21話「十七女スウィーティリーナは屈しはしない(2)」
「お前! ここを拭けと言っただろう!」
「手洗い場の掃除をお願いされましたのでそちらを行っていました」
晴れの日も、雨の日も、朝も昼も夜も、アーダームスンは威張っている。
「何をやってるんだ! 馬鹿か? 馬鹿なのか?」
「指示に従っただけです」
「うるさい! 余計なことを言うんじゃない! いいからさっさとここを拭いてくれ」
「……分かりました」
「おい。お前、何だ、その態度は。生意気な目をしやがって。何様のつもりだお前は!!」
アーダームスンは常に激怒したような物言いをする。スウィーティリーナに対してであれば何も言っても許される、という風に捉えているかのように。その物言いは棘のあるもので、もう、とにかく、毎秒容赦ない。
「勘違いするなよスウィーティリーナ、お前にはここ以外に行き場はないんだ。つまり、お前は俺以外と結婚するなんて無理なんだよ。お前みたいな無能、誰が妻にする? そんなことができるのはこの心が広く偉大な俺くらいのものだろう。だ! か! ら! 俺に感謝しろよ」
彼の発言はいつも独りよがり。
常識も理論もない。
彼が口にする言葉というのは常に彼の思考だけに基づいて生み出されるものなのだ。
ゆえに、客観的に見ておかしい、といった内容のものも多く含まれている。
「感謝して忠実であれ。俺に捨てられたらどうなるか……分かっているんだろうな? お前は一生一人! 俺が結婚してやらなければな! お前は誰にも結婚してもらえず、一人寂しく生きていくことになるんだよ! 分かるか? それが分かったなら、せいぜい捨てられないよう努力するんだな。分かったか? 分かったな? 分かれよ! そこをしっかり理解して、俺に尽くせよ!」
――やがてその日がやって来る。
「アーダームスンさん、婚約は破棄とします」
スウィーティリーナは両親と共にアーダームスンのもとへ向かい、はっきりと述べた。
「……へ?」
何が起きたのかすぐには理解できないアーダームスン。
「貴方はいつも私に威圧的な言動をしてきますよね。もう嫌です、耐えられません、ですので関係はここまでとしたいのです」
「な、何を! 急に!」
「貴方は酷すぎます」
「なっ……意味が分からない! いきなり何を言い出すんだ。頭がどうにかなったか?」
「そういうところですよ」
「ああ!?」
「頭がどうにかなったか? なんて、普通そんなことさらっと言いませんよね」
スウィーティリーナは凛としている。
「他者を下に見るような言動、他者を貶めるような言動、そういったものが多すぎます」
「ま、待て、スウィーティリーナ、勘違いだ。間違いなく、勘違いだろう、話せば分かる。だから話をしよう。話を。そうすればきっと……」
「話はしません」
「なぜ!?」
「もう関わりたくないからです」
「お、おかしいだろう! そんな! 勝手にもほどがある!」
「……先に酷いことをしたのはどちらですか? 貴方ですよね。貴方が私を奴隷のようにこき使うから、こんなことになったのですよ。……まだそれが分からないのですか?」
追い詰められたアーダームスンは。
「そ、そもそも! 俺がお前に何をしたって言うんだ! 証拠があるのか!? あるなら出せよ! 今ここで証拠を出してみろよ!」
唐突に話を逸らす。
――だがそれは悪手だった。
「分かりました、では出します」
スウィーティリーナはこれまで数ヶ月くらい録音し続けてきた音声の一部を出した。
『おい! 遅いぞスウィーティリーナ!』
『呼び出しからまだ五分しか経っていませんが……』
『五分も経っているじゃないか!』
『ええっ……』
『俺を五分も待たせておいて、まだ、なんて、よく言えたな! 無能にもほどがある!』
記録を出されてしまえばアーダームスンはもうどうしようもない、逃げようがない。
『なぜそんなだらしない言い方しかできないんだ。馬鹿だからか? 馬と鹿でももっとまともだろうが。お前はそれ以下だ! なのだから、謝れ! 土下座して! 頭を地面に擦り付けて謝れ!』
過去のアーダームスンのとんでもない発言が次々出てくる。
『土下座しろ!』
『それより、呼び出された用件は何でしたでしょうか?』
『今はそういう話をする時じゃないだろ!』
『そのためにここへ来たのですが』
『ふざけるな! 舐めるなよ! ……ったく、何でそんな無能なんだ、出来損ないなんだ!』
スウィーティリーナはアーダームスンの心ない発言を大量に録音していた。
ゆえにアーダームスンが否定しても無駄。
証拠がある、となってしまった以上、本人が何を言おうとも罪から逃れる方法などありはしない。
『うるさい! 余計なことを言うんじゃない! いいからさっさとここを拭いてくれ』
『……分かりました』
『おい。お前、何だ、その態度は。生意気な目をしやがって。何様のつもりだお前は!!』
アーダームスンの罪は消えない。