桜を愛でて…
卒業式後の摩子のカムアウトから二週間後…
こーじくんと摩子と皆でお花見に行きたい、とのひろみの願いを聞き入れた摩子は安藤の運転でひろみの家へ迎えに来た
「まってたよ~摩子ちん♪ 5時起きしてお弁当作ったんだ
安藤さん、おはようございます 今日はよろしくお願いしますねっ」
「おはようございます ひろみさま、お花見にぴったりな装いですね」
「そうかなぁ ありがと~うふふっ」
くるりと廻って桜色のチュニックワンピに身を包んだひろみは嬉しそうに鞄を抱えて車に乗りこんだ
脳内お花畑のひろりん…私なら出来ないリアクションだな
「お~おお、朝が弱いのに頑張ったね~ よしよし、ところでひろりん、こーじくんは?」
「うふふっ じゃ~ん」
ひろみは大きなバックから桜色のサマーセーターを着たハスキーぬいぐるみのこーじを出すと摩子に見せる
「見てみて♪ この日の為に夏用の毛糸で編んだんだ
可愛いでしょう♪」
『ピンクだぜ…恥ずかしい…』
照れくさそうに反応するこーじに摩子は思わず吹き出した
「ぷぷぷっ…いいじゃん、なかなか似合ってるよ」
『ひろみが一生懸命に編んでくれたからイヤって言えなくてね…』
「こーじくん、可愛い♪イケメンならぬイケワンだよ~」
久々に嬉しそうなひろみを見て 摩子も自然に笑みが零れる
「場所取りは安藤がしてくれるから安心してね」
「お任せください 既に目星はつけてありますので…」
黒いサングラスをかけ、漆黒の前髪が瞳にかかる面長でお醤油顔な安藤は189cmのモデル顔負けのスタイルだ
「お兄ちゃんもだけど 安藤さんって足、長いよね~ 若い頃、スカウトとかされなかったの?」
「いえ、…わたしは地味ですから…」
「ふふ、安藤はね、かっこいいのに自分のルックスに自信がないのよ
昔からいっくら私が褒めても右から左に受け流しちゃうの(笑)」
「そうなんだ、でも本当にかっこいい人ってそうかもね
うちのお兄ちゃんがそうだったもん」
「はいはい、ブラコンのひろみさん、もうすぐ砧に着くわよ」
笑いながら…浩二さんのことを語れるようになったんだね……ひろりん…
※
『よかったですね…』
安藤の声が摩子の脳内に入って来た
『そうね…この子の中で…浩二さんは生きているのよ…』
『中で…ですか…』
『えっ……』
意味深に微笑むと安藤は車を止めた
「わぁぁ綺麗~」
ひろみは砧公園の入り口に入ると…ハスキーこーじを抱っこしながら満開の桜にうっとりしている
「ここは…本当に異空間みたい…桜が溢れるみたいに咲いて歓迎してくれてる…」
「鞄をお持ちしましょうか?」
「ありがとう、安藤さん お弁当が入っているのでお願いします」
「安藤も作ってくれたのよ
あんたの好きな出汁巻き卵とおからの煮物とハンバーグとホタテのサラダと玄米のおにぎりをた~くさんねっ」
「わぁ嬉しい♪ありがとう、安藤さんのおにぎり、食べたかったの~
玄米のおかかチーズと鮭のおにぎりは私、美味しく作れないんだ」
「ひろりん、唐揚げとメンチは作ってくれた?」
「もっちろん♪ 摩子のリクエストだもんっ
シソ入りの唐揚げとキャベツ入りのジューシーメンチ、たっくさん揚げたよ~ほかにもマヨつくねとぉ、卵とハムのサンドイッチとぉ…
それとね、こーじの好きなチーズケーキもワンホール焼いて冷やしてきたんだぁ」
「偉いっ♪ ひろりんの揚げ物はカラっとして天下一品だからねっ」
チーズケーキって…浩二さんの好物だよね…
この子の中で…こーじくんはお兄ちゃんなんだ
『いいんだよ…』
ハスキーこーじが摩子の脳内に話しかけてくる
『だね…ひろりんが幸せなら…それでいいよね』
大きな枝垂れ桜の下に安藤が場所とりをしてくれてシートを広げる
「安藤GJ! よくぞこんな穴場を確保したわね~
ここは見つけにくいわ おまけに桜天井が見事だし…」
「綺麗…」
『枝垂れ桜…好きだったよな…』
自分を抱きしめながら手を伸ばして桜を愛でているひろみにふと、こーじが話しかける
「え?」
『お前は昔から枝垂れ桜が好きで毎年そうやって愛でていたからさ…』
「ねぇ 昔って…いつのこと言ってるの? 」
『もう 200年も前だから…憶えてないか…』
「に、にゃく…年…?? それって…前世って意味?
ねぇねぇ、私達、もしかして…恋人同士だったの??」
『さあな…』
こーじはあやふやにひろみの質問をかわすと目の前で桜男に姿を変えた
「ちょっと、人に見られたら…」
「ひろみ様、結界をはっておりますので大丈夫ですよ
彼の姿は私達以外には見えませんからご安心ください」
安藤に言われて胸を撫でおろすとこーじが長い指をかざして桜の枝に触れている
スゥ……
枝から桜色の霧のようなものが出てこーじの手に吸い込まれていく
えーっ……!!
「桜男だからね…ちょっとばかりエネジーを頂いたんだ
そんなに驚くなよ(笑)」
驚くなって…言われても…
「そうだ!! ねぇ、こーじは桜の季節が終わったらエネジー取り込めないんじゃない?
大丈夫なの?」
「ああ、普通に食事のときにエネジーとってるから心配ないよ」
安藤が小さな紙袋を鞄から取り出すとこーじに差し出した
「桜茶と薔薇の精油が入っております」
袋には大量の桜茶と安藤お手製の桜の塩漬け…クリスタルの瓶には薔薇の精油が入っている
「…ありがとうございます…わざわざ私の為に?」
「ひろみ様は摩子様の大切なお方故、貴方様の体調管理もさせていただきたいと思いまして…」
「それはどうも…」
「もうっ! こーじくん、ちゃんとお礼言いなさいよ、薔薇の精油って高価なのに…安藤さん、貴重なものをこーじくんに下さってありがとうございます」
「とんでもございません…私の勝手なお節介ですから」
「摩子のアンドレは本当にいい人だねっ♪」
「アンドレ…ですか…」クールな安藤が思わず吹き出す
「安藤は何を隠そう、ベルばらファンで全巻持ってるのよ~」
「そうなんだ~、そういえば、皆で宝塚のアンドレとオスカル編も観に行ったっけ」
「そうそう、ひろりん、雪組と星組にハマってたね~」
「ねぇ…こーじ…さっきの話だけど…」
言いかけたひろみの口にこーじが卵サンドを入れた
「ムグッ…ちょっほぉ…モクモクモク…」
「あ~あ、ひろりん、質問拒絶されたね~」
「もう、さっきの話、聞こうと思ったのに…」
「今度な…今日は花見に来たんだろう?」
「そうだけど…なによ…自分から言い出しといて…ブツブツ…」
「なんだ?」
こーじはニヤリとしながらひろみのおでこに自分のおでこをコツンとする…
「…なんでも…ない…」
…やれやれ、ひろりん 真っ赤になっちゃって…誤魔化すの上手いね…浩二さん…
『つい…口が滑ってね…』
『ひろりん…嬉しそう…この子を泣かさないでね…』
『俺が泣かすわけがない…』
『摩子様、ひろみ様が全てを知るには 少し早いようです…』
『何かわかるの? 安藤…』
『いいえ、わたくしも貴方様同様に ひろみ様の幸せを願っておりますので…』
「ねぇ、みんな、お弁当、食べようよ~まだ唐揚げ、あたたかいよっ
安藤さんのおにぎり、はやく食べたい♪」
「そうね、まずは腹ごしらえしよっ
花より団子といきますか♪」
摩子と浩二、安藤の間で交わされている脳内での会話に気付かないひろみは楽しそうにお弁当とお取り皿を並べていた