6話「六女シェリアは裏切りに負けない(1)」
穏やかな日差しが降り注ぐ春の日、六女であるシェリア・サーベリオは幼馴染みからの紹介で知り合った男性ロシュバートと婚約した。
「シェリアさん、これからよろしくね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「貴女のようなお美しい方と将来を誓い合えるなど、本当に、光栄なことです」
「は、はい……ありがとうございます」
「本当に! 美しい方を探すのって大変なんですから! 貴女に出会えて良かったですよ、本当に!」
ロシュバートはシェリアの人となりではなくその美しい容姿にばかり目を向けている人だった。
「ああ……こんなにもお美しい女性と縁をいただけるとは……! 感動ものですよ、本当に、もう、どこまでも。涙が出そうなほどですよ……!」
外見のことしか言わないロシュバートに怪訝な顔をするシェリアだったが、時は流れてゆく。
――そんな彼はやがて別の女性に目を向けるようになった。
「リリィ、君は本当に可愛いね」
「ええ~?」
「僕と一緒にお茶でも行かないかい?」
「お茶ですかぁ? いいですよぉ~、でもぉ、本当にいいんですかぁ?」
「どういう意味だい」
「だってぇ~、ロシュさまってぇ、婚約者がいらっしゃいましたよねぇ~」
ある晩酒場で知り合った女性リリィにすっかり惚れてしまったロシュバートは婚約している身ながら彼女しか見えなくなって。
「いいんだ、そんなのは。関係ない。婚約なんていうのは形だけのものなんだから」
「そうなんですかぁ~? ひっどぉ~い」
「コラコラ。そんなこと言うんじゃない。傷つくよ」
「ええ~、んもぉ、それはこっちのセリフぅ~」
「ははは。面白いなリリィは。シェリアとは大違いだ、あの女は美しいだけでそれ以上の魅力がない」
ロシュバートは平気でシェリアを貶めるような言葉を発する。
「そうなんですかぁ~?」
「ああ、そうなんだよ。真面目だし、ユーモアもあまりないし、一緒にいて楽しい要素が皆無なんだ。本当にくだらないよ彼女は。美しい以外に良い点はない」
「あはは! ひっどぉ~!」
「だから僕はリリィが好きなんだ。リリィとは一緒にいるだけで楽しい気分になれるからさ」
悪口ばかりを吐き出すロシュバートはまるで悪魔のよう。
婚約している相手のことを悪く言うことを笑顔で楽しんでいるのだから悪質の極みである。
「これからも一緒にいような」
「はぁ~い!」
ロシュバートとリリィは日に日に関係を深めてゆく。
その関わりが深まれば深まるほどに自分たちがしていることの悪さへの意識も減ってゆき、いつしか二人は二人だけの世界へ浸るようになっていった。
最初は罪悪感もあっただろう、多少は。
けれどもそれも束の間のもの。
いつまでも抱き続けるようなものでもなくて。
次第に二人は互いの瞳しか見えなくなってゆく。
目の前にいる相手だけがすべて。
それ以外の人間は無関係。
愛し合う者、目の前で息をしている者――だけがすべて。
「ロシュさまぁ……好きぃ」
「僕もだよ」
「そうじゃなくってぇ……好き、って……言ってぇ」
「好きだよ」
「もっと……」
「好きだよ、リリィ、大好きだ」