20話「十七女スウィーティリーナは屈しはしない(1)」
十七女スウィーティリーナ・サーベリオにはアーダームスンという婚約者がいる。
「おい! 遅いぞスウィーティリーナ!」
「呼び出しからまだ五分しか経っていませんが……」
「五分も経っているじゃないか!」
「ええっ……」
「俺を五分も待たせておいて、まだ、なんて、よく言えたな! 無能にもほどがある!」
二人は正式に婚約している。
けれど良い関係とはお世辞にも言えないような関係。
……なぜなら、アーダームスンがかなり威張っているから。
アーダームスンはスウィーティリーナを常に見下している。しかも、スウィーティリーナのことを、見下して良い存在と理解している。ゆえにアーダームスンは常にスウィーティリーナを奴隷のように扱っているのだ。
「なぜ五分もかかったんだ!」
「……ここへ到着するまで、走っても四分はかかります」
「くだらん!」
「ええっ……」
「四分かかるなら、四分で来られたはずじゃないか!」
「そんな。……無理です」
「四分なのだろう!?」
「準備が必要です。なので五分でも頑張ったほうなのです。普通なら十分はかかります」
「馬鹿が!! ったく、いちいちくだらん言い訳を。そんなことを言って、それで許されると思っているのか!?」
こういうやり取りは毎日のように繰り広げられている。
「スウィーティリーナ! 謝れ! 謝罪しろ、今すぐ!」
「……なぜ」
「遅いからだ! 来るのが! そして、俺を待たせたからだ! そんなことも分からないのか? それはさすがに馬鹿過ぎないか? 呆れた!」
アーダームスンはスウィーティリーナを叱り威圧することを楽しんでいるかのようだ。
「取り敢えず謝れ」
「……すみません」
「もっと大きな声で!」
「すみません」
「もっと!」
「すみませんでした」
「なぜそんなだらしない言い方しかできないんだ。馬鹿だからか? 馬と鹿でももっとまともだろうが。お前はそれ以下だ! なのだから、謝れ! 土下座して! 頭を地面に擦り付けて謝れ!」
――だが、スウィーティリーナも、ただ黙ってこういうことを言われ続けているわけではない。
その手の内には最新型の録音機。
目の前の男が繰り返す悪質な発言を記録している。
――いずれ剣とするために。
アーダームスンは気づいていない。
愚か者だと思い込んでいるスウィーティリーナにそのような知恵があるかもしれない、なんて、彼は一度も考えたことはないだろう。
「すみませんが、それはできません」
「土下座しろ!」
「それより、呼び出された用件は何でしたでしょうか?」
「今はそういう話をする時じゃないだろ!」
「そのためにここへ来たのですが」
「ふざけるな! 舐めるなよ! ……ったく、何でそんな無能なんだ、出来損ないなんだ!」
いつものことではあるのだが相変わらず暴走気味なアーダームスンは思いのままに鋭い刃物のような言葉を吐き続ける。
……ゆえに、スウィーティリーナが何をしようと準備しているかなんて少しも察せずにいる。
アーダームスンは根本的な部分が愚かなのだ。
だからすぐそばに落とし穴が仕掛けられていることにも気づけない。
相手が攻撃してこない、イコール、自分が優位――純粋にそう捉えている。
ある意味純粋な人とも言えるのだろうが。
悪しきことをする、という状況においては、その純粋さは明らかに持つべきでないものだ。
そんなものを持っていても、詰めの甘さを利用されるだけ。