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前世…

楽しいお花見から季節は進み…紫陽花が初夏の香りを告げる頃…


摩子は女子大生に…ひろみは進学はせずに摩子の紹介で週に二度、ハーブショップでバイトをして某雑誌と契約してエッセイストの卵として


日々、頑張っている


「ふぅ~原稿出来たっ こーじくん、体調は大丈夫?」


春を過ぎてから顔色の優れないこーじが心配でひろみは片時も傍を離れたがらない


桜男の姿でひろみのベッドに横になりながらこーじは微笑んだ


「心配いらないよ 暑いのが苦手なだけだ…」


「ねぇ…このまま弱って…突然、消えちゃうなんてやだからね…そんなのないよね?」


「その質問に百回は応えてるけど…(笑)俺はお前をおいていなくならない 信じろよ…」


「ひろちゃん、宅配が届いたわよ~」


「ありがと、ママ」


母に呼ばれて階段を降りて荷物を取りに行く


「こーじくん、薔薇の精油届いたよ 桜茶と桜の花びらの匂い袋も…」


「安藤からか?」


「心配で…摩子に相談したの…」


「大丈夫だって言ってるのに…お礼言わないとな…」


苦笑しながら自分の髪をクシャリと撫でるこーじを切なそうに見つめながら ひろみは思っていたことを口にした


「私、ハーブショップのバイト、辞める


こーじから離れたくない…パパもママも無理に働かなくていいって言ってくれてるもん」


「いいのか? せっかく摩子ちゃんが紹介してくれたお店なのに…」


「摩子には相談したの…かまわないって言ってくれた…


どうせ週に二回、行くだけだもん」


こーじは今にも泣きそうなひろみをそっと抱きしめる


「本当に…お前は甘えん坊だな…


昔もそうだった…俺がいないと何も出来なくて…」


「こーじくん、昔っていつぐらい? ちゃんとお話し、聞きたいよ…」


「いいよ、桜茶、淹れてくれるか?」


ひろみは頷くとポットからお湯を注いで桜茶を淹れて小さなカップケーキと一緒にこーじに差し出す


「これ…桜の塩漬けで作ったチーズケーキなの


食べてみて」


可愛らしいカップ型のチーズケーキに桜の塩漬けがチョコンとトッピングされているのを見て、ふいにこーじはひろみの腕を引き寄せ


熱い口づけをした


何度目だろう…こうして口づけを交わすのは…


いつ…その先に進んでもかまわない…彼が何者でも私は命ごと捧げているのだから…


「ひろみ…」


熱を持ったような燃える瞳で見つめられひろみは抗うことなくこーじにその身を委ねた…




どのくらい時間が経ったのだろう…


甘い痛みと桜の移り香に酔いしれながらこーじと結ばれたあと…切なさと安堵と幸福感がひろみを包んでいた


愛する人の腕の中でうっとりと余韻に浸っていると…


こーじが静かに語りだした


「200年前…お前は江戸の武家の娘に生まれたんだ…俺の妹として…


俺達は6つ違いの兄と妹、つまり実の兄妹で愛し合っていたんだ 」


ひろみは驚いた…そんな(いにしえ)の頃から兄妹だったなんて…!


「お前が16の春、砧に花見に訪れた際に一本のソメイヨシノが悪戯に枝を折られていた


桜切る馬鹿…ということわざがあるが、桜は枝を折られると切口から菌が入り痛んでしまう性質があってな…


お前は胸を痛めて折れた枝の傷口に泥を塗って腐らないように手当をしながら泣いていた」


「なんとなく…覚えている気がする


私、桜が痛い、痛い、って言っている声が聞こえたような気がして可哀想で…兄さまにどうすればいいのって聞いて…」


「そうだよ、昔は藁や薬草を使って枝が折れると切り口が渇かないように自然に任せて修復したんだ


お前には生まれつき、花や植物の声が聞こえて可哀想にって泣いていた…


俺達は愛し合っていたが身体はお互いに清らかなまま一線を越えることはなかった


そんな折、父親から縁談の話があってお前はイヤだと泣いて駄々をこねたんだ…



「イヤです、絶対にイヤ!


いくら父上のお言いつけでも縁談なんて…私はどなたのもとへも嫁ぎませんっ」


「我儘を言うでないっ お鈴 これも両家の同盟を結び家を安泰にするためだ


庶民ならともかく武家娘でありながらそんな勝手は許されると思うな」


「大人しいお前がそんな駄々をこねて…お父上を困らすものではありませんよ」


俺が武道の稽古から戻ると父上と母上からお前の縁談の話を聞き、俺は急いでお前を探しに行った


お前は家を飛び出して俺と修復した砧の桜の木に抱き着いて泣いていた


「助けて…桜さん…縁談なんて…お兄様以外の殿方に嫁ぐなんて…私には耐えられない…」


「お鈴…ここにいたのか…父上が心配していたぞ…」


「イヤです…鈴は家には戻りません!


お父上にとって鈴は出世の道具でしかないのです…お兄様、お兄様は…鈴が他の殿方に触れられても…平気なのですか?」


「平気なものか…お前を他のやつに渡すくらいなら…俺はお前をさらってこの江戸を出る!!」


「助けて、お兄様、このままでは鈴は…嫁がされてしまいます!」



『逃げるがいい…』


桜の木の上から男の声がした



見上げると…桜色の髪に紅の瞳の青白い男が木の枝に座りこちらを見ていた


「お兄様…怖い…」


「おのれ…魑魅魍魎か…」


刀に手を掛けた時、女の止める声が聞こえた


『手荒な真似はおやめください…私はソメイヨシノの精霊です


以前、お鈴さんとあなたに子供が悪戯に手折った私の枝を治していただきました


このお方は私の愛しい夫なのです』


桜の精霊と名乗る彼女も夫同様に桜色の髪に桜色の瞳を持つ美しい女性だった


「あなた達は…桜の精霊さん…」鈴は瞳をまぁるくして桜を見ている


『家に帰ったら最後、お鈴さんは否が応でも嫁がされるだろう


そうなる前に 一刻も早く江戸から出ろ』


俺もお前も自分達が見聞きしている現実に困惑したが迷っている時間はなかった


二人で手を取り合い闇に紛れて江戸から出ようとした矢先…父上の追手の者達に囲まれ捕らえられ俺たちは引き裂かれた


「お前は…なんてことをしてくれたんだっ! わしの顔に泥を塗る気か…


本来ならば、兄として妹を叱りたしなめなければならないというに…この愚か者が…」


「父上、お兄様を叱らないで


鈴が悪いのです 鈴は…お兄様以外の殿方と添い遂げるくらいならこの場で自害したほうがマシでございますっ 」


「なんと…それはどういう意味なのだ…お前たちは血の繋がった兄と妹ではないか…正気の沙汰とは思えん…


お鈴を座敷牢に閉じ込めるがいい 少し頭を冷やすがいい!」


俺はお前の身が心配で俺達二人が心で愛し合っていることはおくびにも出さずにしらを切った


「お父上、お待ちください わたくしはお鈴を妹としてしか思っておりませぬ


お鈴は心が幼い故、わたくし以外の者が怖いだけでございます」


「お兄様…」


江戸から逃げることもままならず半ば正気を失ったお前には俺の言葉の真意も読み取れるはずもなかった


俺は何としても…お前を座敷牢などに入れたくなかったんだ…


俺達が逃げ出したことに立腹し焦った父上は半ば強引に早々に婚姻の式を挙げさせ…


絶望したお前は…その夜、床を抜け出し桜の木の下で…自害した…


俺はお前の亡骸を抱いてすぐさま後を追ったが…男桜の声で目が覚めた…


『やはり…遅かったか


可哀想だがあの娘もお前も自害した…自死ではないので再会することは出来ない…』


「どういうことだ、お鈴には会えないのか?」


「本来ならな…だが…お前らには恩がある


俺の大切な連れ合いを救ってもらったからな…俺の力をお前に与えてやろう


今から200年後にお前たちは再び、生まれ変われるだろう


ただし…兄と妹としてだ…それでも愛を貫くと言うならあの娘が16になる前に血を吸い永遠にお前の妻とするがいい」


「それは…お鈴を殺めろという意味か?」


『俺と契約しろ…俺はVampireだ 吸血鬼と桜男のハーフになるが…お前は不老不死となりあの娘の生まれ変わりを待てばいい


だが…もしお前があの子を殺めることが出来ない時はお前の人としての命は終わり、永遠に桜男となってあの子の傍にいることになる』


「そんな…」


『あなた、続きを教えてあげて下さいな…


あなたが彼女の血を吸えずに…人として儚くなった時は…あの子が望むまで桜男として傍にいて見守ることが出来ます


そして…あなたが亡くなった兄だと彼女に告げずに彼女が人ならざる物の怪のあなたを愛したら…二人は未来永劫…離れることなく結ばれますよ』


女桜の精霊が告げてくれた言葉を頼りに俺は桜男と契約し…こうしてお前の傍にいる…


こーじは語り終えると静かな瞳でひろみを見つめた








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