008.空間の狭間4
「ぐぬっっぅうぉおああっ!」
乗用車くらいデカくて、硬い鱗に覆われた腕を渾身の力で受け流す。
あまりの膂力に完璧に受け流し切れず、凄まじい負荷が掛かるのを歯を食いしばって耐えて、ミシミシと軋む棍棒をどうにか振り抜く。
「ッだぁあっ!ルナ!」
「任せい!」
かろうじてやりすごした俺の背後から、攻撃直後の隙をつくようにルナが飛び出した。
人型モードの彼女は、油断すれば視界から消えそうな速度で駆け抜けて鱗の薄い腹部に辿り着き、黒を纏う腕を力強く振り抜く。
「グギャァアアアッ!」
黒い爪のような形で、3本ほど鋭利に伸びる闇を腕に纏うルナは、漆黒の軌跡を描いて腹部を切り裂いた。
たまらず苦痛に満ちた悲鳴を上げる敵は、体長何十メートルかくらいはありそうな……ドラゴンだ。
「ナギ!右翼じゃ!」
「おっけい!」
ルナの指示を聞くやいなや、弾かれたように体を動かす。
翼はジャンプして届かない事はないが、それをやると間違いなく隙をつかれて攻撃される。となると。
「でりゃあああっ!」
手に持っていたサイズ感が全く合ってない巨大棍棒をフルパワーで投擲。
見事狙い通りに飛んでいった棍棒が翼に直撃して、ベキンと嫌な音を立てた。次いで、ドラゴンの悲鳴が再度響く。
「ようやった!次は尾を削ぐ!我が行くのでナギは囮じゃ!」
「早めに頼むぞマジで!」
まぁ薄い部位の翼とかならともかく、ぶっとい尾なんかはルナじゃないと欠損させるのに苦労するからな。
やっぱ剣とか欲しいよね。打撃武器も扱いやすいし破壊力あるから好きだけど、こういう時は欠損させやすい切断できる武器が欲しくなる。
「グルルゥァアア!」
「っふッ!」
怒り心頭のドラゴンの剛腕を横に跳んで回避しながら、空中で体を捻って落ちてた小岩を拾い、そのまま空中でぶん投げる。
目を狙った投擲は、しかしあっさりと回避された。
それでも一瞬動きを止められただけで僥倖だ。一方的に攻め込まれると俺じゃすぐに捌き切れなくなるし、こうして立て直す時間を挟んでいかないと。
1秒にも満たない時間で着地して体勢を整えた俺は、すでに迫ってきてる次の攻撃に備える。
キュイン、と音を置き去りにして放たれた弾丸型の単発式ブレス。開幕早々避けれず2度も腹を抉ってくれやがった超速攻撃だが、もういい加減リズムは掴んだ。
「っ!」
短く息を吐いて体を捻り、不可視(速すぎて)の弾丸を躱す。それでも躱し切れずに脇腹が浅く裂けるが、十分成功の範囲だ。
避けると同時に体の捻りを利用して石を目に向かって投擲。とにかく急所狙い。むしろ急所以外狙わない。
ブレス直後のせいか石の回避がギリギリになったドラゴンは苛立たしげに唸るが、その小さな隙を逃すほど俺“達”は甘くない。
「にゃおおおッ!『月爪』ッ!」
「ッギャォオァアアッ?!」
黒に蒼銀が混じり合う一振りのデカい魔力刃を纏い、それを振り抜いたルナ。
気張りまくった雄叫びと共に、ずっと厄介だった尻尾をついに両断してくれた。
「っしゃあああッ!ナイスルナ!」
「にゃーっはっはァ!お主もよう踏ん張った!これでやっとうざったい尾を切り落としてやったわ!」
もうストレスピークだった俺達は腹から声出して歓声をあげる。
いやもう尻尾うざかったんだって。
ドラゴンの連続攻撃の合間に差し込んでくるから隙は埋められるし、得意の奇襲戦法も背後にある尻尾で防がれるし、腕より長いから間合いを詰める前に振り回されたら近付きにくいし、とにかく厄介だった。
尻尾とかかっこいいだけの飾りじゃん?と侮っていた俺を殴りたい。
その尻尾をすでに何時間もかけて戦った今、ついに切り落としてやったのだ。
「っし、いよいよ本体潰すぞオラァ!」
「にゃ!我が正面に出る!ナギは背を回れ!」
もうここまできたら瞬殺よォ!このクソドラゴンが!
それからさらに数時間。いやはや長かったよ。
途中でルナがどうにか爪を一本切り落としてくれたので、それを俺の武器に回してくれてからは早かった。
何度殴ってもビクともしない硬い鱗も、本人であるドラゴンの爪なら貫けた。
ルナが気を引いてくれる隙に『隠密』を併用して首狙いで何度もチクチクザクザク爪で刺してやると、出血が限界を越えたのかついにドラゴンは力無くその巨大を倒れさせたのだった。
「いぇーーいっ!」
「にゃっはーーっ!」
倒れたドラゴンを横目に、ルナとハイタッチ。
もう数える程度に減った魔物の中で、ずっと目をつけていたドラゴンをついに倒す事が出来た。
「っはぁー……完全に過去イチで時間かかったな…」
「じゃのう。何時間かかったか分からぬわ」
「マジで半日コースだったろこれ」
単体の魔物との戦いでは最長だったな。
とはいえ溢れかえる群れを相手にしてた初期に比べたら戦闘時間で見ればそうでもない。あの頃は一日ぶっ通しなんてこともあったしな……いや思い出したくないもないわ。やめやめ。
「で?ナギがこやつだけは早めに倒したいと言っておったが、何か理由はあるんじゃろ?」
ここを脱出するには、あの黒い巨人を倒さなくてはならない。いまだに微動だにしない黒い巨人を遠目に見る。
俺もかなり成長した。したが、だからこそヤツの化け物ぶりが理解できる。
今の俺とルナ、なんなら今倒したいドラゴンと組んで挑んだとしても、まず間違いなく勝てない。そんなレベルだ。
「いやぁ、ドラゴンといえば素材の宝庫と相場で決まってるだろ?こいつで武器作りたいなって」
創作物では定番だろ?ドラゴンの武器とか絶対強い。
現に加工なしの爪でもかなり有用な武器になった訳だし。
「ふむ?まぁ悪くない案じゃが、それだけか?ナギの性格の悪さならもう一捻りあるかと思ったんじゃが」
性格が悪いとは言ってくれる。
何度俺の計画で生き延びたと思ってんだ。
「くっくっく、まぁ当然他にも案はある」
「ほう、そうかそうか」
きっと悪い笑みを浮かべてるだろう俺と、俺に合わせてかにんまりと悪い笑みを浮かべるルナ。
ノリ良いな。こいつのこういうとこ好きだわ。
「で、どうするつもりじゃ?」
「おう。といっても、実は奇策なんてもんでもない」
やっと【夜】の権能の初歩を扱えるようになったからこそとれる、ちょっとした作戦だ。
「巨人の倒し方なんて、古来から決まってる。大丈夫だ安心しろ、童話にも書いてあった」
ドヤ顔の俺は、うさんくせぇとばかりに顔を歪めたルナに睨まれた。
「がぁああああっっ?!」
「にゃ、にゃにぃーー?!」
「だーっはっはっはァ!」
総戦闘時間、約10分。
まさかの黒い巨人戦、瞬殺である。
「お、お主の作戦を聞いた時は正気を疑ったが、まさか本当にやり遂げるとは……」
「だぁーはっは!あんだけでかけりゃ体内なんて入り放題よォ!」
作戦は至ってシンプル。
体内から心臓ぶちやって仕留める。以上だ。
黒い巨人が戦いに挑むまで動かなかったからこそ勝てた。
魔素とやらの消費が激しい巨人は、戦闘以外では省エネを決め込んで動かない。だからその間にがっつり準備を進めた。
その準備とは、ドラゴンの素材を片っ端から俺の魔力を馴染ませていく、というもの。
これにより、『隠密』の収納能力を利用出来る。そう、ついに俺も収納魔法デビューですっ!
それらを全て【夜】に収容した俺は、魔力の大半を注ぎ込んだルナの魔法の大連射を囮にして体内に侵入する事に成功。
巨人の意識を掻い潜る為にギリギリを狙った結果、ちょいちょい魔法に被弾して怪我まみれになったけどね。
しかしこんなもん巨人と正面でやり合うに比べたら全然問題なし。ぶっちゃけここが難関だと思ってたので、あっさり成功させたルナの魔法操作技術には脱帽だ。
あとは体内から心臓目掛けてひたすら『月』による排他性を付与して強化したドラゴンの爪やら牙やらで体内をザクザクと切り開いていく。
いかに頑強な巨人だろうと、体内がドラゴンの鱗より硬いという事はなく、ドラゴンの鱗を貫くよりはスムーズに進めれた。
それでも消化液やら肉壁の圧迫やらで、皮膚がもってかれたり骨が折れたり窒息しかけたりドラゴン素材が壊されたりしたけど、うん、全然問題ない。いやマジで。
そうして、こんな生活してたら否応なく成長する探知能力で心臓にたどり着いた。そりゃもう容赦なく切り刻んでやったわ。
「はぁー……お主ほんっとうにえげつないのぅ…」
「勝てば官軍。良い言葉だよなぁ?」
にちゃりと笑う俺にドン引きのルナは置いといて、俺は周りを見渡す。
「………なぁルナ、まだ魔物いるか?」
「ふむ?……いや、我の探知には引っかからぬが…」
「だよなぁ。でも全員倒したらここ出れるんじゃなかったっけ?」
そう言う話だったはずだ。
それを目指して、もうどれだけ時間が掛かったか分からない地獄を生き抜いてきたんだから。
「……確かにの。まるで変化がないのは妙じゃな」
「……。え、待て。いや考えてみたら当然だけど、え、マジ?」
「にゃ?どうしたんじゃ急に」
首を傾げるルナを見て、数秒ほど思考する。
ふと気付いたんだけど、
「……俺とルナ、どっちかしか出れない感じ?」
考えてみれば当然の疑問を、俺はすっかり頭から除外していた。
俺の言葉にルナは目を細め、可笑しそうに唇の端を持ち上げたのだった。