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「冒険者になるだと!?」

 ルシウスは頬に強い衝撃を受け、床に転がった後、父のそんな怒鳴り声を聞いた。その後ろでは母が「何も殴ることは……」と弱々しく制止の言葉を口にしているが、興奮した父の耳にはそんなものが入るわけがなかった。

 ルシウスは腫れ上がっているであろう左頬に手を当てて、床に尻餅をついたまま顔を真っ赤にする父を見上げていた。

「宮廷魔導師になることが、どれほど名誉なことか分かっているのか!?」

 ルシウスは類稀な強い光の力を持って生まれた。それは人々を救う力とされ、かつてには悪しき魔女を滅し、この国を興した建国の祖でもある「勇者」が 持っていた力。ルシウスの持つ力も、()の勇者に匹敵する、などと言われている。

 そんな力を持つルシウスを国が放っておくわけもない。成人の日を迎え、田舎の村を離れられる歳になったルシウスは間もなく王都へ向かうことが決まっていた。そこで高等教育を受けた後任官する。それはもうほとんど決まった話だった。

 そしてそれをルシウス自身も、何の疑いも持たずに受け入れていたのだ。――昨夜までは。

 ルシウスは俯いて、自身の手のひらを見つめた。それを握りしめる。

 昨夜、夢とは思えぬほど鮮明に伝わったやわらかな手の感触と、まるで死体に触れているかのような冷たい温度を思い出す。

 救わなければ。あんなにも冷たい手をしていた。きっと彼女はどこかで今も苦しんでいるのだ。

 そこから解放してやれるのは自分だけ。そんな確信があった。

 ルシウスは立ち上がる。そして父を真っ直ぐに見つめ返した。

「俺には使命があるんだ。それは、 俺にしかできない」

 そしてルシウスは父からもう一発、拳をもらった後家を出て行った。


「冒険者」と言えば聞こえはいいが、実際のところ彼らは何でも屋とそう大差はない。

 薬草取り、屋根の葺き替え、迷子の猫探し…… あとは時折町の郊外に現れる魔物――名前は大層だが野生動物がほんの少し凶暴になった程度の生物を駆除する、といった程度の仕事が主だ。

 いや、「主だった」と言うべきだろうか。

 ここ十数年の間に魔物達が少しずつ凶暴化――たとえば魔法を使うなどといったことを――するようになっていた。

 そういった、人々の生活を脅かすものを退治してくれる存在として冒険者達の社会的地位は以前に比べれば向上していた。

 しかし、宮廷魔導士とは当然比べ物にならないのも事実で、父が自身を殴りつけるのも仕方ないとルシウス自身納得している部分はあった。

 家を飛び出してから早一ヶ月が経っていた。

 殴られた左頬の痣はとっくの昔に消えていたが、 こうして今静かな森に一人きりだと、色々と思い出すことも多かった。

 もう痛くないはずの頬を撫でる。

 ほんの少し頬の代わりに胸が痛んだ。 だが後悔はしていない。

 ルシウスの夢にはあの日から欠かさず美しい女――レイティアが現れる。ほんの短い間会話を交わすこともあれば、どこかの光景を見ることもある。

 生身の彼女を見ることもあれば、満月のような色をした澄んだ石の像の姿の時もあった。

  レイティアは言った。私は閉じ込められているのだ、と。

  彼女の動きを封じ身動きができないようにしているのが、あの石の像なのだと直感した。

 だからルシウスは――、 その時、焚き火の火が音もなく消えた。

 真っ暗な闇に沈んだなか、ルシウスはおもむろに立ち上がる。そして振り向きざまに手のひらを呼吸に向けた。

 その手のひらに一瞬で光が集まり打ち出される。

 それは今まさにルシウスへ飛びかかろうとしていた黒い狼――の ような魔物に命中した。

「ギャウッ!!」

  魔物は甲高い悲鳴を上げて、地面に叩きつけられた。それはほんの一瞬の出来事だった。

「……はぁ」

  ルシウスは周囲から敵の気配がなくなったことを確認すると詰めていた息をはいた。

 そして地面にしゃがみこみもう一度焚き火に火をつける。一帯が再び明るくなったが、もうそこに先ほどの魔物の姿はない。魔物は死ぬとその身体はニュースとなって消えてしまうのだ。その代わりに核のような黒い石が、魔物の横たわっていた場所に落ちている。

 魔石と呼ばれるそれをルシウスは拾い上げ鞄にしまった。

「これで依頼は完了だな」

 魔物が死する時、唯一残していくのがこの魔石である。

 ルシウスは今回の依頼である森に棲みついた黒い狼を退治してほしいという依頼を達成できたと安堵した。

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