19話「十六女エイメリオンは踊りたい」
十六女エイメリオン・サーベリオは小さい頃から踊りが好きだった。
少しでも隙間時間があれば彼女はいつも踊っていた。軽やかにステップを踏み、音楽すらない環境でも心のままに身体を動かし、舞う。
そんな彼女は地域では『舞いの女神』とまで呼ばれ多くの人たちから愛されていた。
……だが、婚約者である青年ラルクフット・フォディラーオ・ティムト・アンドレイグ・エビエイヴィースランだけは、エイメリオンの踊りを良く思っていなかった。
彼は何度も「踊りはやめてくれ!」「穢れた女みたいな行為はやめてくれ!」などと訴え、しかしエイメリオンはそれを拒否――そんな二人の間には常に深く大きな溝が存在した。
踊りを何よりも愛するエイメリオン。
踊りを何よりも嫌うラルクフット。
対照的な価値観を持つ二人が理解し合うというのはかなり難しいことだったのである。
……そしてやがてやって来る終わり。
「ごめん、エイメリオン。俺はやっぱり踊り好きな女とはやっていけない。だから……悪いけど、婚約は破棄とさせてもらう」
そうして二人の関係はあっさり終わりを迎えたのだった。
エイメリオンの踊りを愛する者たちはラルクフットのことを良く思っていなかった。が、彼が自ら去ったことだけは評価していた。なぜなら、それによってエイメリオンの踊りというものが守られたから。自分たちの愛するものが失われるかどうかの瀬戸際で、彼の選択により失われずに済んだ。それは人々からしてみれば不幸中の幸いだったのだ。
もしラルクフットのせいでエイメリオンの踊りが失われていたとしたら、きっと、エイメリオンのファンたちは激怒したことだろう。
最悪の展開だけは避けられた――エイメリオンの舞いを愛する者たちは安堵した。
あれから数年。
エイメリオンは国王の前で舞いを披露するほどの踊り手に成長した。
今や国内で彼女を知らない者はいない。
誰もが彼女のことを知っているし、また、多くの人たちが彼女と彼女の舞いを愛している。
「エイメリオンさまは本当に素敵ねぇ……惚れてしまうわ、心奪われて。いつもエイメリオンさまのことを考えてしまう……あぁ、もう、本当に好き。同性なのに好きなの。こんなにも心奪われて、もう、どうしようもないくらい……うふ、うふふ、ぐふ、ぐふふふふ」
ある女性はエイメリオンについてそんな風に話す。
「えっ、エイメリオンさんですか? わたし、ずっと前から好きなんですよ! 新規じゃないです、ずっと前からのファン! 大ファンです!」
別のある女性はそんな主張をし。
「おばちゃんエイメリオンちゃん好きやねん~。だってさ~、可愛いやん? しかも踊りめっちゃらくっちゃら上手いしさぁ~。んもぉ、惚れるわぁ~。いやちゃうねんもう惚れてんねん。初めて見た日から好きやねん好きやねん好きやねん」
ある地方出身の女性はそんな風に語る。
「あの娘、綺麗だよな!」
「エイメリオン……だったけ? 好き!」
「カッケーよなっ」
通りすがりの男子グループでさえも良い印象を抱いている。
エイメリオンはこれからも踊り続けるだろう。
そして多くの人から愛されるに違いない。
彼女の道、彼女の舞いの道は、まだ始まったばかりだ。
ちなみにラルクフットはというと。
婚約破棄後、理想的な女性を見つけて交際し婚約するに至るもその期間中に何回も浮気をされ、そのことについて問い詰めたところ傷つけるような言葉を多数吐かれて。
その結果、心を病むこととなってしまった。
また、女性が密かに負っていた借金の返済まで押し付けられてしまい、ラルクフットは破滅の道を転がり落ちてゆくこととなったのだった。
命さえあれば何とでもなる、なんて言うけれど、この世のありとあらゆる事象にそれが適用されるわけではない。
ラルクフットは今、未来も希望もない、そんな闇へと堕とされている。
いつの日か平穏を取り戻せるのか?
……それすら怪しい。
だがそれはある意味定めだったのかもしれない。
彼はこれまで自分の価値観だけで他者を貶めるようなことをしてきた。他者が大切にしているものの価値を平気で否定して。そうやって自分中心の価値観の中だけで生きてきた、他者を傷つけながら。
その報いを受けているだけ。
ゆえに。
ラルクフットがどんな目に遭おうとも、それは可哀想なことではないのだ。




