12話「十女テンシリニアはばっさり切り捨てる」
「お前さぁ、ホンット、ダセェよな」
十女テンシリニア・サーベリオは婚約者である八つ年上の男性ザッティボから嫌がらせを受けている。
「名前はまだちょっと可愛いのにさぁ……それ以外はマジゴミだよな」
テンシリニアの親とザッティボの親とが話し合い、結果生まれた婚約。
それは残念な結果を生み出してしまったのだ。
そういうものだと理解し受け入れたテンシリニアとは対照的にザッティボはその婚約に納得しておらず、ゆえに、彼はいつもテンシリニアに対して心ない接し方ばかりしているのである。
「お前さぁ、ホントにさぁ、パッとしねぇよな」
ザッティボはテンシリニアに対していつもろくでもない言葉ばかりかける。
「くたばれよ! ……はは。なーんて、な。けどさ、お前、ホントくだらねーんだよなー。たはは!」
彼はいつもそんな感じだった。
それでもテンシリニアは耐えていた。
けれどもさすがに限界がないわけではなくて。
……人というのは、理不尽に傷つけられ続けても平気でいられるわけではない。
「ごめんなさい。貴方とはもう無理です。ですので、婚約破棄します」
テンシリニアはある日突然そう告げた。
「は……?」
「貴方との婚約は破棄とします」
「ああ!?」
「親とは話し合いました。ですので確かな決定です。ご理解ください」
すると途端に顔を真っ赤にして怒り出すザッティボ。
「はああ!? ふざけんな!! そんなこと、認めるわけがないだろうが!!」
「……貴方はいつも私に暴言を吐いていましたよね。もう耐えられないのです。あのようなことを言われ続けて耐え続けというのは不可能です」
「暴言? あんなのが暴言だと? はっはっははは! あんなのは可愛い可愛い冗談じゃないか。そうだろ? 誰があれを暴言と言う? 相変わらず馬鹿な女だなぁ! ははは!!」
さらには黒く笑い出す。
「お前の言葉なんざだーれも信じねぇっての!」
ザッティボはまだ気づいていない。
「お言葉ですが、暴言の一部始終は録音していましたので」
……既に圧倒的に自分の方が不利な立場にあるということに。
「証拠ならあります」
「な!?」
「ですから言い逃れはできませんよ」
テンシリニアは馬鹿ではない。ゆえに前もって動き始めていたのだ。録音し、証拠を作り、そしてそれから、ついにこうして婚約破棄を告げた。彼女の行動に穴はない。
本当に愚かなのはテンシリニアではなくザッティボだ。
「さようなら、ザッティボさん」
最後の瞬間。
彼女は柔らかな笑みを口もとに滲ませていた。
「ま、待ってくれ! 話を! 話をしよう! こんなのはあまりにも……あまりにも、一方的過ぎるだろう! やり過ぎだ! おかしい! おかしいだろうこんなのは!」
見下す側であったはずの自分が婚約破棄という形で切り捨てられた――その事実に今になってようやく気づくザッティボ。
「頼む! テンシリニア! 話を聞いてくれ! 頼むから! お願いだから! 冷静になって、一旦落ち着いて、話し合ってから……改めて、どうするか、二人で決めよう! 二人の問題なのだから二人で話し合って決めるのが本来あるべき形だろう! なぁ! 待てよ、待ってくれよ!」
今になって青ざめているザッティボだが、もう何もかも手遅れだ。
「頼む! 頼む! 頼むよおおぉぉぉぉぉ! 聞いて! 聞いて! 聞いてよおおぉぉぉぉ! 話を! 話を、まずはしようよおおぉぉぉぉ! それからだろぉぉぉ!? なぁ!? それからどうするか決めるべきだろぅぅぅぅ! なぁ! 無視するなぁぁぁぁ! 無視とか最低だろぉぉぉがああぁぁぁぁ!? なぁぁぁぁぁ! 無視すんなぁぁぁぁぁぁ! 頼むぅぅぅぅ! 聞いてくれぇぇぇぇ! 聞いてぇぇぇ! 聞いてよぉぉぉ! ねぇええぇぇぇぇ! 聞いてってばああぁぁぁぁぁぁ!」
婚約破棄されたことに絶望したザッティボはなぜか走り回った後に衝動的に崖から飛び降りる。だがたまたま通りかかった人に救助され、奇跡的に命だけは助かった。死なずに済んだ。
ただ、二度と動けない身体となってしまったのだった。




