口づけ…
【口づけ】
「ん~やっぱ、おば様のロールキャベツは最高♪」
「ありがとう 摩子ちゃん、たくさん食べてね」
「はぁい♪ では、お言葉に甘えておかわり~」
夕食時…摩子も交えて賑やかであたたかな家族団らんにひろみの父・中村達吉は心底、安堵している
浩二が儚くなりひろみは部屋に引きこもり笑顔も忘れ、天真爛漫な妻の正美もすっかり口数が減ってしまい二度とこんな風に家族で談笑しながら夕飯を楽しむ日など来ないと思っていた…
ひろみの隣にチョコンと座るハスキー犬のぬいぐるみに向かって達吉は礼を言う
「ありがとう…」
その刹那…ハスキーの瞳が濡れて光っているように見え達吉はハッとする
バシャ!
摩子のグラスの水がハスキーこーじの顔にかかり慌ててひろみに謝りながらこーじの顔をハンカチで拭いている
「ごめん! 手元が狂って…ごめんね、こーじくん…」
つい先ほどまで穏やかに食事をとっていたひろみの顔つきが一気に青ざめる
「大丈夫? おにいちゃん! 」慌ててこーじを抱きしめると風呂場からタオルを持って来て拭きながらドライヤーの冷風で乾かし始める
その様子を見て摩子も博美の傍に行き声をかける
「ごめんね、ひろりん…」
「いいの…この子が風邪ひかないように乾かしているだけだから摩子は食べてて」
『涙をパパに見られたからだろう…彼女、誤魔化してくれたんだよ』
脳内に話しかけてきたこーじの声に手元がピクリと止まるひろみ
「それ…どーゆーこと?
摩子に秘密を話したの?」
こーじの顔を乾かしながら顔面蒼白になっていくひろみを見て摩子はひろみの手を引っ張った
「ちょっと…ちょっとひろりん、来てくれる?
おじ様、おば様、ひろりんにちょっと謝ってくるから食べててくださいね~」
「まあ、ひろちゃん、わざとじゃないんだからそんなに怒らなくても…」
心配する母親に「そーゆー問題じゃないの! ちゃんとお兄ちゃんに謝ってもらうから…」
そう言いながら摩子と部屋に入ると不意にこーじが話し出す
『ひろみ、彼女は味方だよ…俺の声が聞こえるんだ
さっき、パパに礼を言われてさ…なんか…うるってきて、泣きそうになったのを見られて…摩子さんはそれを誤魔化してくれたんだ』
「どうして…? どうして摩子に話すの?
二人だけの秘密って言ったじゃないっ!」
軽い嫉妬心からか ひろみはきつい眼差しでこーじを睨んでいる
その様子に摩子は少し戸惑いながらも只ならぬムモノを感じてひろみの腕を掴んだ
「ひろりん、落ち着いて…私の目を見て…
こーじくんのせいじゃない…勝手にこのハスキーがあんたに話しかけてる声が聞こえただけなんだよ
私の力のせいなの…ずっと隠していたけど…うちの家系は霊感が強くて代々占いを生業にしてきたんだ…
顧客は財界人や日本でも指折りのお偉いさんたちでね…定期的にうちに訪れては母が占ってアドバイスしてるってワケ…」
「そんな…そんな話、初めて…聞いた…」
「口外するなって…オヤジに言われてるしね…参ったな…」
男勝りの摩子はラグに座ると胡坐をかいた
『どうした? ひろみ…なにを誤解してるんだ…彼女にはお前と出逢ったいきさつを話して俺がお前を死ぬまで守り通すと説明した
彼女の力は…本物だから嘘は通じない…それにお前想いで俺達を引き裂くようなことはしないよ…ひろみ、俺を信じろ
俺は、お前以外に興味はない…』
「こーじくん…」
摩子のカムアウトとこーじの説得でひろみの声と表情がみるみるうちに和らいだ
「ちょっと、私にも選ぶ権利あるんですけど…あのね、私はハスキーよりパグが好きなの
とにかく、私も秘密もちだがらね、あなた達の気持、よくわかるんだ
絶対に口外しない…信じてよ…私がさ、大事なあんたを悲しませるようなこと、するわけないでしょうが…」
「ごめんね…摩子、私、びっくりして…」
いつものひろみに戻ったことにホッとした摩子はひろみに軽くデコピンすると
「いたっ、痛いよ…摩子…」
「…ったく! まあね、ひろりんが焼きもち妬きなのは知ってるからいいよ…」
「ちょ、何言ってるのよっ…」
「いいの、いいの、昔から浩二さんが他の人に感じよく挨拶しただけでひきつっちゃう子だもん」
「…そう…だったね…お兄ちゃん…」
ヤバい! 浩二さんのこと、思い出させちゃったよ! ああ、もう、私ってバカ…
『摩子さん、ちょっと後ろ、向いててくれるかな…』
『OK 任せた!』
脳内に響いて来たこーじの声に従い、後ろを向いた摩子は眼を閉じていても 二人の様子が見て取れたのでギョっとした
『バカだな…本当に…』
ハスキーが…浩二に瓜二つの美青年の姿でひろみを抱きしめて口づけをしている…
【熱くて…やわらかい…こーじの唇……目眩がする…】
おいおい…マジか…
ひろみの気持がダイレクトに聞こえて摩子は固まった
うっとりしながら背の高い浩二に身を預けて抱きしめられている…ひろりん、そうか…あなた達…そうなんだね…
わかったよ…もう何も言わない…今、この瞬間から、私はあなた達を守るから…この先、何があっても守ってあげる
それにしても大胆不敵なぬいぐるみだな…
…いやいや、何も見てない、見てないからね、ひろりん…
『悪かったな…もういいよ…』
その声に振り返ると頬を染めたひろみが瞳を潤ませながら ぬいぐるみのこーじをしっかりと抱きしめていた
「ごめんね、摩子、こーじくん、パパたち、心配してるから食卓に戻らなくちゃね
…ねえ、摩子、摩子の力のこと、後で聞いてもいい?」
そう来たか! この子は好きだもんな…その手の話…ま、いっか…
親友のあんたに隠し事したかないしね
「いいよ、何でも聞いて♪」
屈託なく答えながら気が緩んだせいか お腹の虫を鳴らす摩子だった