11
「腕、大丈夫か?」
地下への階段を先導しながらアロンはルシウスにそう訊ねた。
「まあちょっと痛むけど、平気」
「なら、とっとと終わらせて町に戻ろうぜ。早く手当てした方がいいしな」
ルシウスはアロンに頷き返す。
「それにしても……、何回、屋敷中を回らせれば気が済むんだよって話だよな……」
「まったくだね……」
幻影の中での出来事も含めると、二人がこの階段を降りるのは実に三回目だ。飽きもするというものだ。
「今のところ……、幻影の中の時と大して変わりなさそうだね」
「だから余計飽きるんだけどな……」
そうこうしているうちに、ルシウス達の目の前に地下室の扉が現れた。地下は倉庫になっている。この扉を抜ければ、あるのは小さな小部屋一つだ。
もっとも、幻影の時のままなら――ではあるが。
「よし、開けるぞ」
扉に手をかけたアロンがこちらを振り返ってそう言った。ルシウスも頷き返す。
アロンは慎重に、扉を細く開けた。
「何かある?」
ルシウスが小声で話しかけると、アロンは少し緊張した面持ちで頷いた。
「まあある意味、予想通りではあるけどな」
カロンが扉を開き中に入る。ルシウスもそれに続いた。
「あ……」
ルシウスはその床に白骨化した遺体が倒れているのに気付いた。
「さっき言ってたならず者かな」
「多分な」
骨に服が着せられたような状態で倒れている。少し汚れたいかにも平民が着ているような貫頭衣だ。
「これは……、魔物が食べた?」
「『食べた』にしては、キレイすぎやしないか?」
「たしかにそうだね。でもそれじゃあ……?」
死体の周囲には肉片のひとつも残っていない。閉め切られていたはずの部屋なのに腐った臭いのひとつもないところを考えると、腐り落ちて無くなったというわけでもなさそうだ。
「こいつはちょっと厄介かも知れないぞ……」
辺りを調べていたアロンが呟いた。
「どういうこと?」
「こいつが食ったのは、人の肉じゃなくて魔力の方かもしれない」
アロンが顔を上げてそう言う。だがルシウスには、ますます意味が分からない。
「 魔力を食った?」
「そう。魔導師は人間にも多少……、本当に微量ではあるが魔力がある。やつはそれを取り込もうとして肉体ごとを取り入れたのかもしれない」
「それで骨が残ったって?」
「魔力は肉体の中に、血液みたいに流れてるからな。骨にはあんまり含まれてないらしい」
「………つまり、その人を殺した後、魔力だけを取り込んだから、骨と服が残ってるってこと?」
「そうだ。これは厄介だぞ……」
「どうして?」
「わからないか? 魔力を食うことは、魔法が効かない可能性が高い」
「あ」
「その上、ならず者たちの言うことを信じるなら、触れもしないらしいしな」
「……それって、どうやって倒すのさ」
「さぁて。二人で逃げるか?」
「その方が賢明かもね。……でも、前金、貰っちゃったんだろ?」
「……本当のこと言うなよぉ」
アロンは項垂れてシオシオしていたが、それでも目の輝きは消えておらず、ひとつも諦めていないことは明白だった。
「ん? ルシウス、袖口に虫がついてるぞ」
アロンの指摘通り、右袖の血の跡を辿るように、小さな虫が一匹ついていた。
「本当だ、気付かなかった」
アロンはサッと立ち上がると、ルシウスの右袖を掴んで、その虫をつまみ上げた。
「あんまり見たことない虫だな……」
アロンの指の間で、プチッと音を立てて虫が潰された。
だが、指を離してみるともうそこに虫の死骸すらなかった。
「え……」
代わりに黒い粒子が解けるように消えてゆき、小さな小さな石がコロリと床に落ちた。
「これ、魔石……!?」
ルシウスは 、しゃがみこんで落ちた石を拾い上げた。
死んだ後死骸が残らず、黒い粒子になり、また、魔石を残して消えたあの虫は、明らかに魔物だと状況が証明していた。
アロンもしばらくは驚いたままルシウスの拾った魔石を見ていたが、しばらくしてニヤリと笑った。
「なるほど、そういうことか……」
「? 何か分かった?」
アロンはニヤニヤしたまま頷くと、サッと上階を指差した。
「さあ行こうぜ、魔物狩りだ!」
意気揚々と地下室を飛び出していくアロンを、ルシウスは頭をひねりながら慌ててついて行った。