げられるだけだった
・・・・・・・・・・・・
屋上の地面にアリスの足がついた時
アリスはその場に座り込んでしまった
今、目の前で起きている状況を飲み込むことができなかったからだ
「ねえ、白いワンピースの少女、なぜわたしを助けたの」
アリスは感情のない青白い顔で話す
「それはね…
続けて少女が言う
「あなたが、『助けてほしい』って思っているから」
アリスは理解できなかった
自分の心の中に「助けてほしい」などと言う思いがあっただろうか
今一度、考え直してみる
すると、今まで見えなかった
一つの言葉が浮かび上がってきた
「生きたい」
言うならば____
「この罪悪感を少しでも減らしたい」
「オマエハ、ワルイコ」
「オマエガ、コロシタ」
「オマエノ、セイダ」
その言葉のせいで生きていること全てが
無駄に思えてしまった
だから思った
「この罪悪感を少しでも減らして
生きれるようになりたい」
その言葉が浮かび上がってきた時、
胸の中に充満する黒い霧が晴れた気がした
そして一瞬、あの言葉が途切れた気がした
「オマ_、__イ_。」
「そうだ…わたしはあの時からずっと過去に囚われていたんだ」
一つの結論が出る
少女はいった
「過去は変えられない、だけど、未来は変えることができる
君の罪はこの再教育の中で償われる
君はもう一度、人生をやり直すことができるんだ
だから、
少女は続けて言う
「自分を否定することは、もうしなくていいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、自分の頬に涙が伝った
アリスは嗚咽し、声を出して大泣きした
少女は彼女にそっと寄り添い、背中を撫でて慰めた
その時の屋上には散ってしまった桜の花びらが彼女たちを囲うようにして
落ちていた
・・・・・・・・・・・・
「…って、言うことがあったの」
「…そうだったんだ…」
アリスにそんな過去があったなんて、とハルは呟く
彼女も、私も結果的に独りぼっちになってしまった人間であるのだ
自分の生まれたところを知らず、誰とも話すことができず
黒い思いを抱えたまま生きてきたのだ
こんな自分に話しかけてくれたのはアリスしかいない
「ハルも、あの子に会いたい?」
アリスが言う
もしかしたら、私の「友達が作れない」と言う悩みが解決できるかもしれない
わたしは二つ返事で
「あ…うん。」
と返答した
私たちは教室を出て廊下に出た
校舎の廊下の窓の先には桜が咲いている
私たちは職員室に行って屋上の鍵を貸してもらい
屋上へ向かった
屋上の階段の前までに差し掛かったところでアリスが手を差し伸べてきた。
「…? どうしたの…?」
「屋上の少女に会うためには二人同時に行かなきゃいけないの。」
アリスが言う
わたしは、そうなのか、と思って彼女の手を握った
暖かい。
わたしの手を握りながらにっこりと微笑むアリスはまるで天使のように見えた
アリスが扉を開けて、
「来たよ!」
と言う
その声に答えたのか
白帽子に白いワンピースの少女が
「はーい」
と、元気に返事した
これが、アリスの言っていたあの「少女」か。
「この子が質問したいんだって。」
アリスが言う
私は少女に向かって言う
「あ、あの」
「うん。どうしたの。」
少女は笑顔で応える
「自分から友達を作るには…どうしたらいいですか。」
・・・・・・・・・・・・・
その夜
ベットで眠るハルの横には
一枚に紙があった
赤いスタンプで
「よく出来ました!」
と、押されているその紙には
ハルが書いた文字があった
春といえば
「私を元気づけてくれた屋上の少女」
と。
第四話 「ハルに受け継がれる思い」
エピローグ
午前一時、丑三つ時
星一つも見えない漆黒に染まる空の下
一人の黒ずくめの男がいた
その男は黒い帽子に顔を埋めたまま
眼下部の街を見下ろしていた
「また一人、救われた」
男は手帳を取り出す
そこには、アリス
遥
翔
恭二
の名前が載っていた
黒い手帳にsaveという文字が浮かんでいる
「今度はしっかりと命を取らねば…」
男はそう呟いて、街の闇に
「消えた」
跡形もなく。
エピローグ 「黒い男」