約束
桜男の続編です
「今日でこの学校ともお別れか…」
高校の卒業式の帰り ひろみは親友の摩子と近くのカフェ「青い空」でミルクティーを飲んでいる
「でも…よかった」
「え…?」
「ひろりんが笑うようになってさ…」
「私、笑ってる?」
摩子は嬉しそうに頷いてストロベリータルトをフォークで掬うとひと口、ひろみの口に運んでくれた
「ムグ…パクパク…美味ひい…」
「チョコレートケーキもうひとつ頼もうか?」
「ケーキより主食がいい ねえ摩子たん、マックでダブチ買ってこ♪」
「いいけど…ママがご馳走作ってくれてるんじゃない? いいの?」
「ごちそうは夜にしてって言ったから平気
帰りにマック寄るって言ったらパパの分も頼まれたし(笑)」
「なんだ、それなら良かった で…パパとママははビックマック?」
「そ♪ ポテトとコーラもだって(笑)
私はダブチ2つとチキンクリスプとてりたまとぉ…ナゲットとチョコシェイクね」
「おお、食欲も復活したか~いいことだ♪
摩子ちゃんは安心したぞ」
てりたまにダブチって…浩二さんの好きだったメニューじゃん…
いつもお兄ちゃんと同じモノが食べたくなるって言ってたもんな…ひろりんは…
浩二さんが亡くなって二年…時間薬なんていうけどさ…そんな簡単に傷は癒えないよね
喪失感でひどい鬱病になり通院しながら登校していた幼馴染のひろみが少しずつだが前を向いて歩き始めていることに
心底、胸を撫でおろしている摩子だった
嬉しそうにマックでオーダーしているひろみの横顔を見て涙が零れるのをそっとハンカチで拭う摩子にひろみはふいに話しかける
「この間ね…お花見したの」
「お花見って…近所の公園の?」
「うん…それとね…この間…砧公園に行った…」
砧公園の桜…
ひろみが大好きな浩二と毎年お花見に行っていた思い出の場所だ…
「そっか…遠出したか…えらいえらい♪
で、綺麗だった?」
ひろみの頭を優しくポンポンとしながら出来るだけさり気なく傷つけないように摩子は聞く
「うん…まるで桜の海にいるようだった…風で花びらが一面に舞ってね…すごく幻想的であたたかくて…」
ぼんやりと夢見がちな瞳で嬉しそうに砧の桜を語らうひろみはどこか虚ろでドキリとするほど妖艶に見えて摩子はハッとした
この子は…現実を生きていないような…どこか違う次元にいるような目をしている…
「どうしたの? そんなにじっと見て…」
ひろみに真顔で聞かれて焦る摩子
「え…いや、いや、なんでもな~い。 なんか一瞬、ひろりんがすごく妖艶で人間離れして綺麗で見惚れちゃった…」
「もぉ~な~に言ってんのよ(笑) 嬉しいけど何にも出ないよっ」
少し照れながら嬉しそうなひろみにホッとする
「あ~ヤバっ、早く帰ろ ハンバーガー冷めちゃう~」
「おしっ、家まで走るぞっ」
「え~ 待ってよ~ 走るの苦手~」
なんとか誤魔化した摩子はお泊りセットの入ったバックを抱え、ひろみはテイクアウトしたマックの袋を手に家へと走った
※
「ただいま~」
「おかえりなさい、あら、摩子ちゃんも…二人とも卒業、おめでとう」
「ありがとう おば様、4月から大学生ですよ~
明後日までお泊りするのでお世話になります」
「はいはい、ゆっくりしていってね」
「ありがとうママ、はい、これ…着替えてくるからレンチンしといて~」
「はいはい」
母親に迎えられ部屋に入るとひろみは着替えるより先にハスキー犬のぬいぐるみを抱きしめる
「ただいま~ん~会いたかったよ~」
もふもふのぬいぐるみに愛しそうにスリスリするひろみを見て摩子は持って来たチュニックワンピに着替えながら見てはいけないモノを見ているような不思議な感覚にとらわれた
「おかえり…ひろ 卒業、おめでとう」
「うん♪ありがとう こーじくん♪」
えっ……
二人の会話にギョっとする摩子… 霊感が強い彼女には浩二の声がダイレクトに聞こえてしまう
いま…浩二さんの声が聞こえた…?
なに…どういうこと…
『ひろみに言うな…』
戸惑う摩子の脳内に鋭い声が響いてくる
摩子はひろみが抱きしめているハスキーのぬいぐるみをジッと見つめる…
『俺は桜男だ…一年前…河津桜の下で泣いているこいつを見かけて放っておけなくて…
ずっと傍についている…それだけだ』
『あなた、テレパスで会話出来るのね…驚いた…』
『ああ、この声はきみの脳内に話しているからひろみには聞こえていない…』
『ひろみは純粋な子なの…あなたが桜の精霊か幽霊か…鬼か知らないけど…ひろみが立ち直ってきたのはあなたと会ったからなのね…』
『俺が何者か…きみに応える必要はない
ひろみが心配なのはわかるが…きみの質問は一切、受け付けない…
ただ、約束する 何があっても俺は生涯ひろみを守りぬく この魂に誓って一生かけてこの子の笑顔が曇らないように守り通す…だから放っておいてくれ…』
摩子は戸惑った…あまりに予想外の出来事に混乱しながらも 彼の声から誠実さと切なさとひろみへの揺るぎない愛情を痛いほど感じとったから
普通はハスキーのぬいぐるみが突然に話しかけて来たら自分の頭がおかしくなったと疑うところだが…
物心着いた時から霊感が鋭くその事を決して口外しないように両親に育てられた摩子は親友のひろみにすら自分の力を話していない…
いま、自分と会話しているハスキーの彼からは邪念も悪意も感じられない ひろみへの愛しさと恋慕とやるせなさが伝わってくる
もしかしたら…この人は…
『やめろ…勝手に人の心をリーディングするな…』
『わかった…私は何も聞いていないし聞こえていない
やっと…最近、ひろみが笑顔を取り戻せたからあなた達の邪魔はしないと約束するわ…
でも…もしも ひろみを泣かしたら…その時は覚悟してね…』
『覚えておこう…感謝する…』
二人のテレパシーのやり取りに気づかず ひろみは抱っこしたハスキーを嬉しそうに摩子に見せて紹介した
「この子、ハスキーのこーじくん♪可愛いでしょ~モフモフなんだよ~
こーじくん、摩子だよ~私の幼馴染で親友なの 昔からおねーちゃんみたいに面倒みてくれるんだぁ」
無邪気にこーじくんを自分に紹介するひろみに切なさを感じながらも 何事もなかったように摩子は微笑みながらハスキーこーじの手をとるとそっと握手した
「はじめまして~こーじくん、摩子だよ 明後日までお泊りするからよろしくねっ♪」