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「はい。確かに魔石を受け取りました。依頼達成おめでとうございます。こちらが報酬になります」

  冒険者ギルドの受付がそう言って報酬分の金銭が入った袋をルシウスに渡した。

「ありがとう。それより――」

「あ、はい 。ご依頼いただいていた、女神像について、ですね」

 ルシウスが冒険者になった一番の理由はこれだ。 国中を回りながらこうしてレイティアが封じられている場所の情報を探る。

 そのためにはこの職業がうってつけだったのだ。

 しかし受付嬢は眉を曇らせる。

「石に彫られた女神像や壊れたものはいくつか存在します。かつては女神も信仰の対象でしたからね」

 ルシウスは頷く。

 この国が建国されるさらに以前は、女神信仰もあったらしい。だが「勇者」が後に興すと、その信仰は失われてしまった。そのため大昔の廃村や森の中に朽ちた女神像は残っているものの、ルシウスの探すような美しい女神像などほとんど存在しない。

 受付嬢も同じこと思っているのか沈んだ声で続ける。

「お探しの女神像は水晶のような透明度のある石でできたもの、ということでしたので……」

 後に続く言葉は想像に難くない。

 見つからなかった、そう言われるのを覚悟してルシウスが落胆しかけた時不意に聞き慣れぬ男の声が割って入った。

「あんたが女神像を探してるって男か?」

 振り向くとそこにはいかにも冒険慣れ風体の若い男が立っていた。年回りはルシウスよりも少し上だろうがそう大差ない年齢だ。 赤みの強い短い茶髪が印象的な男だ。人懐っこい笑顔を浮かべている男だが、ルシウスは少々警戒して一歩後ずさった。

「……そうだけど、君は?」

「あんたが探しているもの――かは分からないが、水晶で出来た女神像がある場所をオレは知っている。どうだ? 興味はないか?」

  反射的に頷きそうになって思い留まる。 どうしてこの男はこんなにも ルシウスに利のある話をわざわざ持って来たのだろう。

「どうして俺にその話を?」

 そう訊ねると男はニッと笑った。

「話に飛びつかないのは良い判断だな。なに、その近くで依頼を受けたんだが、ちとばかり一人で荷が重くてな。後方支援を頼みたい。――あぁ、安心してくれ。報酬は山分けだ」

 ルシウスはその話を受けるかどうか悩んだ。即断するには、依頼内容がわからないからだ。しかし、少しでも情報の欲しいルシウスにとっては、断ってしまうというのもまた気が引けた。

「……ひとまず話は聞こう。君の名前は?」

「アロンだ。お前は?」

「ルシウス」

 ルシウスはアロンが差し出してきた手を握り返した。


 アロンから聞かされた依頼内容はそう難しいものではなかった。

 魔物を倒す。ただそれだけと言えば、それだけだ。 だがその大変さに気がついたのは現場に着いてからのことだった。

 その現場はある屋敷。何十年か前に打ち捨てられた 元々貴族の屋敷だった場所だ。かつては美しかったであろうその屋敷も長年の風雨に晒され、 蔦は 屋敷中を覆い尽くしている。周囲の塀も崩れており廃墟然としていた。

「と言うか、完璧廃墟だろこれ」

 アロンが木の陰に身を隠しながらそうぼやいた。

  なんでも依頼主はここに住み着いた魔物を 排除した後、この屋敷を修繕し住むつもりだという。ルシウスの目から見てもそれは、なかなか骨の折れる作業だろうと言うことは言葉にするまでもなかった。

  アロンの事前情報によると、この屋敷に潜んでいる魔物はたったの一体だという。

  手を組むにあたってアロンの経歴を聞いたところ、彼はそれなりに長く冒険者を続けており実績も確かであった。また潜んでいる魔物自身も、そう強い個体ではないという。彼の実力からすれば何の問題もない相手のはずだった。

 ならば何が難しいのかと言うと――

「なあ、本当に屋敷の中に入れないのか?」

 実力も申し分なく魔物も大して強くはない。だというのに彼が「 荷が重い」なおというのは普通考えればありえないことだった。だが今ルシウスが訊ねた通り、そもそも中に入れないというのならば話は別だ。

 アロンは魔物の持つ魔力によって屋敷内部が一種の異空間のようになっているところまでは突き止めたらしい。だがそこに入るには例えば神官などといった、ルシウスほどではないにせよ光の魔力を持つ人間なければ入れないという。

 そのためマロンはそういった力を持つ人間を探していたらしい。その中でもっとも都合が良かったのがルシウスだったということだ。

 アロンはルシウスの問いに肩を竦めた。

「オレは入れない。何度試しても駄目だった。だがきっと、お前ならいけるだろうさ」

「ふうん」

 ルシウスは茂みの中から立ち上がり屋敷に一歩近づいた。あまり良くない気配がする。

 魔物の多くが持っている、光と相反する力――闇の力のせいだろう。

 一歩近づくごとに その気配を強くなるが、ルシウスはそれを無理矢理無視して近付いていった。

 この中に レイティアに繋がる何かがあるのだと思えば、竦みそうになる足も前に進んだ。

 朽ちた塀をすり抜けて、ルシウスは 屋敷の扉の前にたどり着いた。扉に触れるパチリとほんの少し反発のようなものがあったが、それを無視してノブを握った。

 それを回す。最初だけ錆のせいだろうか、 ギギッと 嫌な音がしたが、それでもアロンの言うように動かないなどということはなく想像以上にあっさりとその扉は開いた。

「よくやった。これで中に入れるぞ」

 アロンは意気揚々と出てきてルシウスの肩をポンと叩いた。

 二人は並んで屋敷の中に入った。

「これは……」

 一歩足を踏み入れた瞬間、アロンが屋敷の中は異空間だと言っていた意味が分かった。空気が重い。屋敷全体が魔物の領域なのだろうと察せられた。

「……これを一人で倒そうとしていたのか?」

「オレぐらいになれば、これくらい朝飯前なのさ」

 アロンは飄々と言っているがどこか緊張しているのも、ルシウスは感じ取っていた。もしかすると彼も想像していた以上に強い魔物だったのかもしれない。

「ここからどうするんだ?」

「二手に……と言いたかったんだがな。こいつはちょっと厄介かもしれない。別れて行動するのは下策だな……。仕方がない、奴さんの居所をしらみつぶしに探すしかなさそうだ。気配が大きすぎて特定も難しい」

「わかった、君に従うよ」

 ルシウスがそう言うと、マロンは意外そうに目を丸くした。

「へぇ、随分素直だな。お前みたいな新人は向こう見ずな奴が多いんだがな」

 アロンいわく、周囲の助言を聞かずに突っ走った結果早死にする新人多いらしい。ルシウスとてその気持ちがわからないわけではない。だが――

「そんな危険なことしないよ。俺は……死ぬわけにはいかないんだ」

「 へぇ。ま、その方が賢明だな」

 アロンはルシウスの背中をバシッと叩くと、「さあ行くぞ」 と笑って暗い廊下を進んでいった。

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