20
ルシウスは穏やかな鳥の鳴き声につられるように目を覚ました。
ぼんやりと 何があったのだったかと考えながら、右手を持ち上げる。
「……右手がある」
包帯でぐるぐる巻きにされてはいたが、そこには五指が揃った己の指があった。
「そりゃ良かったな。 うちの神官たちの腕が良い からだぞ」
「へぇ……。――っ!?」
聞き慣れた声に何の気なく返事を返して、数秒。その声の主に思い当たり、ルシウスは慌てて起き上がろうとして、背中の痛みに阻まれ失敗した。
「あ、おいおい……。寝てろよ、お前結構重症なんだぞ」
「 アロン……」
そこには隣に置かれたベッドに腰かけて笑う、自分が殺しかけた男の姿があった。
「……腹、大丈夫なの」
少し気まずいものを感じながらも、ルシウスはそろりとそう聞いた。
「あぁ……。結構深かったんだけどな」
アロンはそう言いながら、上の服をぺらりとめくりあげる。そこには包帯の巻かれた。割れた腹筋がある。
「幸い、 致命的なもんじゃなかったから、すぐ治るさ。ちょっと大げさに見えるけどな」
そう言ってからりと笑うアロンに、ルシウスは泣きたくなった。
「…………ごめん、僕は謝って許されるはずもないことをやってしまった」
握りしめた右手は痛かったが、そんなことは気にならないほどの後悔に苛まれていた。
アロンは黙って、ルシウスを見ていたが、しばらくして小さくため息をついた。
「そうだな。本来なら、今頃処刑台の上かもしれないぞ」
「『彼女』は、それほど悪しき存在 ……?」
今のルシウスにはあそこがどこで、また行く手を阻んできた男たちは何者だったのかもう理解していた。
あそこは王都にある大聖堂の地下だろう。そして、男達は神に仕える神官たちだ。
あの時には理解できなかった言葉が思い出される。
『その力を持つならばお前は「我らの同胞」のはずなのに』
ルシウスは光の力を使うといった男が発した言葉だった。聞き 取れなかったはずの「我らの同胞」という言葉が、今更になって思い出される。
ルシアスほどの力を持つ人間はまれであったが、ささやかな光の力を持つ人間は多数存在する。 彼らは皆、かつての勇者の血をどこかで継いだ者たちだと言われている 。当時は勇者しか持ち得なかったその力は、 王家から貴族へと広まり 、時代の流れとともに次第に平民の中へも 広がっていったのだろう。何十世代も遡れば、実は貴族や 王家の 血が混ざっていることなどそう珍しいことではない。
そうして生まれた光の力を持つ子供達は、力が強ければ魔導師に、弱ければ神官となる場合が多い。光の力は、その強さと使い方次第では癒しの力となり、それが神官となるための ひとつの条件だからである。
先ほどアロンが「 うちの神官たちの腕が良い からだぞ」と言ったのも、それが理由だ。おそらくその神官たちの癒しの力がなければ、ルシウスは指を何本か、ヘタをすれば右腕ごとなくしていたかもしれないのだろう。 あの時は気づかなかったが、腕の傷は開き血が流れ出していた。それを気付かず、ほぼ不眠不休で王都まで歩いた上、ナイフを握り戦闘 までしたのだ。一番最初にした手当などもう意味をなしていなかっただろう。
その時ふと、ルシウスの中に疑問が 湧いた。
「アロン、なぜ君は神官の格好をしていた?」
彼がルシウスに刺された時、その身にまとっていた服は神官たちと同じものだった。白い服が血で染まっていたのをよく覚えている。
問いかけると、アロンは気まずげに少し視線をそらして頬を掻いた。
「あー……。えっと、オレ、あれなんだよ。大司教様の息子、ってやつ」
「……は? 」
ルシウスは一瞬彼が何を言ってるのかわからなかった。大司教といえば、ありていに言うと神官たちの中で最も偉い人間である。
「そんな人間が、どうして冒険者を……?」
「……その、 反抗期?」
どうやら彼は父親の後を継ぐのが嫌だったらしい。その結果家を飛び出して冒険者に身をやつしていたと言う。ルシウスも家を飛び出したのは同じだがその責任の重さは段違いだ。
ルシウスがあっけに取られていると、アロンは照れを隠そうととしているのか少し怒ったような声で続けた。
「でも、だな! お前、オレがいたから、今ここにいられるんだぞ!」
「……どういうこと?」
先ほどの「処刑」と言う言葉が思い出される。ルシウスはレイティアを救いたい一心で起こした行動だったが、それはとても大変なことだったのだと今は理解している。どう問題なのかはまだよくわかっていなかったが、それでも解き放たれた彼女を前にした時のあの手の震え、恐怖は忘れられない。
「お前が解き放ったのは、『災厄の魔女』だ」
それを聞いたルシウスは目を開き、言葉が出なかった。「災厄の魔女」は、建国の勇者が出てくる物語では必ず出てくる存在だからだ。
勇者に倒される悪役として。
「でも、あれは……、物語、じゃ……」
「『勇者』が存在するなら『魔女』がいても不思議じゃないだろ」
アロンの言葉はもっともだった。
災厄の魔女は、世界を滅ぼそうとして勇者に封じられたとされている。勇者の持つ強い光の力、それによって封じられたものは、勇者本人かそれと同等の力を持つ人間の力でしか、その封印を解くことはできない。
「じゃあ、僕は……」
利用されたのか。
その言葉は最後まで出すことができなかった。アロンも察しはついていただろうが、何も言いはしなかった。
しばしの間沈黙が下りる。それを破ったのはアロンだった。
「お前の処刑――、可能性としてなくなった訳じゃない」
ルシウスは顔を上げた。
「処刑、になっても、文句は言えないな」
自嘲気味に笑うと、アロンは首を横に振って「まあ聞け」と言って続けた。
「解き放たれた魔女は、もう一度封じるか、できれば滅してしまいたい。だが、それは力のある者達が束になってもなかなか叶わない話だ。――だがお前は違う」
「……解いたものは、もう一度封じれるだろう、ってこと?」
アロンは頷いた。
「 『魔女を殺せ。さすれば、処刑は撤回してやる』これが上の決定だ」
ルシウスはすぐに答えることができなかった。自分のやってしまったことの後始末はつけなければならない。それでも魔女――レイティアを殺すのにはためらいがあった。
利用されたと分かった今でさえ、ルシウスから彼女への想いが、消えてはいなかったからだ。
黙ったままのルシウスにアロンはため息をついた。
「……即決してくれるなら、これは言わないでおこうと思ったんだがな。でも、知らなかった、じゃ後悔させるだろうから、酷だろうが言うぞ」
アロンは意味のわからない前置きをしてルシウスにこう続けた。
「お前が引き受けなければ、オレもともに処刑される」
「な、なんで!?」
「女神像の場所を教えたのが、オレだからだ 」
「でも、アロンは大司教の息子なんだろう!?」
「厳密には世襲制じゃないからな、特に俺は神官としての能力はあんまりだから、さほど問題じゃない」
「でも……!!」
言い募ろうとしたルシウスを、アロンは首を振って止めた。
「これが最大限の譲歩なんだ。お前はそれだけのことをしたし、オレもそのきっかけを与えてしまった。その点では同罪なんだ」
ルシウスは黙り込むしかなかった。
それを見てアロンも苦笑いをする。
「ごめんな、これじゃあ脅してるのと変わらないのにな……」
ルシウスは、ふるふると首を横に振った。
「 行くよ。これは君の命を盾に脅されたからじゃない。僕もしたことの落とし前をつけるためだ」
ルシウスは彼の方を向いてしっかりとそう宣言する。アロンはただ無言で頷いた。




