10話「八女エイリスはミステリアス」
八女であるエイリス・サーベリオには婚約者がいた。
彼の名はツッツォレ。
平凡を絵に描いたような青年だ。
だがそんな彼はある時謎のドリンクを飲んでしまった。
自室のテーブルの上にいつの間にか置かれていた謎の瓶。とても綺麗な青の液体が入っていて。その色の美しさに魅了され、また、その時彼はとても喉が渇いていたそうで。それらの理由が重なったために、怪しいドリンクであると理解するより早くそれに口をつけてしまう。
――以降、ツッツォレの人格は変わり果ててしまった。
エイリスに会うたび「お前ほんとぶっさいな! 何だその顔! 見てるだけで吐きそう!」だとか「あのさぁ、お前、いつまで俺の前にいんの? きっも! さっさとどっか行けよ!」だとか暴言を吐くようになって。
それに耐えきれなくなったエイリスは、意を決して、婚約の破棄を宣言することにしたのだが。
「はあああ!? 婚約破棄!? ふざけんな!! お前に選択権があると思ってんのか!?」
ツッツォレは激怒した。
「で、でも……貴方はいつも、私が嫌いだって……」
「ああそうだよ! 不快だよ! けどさぁ、婚約破棄とか、そんなことは言ってねぇだろが」
「けど、あれだけ言っているのだから、私と結婚するなんて嫌なんじゃ」
「決めんのはこっちなんだよ!! そんなことも分かんねぇのか? 脳まで腐ってんだなお前はよ!! 顔だけじゃなく脳まで無能かよ?」
もうやめて、と、エイリスの唇が静かに動くけれど。
「お前は言いなりになってりゃいいんだよ! 俺の奴隷なんだから! そういうもんだろ? 意見言うな! 感情出すな! 黙って好き放題言われてりゃいいんだからずっと黙ってろ! 黙って殴られてりゃいいおもちゃみたいなもんなんだからよ! な? お前は何も言うんじゃねえ!」
ツッツォレは止まらなかった。
――で、その日の晩、ツッツォレは亡くなった。
もう我慢できない。そうなったエイリスが、前から時々会って話をしていた暗殺者の男性にツッツォレ殺害の依頼を出したのだ。依頼を受けた男性は速やかに取り掛かる。警戒心のないツッツォレを仕留めるくらいその男性からすれば容易いことだった。
「任務完了しました」
「ありがとう」
「最期の言葉は……」
「聞かせてもらうつもりはないわ」
「分かりました」
その日以降二人は姿を消した。
エイリスと男性は霧のようにどこかへ去った。
だが、ごく一部の人々の間では、二人は夫婦になったのではないかと噂されている。
二人が何やら仲良さげに隣り合って歩き買い物をしているところを目撃した人がいるらしい。
後にエイリスの生涯について書いた書籍が大ヒット。
作者は不明だったがその作者がエイリス本人だったのではないかという噂もある。
……なんにせよ、彼女の人生は謎に満ちているままだ。




