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 この地下空間は、レイティアを閉じ込めておくためだけの使節のようだ。

 歩き出せばすぐにつきあたりにルシウスはたどり着く。

 そこには大きな扉があった。それにそっと手を這わせる。

「この先に、君がいるんだね」

 ――えぇ、そうよ。だから早く助けて、ルー。

  ルシウスは力を込めてその扉を押し開けた。

「きちまったのか……」

 どこかで聞いたことのあるような声がした気がした。一番先頭に立つ男は鮮やかな赤毛をしており、これをまたどこかで見たことがあるような気がする。

 だがそんな男への関心は、ルシウスの中からすぐに消し飛んでしまった。

 そのずっと後ろに、探し求めていたものがあったからだ。

「あぁ、レイティア……。やっと君を見つけたよ」

 ルシウスはもうそれしか見えていなかった。 早く彼女に近づかなければ。そして彼女を解放してやるんだ。そのことしかもう頭にはない 。

 その前を取り囲む神官たちの集団など、もうルシウスの目にはほとんど映っていなかった 。

 だがルシウスを止めようとしているのは、こちらへ向けられる敵意によって理解していた。ルシウスは、ナイフを構えてその中に飛び込んでいく。

 ほとんどの人間が すぐにやられていく中で、一人だけ――最初に何か懐かしいものを感じた男だけが、ルシウスと対等に切り結んでいた 。

「もうやめろ、××××。お前の×××××××××、もう××××? なら××、×××××××!」

「うるさい、消えろ」

 ――そうよ 、ルー。早くその男を殺しなさい。

「××××……!! ×××××××××!?」

「うるさい! 意味のわからないことを叫ぶな!」

 ルシウスは 男の持っていたナイフを弾き飛ばす。そして、そのまま自分の持っていたナイフを男の腹部に刺した。

「っぐ……」

 男は崩れ落ちる。ルシウスはそれを意に介さずナイフから手を離し、 ゆっくりと女神像の方へ近づいていった。

「ねぇ、ここまで来たよ、レイティア……。やっとだ、どうすればいい?」

 ――眠り姫を起こすには、どうすればいいのかしら? わかるわよね、ルー?

「あぁ、分かったよ……」

 ルシウスは女神像の足元に跪く。夢にまで見た月の光の色を灯した 荘厳な女神像を見上げる。

「×××…… !! ××××ッ!!」

「君を愛しているよ、レイティア」

 ルシウスは、女神像のつま先に口付けた。

 その瞬間 、女神像が強く光を放った。目を開けていられずにルシウスは腕で目元を覆う。

 次に目を開けた時目の前にあったのは、石の像ではなかった。

 そこには滑らかな女の足があった。視線を上げれば、夢で見た女の姿――ただ一つ違うのは、髪が真っ黒に染まっていた。

 そして――

「ふふふ……、あぁ、やっと自由になれた」

  そう言って、ルシウスの女神はひどく邪悪に口角を吊り上げた。

「ありがとう、あなたのおかげよ、ルー」

 レイティア――、と思しき女は、その場でしゃがみこんでルシウスと目線を合わせた。

 声は夢の中で聞いた通り優しいものなのに、身体が震えだす。本能が、この存在は危険だと訴えていた。

 女は、細い指をルシウスの頬にそわせ、いかにも愛おしげに 撫でた。

「あぁ……、なんて愚かで可愛らしいのかしら、私のルー」

「おろ、か」

「ふふふ、だってそうじゃない。私の言うことだけを信じて、私の言う通りに動いてくれた。ねえ知ってるかしら、ルー?」

 女が笑う。いや、嘲笑っていると言った方が正しいかもしれない。

「この封印はね、今『勇者』と呼ばれている男が 施したものなの。だから、これはあの男の生まれ変わりであるあなたにしか決して解けないものだったのよ」

「どうして、『勇者』は君を……」

「さあどうしてかしら。ただこれだけは言えるわ。私は、あの男の裏切りを絶対に許さない」

 ルシウスは言葉の意味が分からず、ただ呆然と彼女の言葉を 聞いていた。

 彼女が立ち上がる。

「私はあの男のことを、とても憎んでいるの」

 とても優しげな笑顔で彼女はそう言った。

「だから 、あの男の興した、この国もいつか滅ぼしてやりたいと思っていたのよ。だからありがとう、 ルー。これで念願が果たせるわ」

 彼女はそう言って微笑むと、上機嫌に笑いながらまるで魔物が死ぬ時のように黒い粒子のようになった。そうしてルシウスをすり抜けて、部屋を出て行った。

 一瞬の出来事だった。

「僕は……」

 ルシウスは手のひらを見る。そこには先ほど男を刺した時の鮮血がまだこびりついていた。

 その血を見ていると、それまで靄がかっていた視界が開けていくような気がした。そしてハッとして後ろを振り返る。

「……よぉ、正気に戻ったか?」

 そこに倒れているのは、先ほど自分が刺した男――アロンだった。

 そのことにようやく気づいたルシウスは、彼が叫んでいたことがもやっと意味を成して理解ができた。

『もうやめろ、ルシウス。お前の探していた女神像は、もう見ただろ? ならもう、充分じゃないか!』

『ルシウス……!! オレがわからないのか!?』

『やめろ…… !! ルシウスッ!!』

 彼は何度もルシウスの名前を呼んでくれていたのだ。それにあの時は何一つ気づくことができなかった。どれほど自分がおかしくなっていたかがよく分かった。

「ア、アロン!  僕は…なんてことを……」

 這いつくばるようにして彼の元へ向かう。

「……ばーか。お前も怪我が治りきってないのに、無茶する……」

 言われてみれば右手の血は、アロンのものだけではない。 最初の治療以降ろくに手当もしていなかった右腕から再び出血が始まっていたのだ。

 アロンの腹の傷は、未だに 白い神官服を赤く染め続けている。 このままでは彼が死んでしまう。そうわかっていたが、ルシウスにはどうすることもできなかった。

 自分も血を流しすぎていたのだろう視界が暗くなっていくのを感じていた。

 ルシウスは耐えきれなくなって、アロンのそばに倒れこむ。

「ごめん、ごめんな、アロン……」

 今更になって自分のしでかしたことの 大きさにおののいていた。何よりアロンを傷つけたことが苦しくて仕方がなかった。

「ばか、オレの怪我に関しては、お前は何も悪くねぇよ。オレの失態だ……」

「そんなこと……」

 ルシウスはなおも反論したかったが、それ以上は意識を保っていられそうになかった。

 その時周囲がにわかに騒がしくなる。微かにアロンを心配する声が聞こえた。

 ルシウスは目を閉じて、アロンが助かるならこのまま自分は死んでもいいと思った。

 そう思った時、アロンの声が聞こえた。

「そいつも、助けてやってくれ……。話も聞かなきゃならない。何より、オレのダチなんだ……」

 ばかはそっちだ。

 ルシウスはそう思ったが、声にはならなかった。

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