8
「あった」
二階にある若い娘の部屋と思しき部屋、その寝室にあるサイドテーブルの中に探していたものはあった。ルシウスはその小さな手鏡を手に振り返る。
「こっちもあったぞ」
ニヤリと笑ってアロンが手に持っているのは、革表紙の本――いやおそらく日記帳だ。
二人はうなづきあって、ルシウスの持つ鏡にその本を翳した。
「……読みも当たったらしいな」
その手鏡に、日記帳は映っていない。移るのは天井ばかりだ。
「これを壊せばいいのか?」
「まあ……、そうなんだけど。他にもいくつかあるはずだから、それを全部探してからにしよう。一気に壊さないと、修復されてしまうかもしれない」
「なるほどな。……って、もしかしてまた屋敷中を回らなければならないのか?」
「――……そうなるね」
うんざりしながらも二人は、手鏡と令嬢の日記帳を手に部屋を出て行った。
「これで全部か?」
「多分」
主寝室へ戻ってきていた二人は、屋敷の中から見つけ出した日記帳四冊をテーブルの上に並べた。
「で、どうやって壊すんだ?」
「壊さない。浄化する」
「は?」
「この日記帳が、魔物の核みたいなものになっていることは、アロンも気付いているだろう?」
「ま、まぁな……」
「なら、並大抵の力では壊せないのも、分かるんじゃない?」
魔物の核――つまり魔石は、かなり大きな力を加えなければ壊れる代物ではない。拳で砕いたり魔法で破壊なんてことは、基本出来ないと思っておいた方がいい。だが、例えば強い力を持った魔物の核は、置いておくだけで何かしらの悪影響を及ぼすものがある。それを無効化するために使われる方法が「浄化」だ。
それは一般常識の範囲なので、当然してるはずのアロンだが、それでも納得はしない。
「日記帳が核みたいなもんだからって、浄化するなんてバカ言うんじゃねぇよ! 核の浄化に何人の魔導師が必要だと思ってる!?」
通常、核の浄化のためには、力が強い魔導師――特にルシウスと同じ光の力を持つ神官たちの力が必要だ。だが、一人でできるというものではない。複数名、最低でも四人を欲しいところだ。
この日記帳は魔物の本体の核ではないため、そこまでの人員はいらないかもしれないが、一人でできるものではない――、というのが一般的な考えだ。アロンが怒るのも無理はない。
しかしルシウスは首を横に振った。
「俺ならできるよ」
「何言ってる! さっき魔物あぶり出したのとは、わけが違うんだぞ!?」
「知ってるよ。いいから下がってて」
ルシウスの意志が固いのを見て取ると、アロンは不服そうな顔をしながらも数歩下がった。 これしか方法がないのを、アロンも分かっているからだろう。
彼が離れたのを見て、ルシウスは日記帳に視線を戻した。
並べられた四冊の上に手を翳す。
魔石の浄化は、自身の光の力で 相手の魔力を上書きするようなイメージでやればいいらしい。村にいた頃、教師である魔導師がそう言っていた。彼がそう言って浄化してみせたのは、小石とも言えないような、砂粒のような魔石だったが。
実を言うとルシウスは実践したことはない。だがやらなければこのままここで死ぬだけだ。
「 っ……」
日記帳に向かって自分の力を入り込ませようとする。しかし当然のことながら反発があるのかうまくいかない。それでも無理に力を込めると少しずつだが日記帳から魔物の力が抜け、自身の持つ光の力に置き換わっていくのが感じられた。だがその時――
「 あっ……!!」
翳していた手、その腕に裂傷がはしった
「ルシウス!」
「いいから! 大丈夫だ、任せて……!!」
駆け寄ろうとしていたアロンを、無事の方の手で制止する。アロンは足を止め、緊張した面持ちのままその場に留まった。
彼が立ち止まったのを見て、ルシウスも再び日記帳に集中する。
もう少しで終わる。
そう思った時、視界が弾けるような衝撃がはしる。
ルシウスはそれに意識を飲み込まれた。