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007.空間の狭間3

「ぐ、ぁあ……っ」


 痛い。

 辛い。

 なんでこんな事になってんだっけ……。


「おぉ……お主も生き残れたか…。存外しぶといの……」


「……ルナも、生きてたか。良かった…」


 血と肉が一面を染め上げている。

 来た当初は壮大さすら感じる大自然といった風景も、とっくに地獄そのものの様相だ。


 そんな血溜まりの中、死体に紛れるように倒れ伏している俺とルナは、起き上がる力もなく細い呼吸の合間に会話を紡ぐ。


「……回復、魔法とかさ……覚えたい、よな…」


「そうじゃの……まぁ【夜】は、基本排他的な、能力じゃしなぁ……相性の問題で、習得は無理じゃろ…」


「………てかさ……今回のは、マジで死にそう、なんだけど…」


「せっかく、使い物に、なってきたのに…それは、困るの………そうじゃ…地球出身の者で、身体魔法の使い手に…治癒能力を高める者も、おったがな……」


 痛みのせいで意識が覚醒し、流れた血のせいか寒気が酷い。死が間近なせいだろうか、神経が剥き出しになったような感覚。

 自分が何を言ってるかもよく分からないまま、ただ身体を構成する全てが生にしがみつくような、そんな時間をもうどれほど過ごしたのか。


「マジで……?身体魔法、すごくね…?」


「自然魔法が、魔力を物質に変質させる魔法なんじゃ……身体魔法なら、魔力を肉体に変質させて、肉体を補う事も出来る……とか言うとったの…」


 理由としては納得がいくので、肉体も脳も神経も全てが過剰に稼働してる感覚の中、手探りで身体魔法を模索していく。

 こんな気の抜けた会話してるけど、ドクンドクンと脈拍は煩いくらい聞こえるし、全神経が痛いくらい活性化してる。

 死に物狂いで死から逃れようと足掻いている。


 これまで寝ても覚めても死の恐怖に晒されながら無我夢中で魔法を使ってきた。

 隠れる所も、安全地帯なんかもなく、寝るのも怖い。社会の中ではない自然界の恐怖を否応なく知らしめられた。

 今もこうして倒れ伏しながらも、頭のどこかで次の魔物の襲撃がないか察知している。油断が即死に繋がる、文字通り弱肉強食の世界。


 そんな地獄のような生活をしてれば、否応なく魔法の技術だって向上する。

 ましてや今はガチの命懸けだ。

 全神経が剥き出しになった感覚のせいか、過剰な情報に酔いそうな程に活発化されている意識を、ひたすら身体魔法へと注ぎ込む。


ーー魔力を、肉体に変質させる……!



「……ん……お、おぉ?で、できたかも…」


「そう、か……やはり地球の人間は、知識が多いの…」


 いくらか痛みが引いた。足元まで這い寄ってきていた死が、少しばかり遠のいた気がする。

 億劫になる程重い頭をゆっくり起こして体を見れば、穴が空いていた腹がちょっと抉れた程度の傷になっていた。


「すげぇ……ただこれ、魔力消費がえぐいわ…」


「操作より変質の方が、魔力を食うからの……はあ、我もやっと体を動かせるようになってきたわい…」


 今回ぶつかったのは狼型の魔物で、群れで攻めてきたもんだから乱戦になった。

 その最中に変身したのか、いつのまにか猫型モードになってたルナがのそりのそりと俺の近くへと寄ってくる。


「……おぉう、本気で死にかけではないか。よく生きてたのぉ」


「三途の川の向こうでじいちゃんが盆踊りしてたっての、はぁ………くそっ!いつまでこんな生活しないといけないだよ…!」


 ずるりと、胸中からどす黒い感情が首をもたげる。

 時間の感覚もとうにイカれ、ただひたすらに殺し合いを強制させられる。

 痛みも何度味わい、通り越し、そしてそれ以上の痛みを味あわされたか。

 毎回毎回今度こそ死ぬ、と思いながらも必死に抵抗し、傷まみれになり、癒す間も無く戦い続ける。

 死んだら楽になれるかな、と何度思ったか。


 いや、むしろ何で死んでないのか不思議なくらいだ。


「我との契約に加え、散々戦ってきた事で魂の吸収を繰り返したからの。肉体も最初に比べ物にならん程強靭になっとるんじゃ」


 俺の疑問の答えがこれだった。

 考える余裕もなかったが、考えてみればとっくに出血多量で死んでてもおかしくなかったし。


「てか次が来ないな……久しぶりに少し休憩出来るじゃん」


「じゃのぉ……それなりに時間も経ったし数も減ってきておる。ここからは常に戦ってばかり、とはならんじゃろ」


 どうやらやっと、やぁっと落ち着く時間が出来る水準に届いたらしい。


「あぁ良かった……もう俺、何度死ぬかと思ったか…」


「にゃはは。そうじゃな、泣ける時に泣くが良い。……お主はよう頑張ったよ。妥協と消去法で選んだ契約相手じゃったが、どうやら当たりだったらしいの」


 へらりと笑うルナに、震える喉でへっと力なくも笑ってみせる。

 ちなみに今更だけど敬語だとかはとっくに使ってない。そんなものに意識割いてられなかったし。


「まぁ完全にルナにおんぶにだっこだけどね」


 特にはじめの方はね。

 ルナが乱戦でいちいちトドメまで刺せずに、戦闘不能にして転がされていた魔物のトドメを指して回ったりとか。

 あとは突っ立って囮になるだけで、戦闘自体は『隠密』で奇襲したルナに任せたりとか。

 そんなまさにパワーレベリングといったところからスタートしたが……思ったより早い段階でそうもいかなくなった。

 

 魔物の襲撃が多すぎて、そんなことをする余裕がなくなったからだ。

 それからは必死に未熟な身体魔法と隠密を使って、たた生き延びる為に抵抗し続けてきた。何度かルナとはぐれた時なんかは毎回絶望したっけ。


「はぁ……どうにか腹の傷が塞がった…」


 ふわりと猫型から人型になったルナが俺の横に座り込み、俺と同じように寝転がった。


「珍しいね、人型で転んでるの」


「獣形態よりこちらの方が小さいからの。少しでも目立たんようにする為じゃ」


 横目に見れば、ルナも全身傷だらけだ。

 もし街中にいたら悲鳴が上がりそうなくらいには酷い怪我をしてるし、今も血を流している。


「ルナは大丈夫?」


「人間と同じにするでないわ。しばらく休めば傷も塞がるわい。……まぁ心配してくれた事には感謝しておくがの」


 こんな最低最悪な生活の中だが、それでもルナの事は少しは知れた。

 まず、本人もそれらしい事は言ってたけどルナって割と上位存在っぽい。たまに猫科の魔物がルナを見て平伏したりしてたのには驚いた。

 それに数えちゃいないし数えきれるはずもないけど、多分一万近くの魔物を倒してこうやって生き延びれているのは……ルナの力あってこそだ。


 そしてそんな存在だけあって、それなりに気位は高い。

 けど、その割に感謝や謝罪の言葉なんかは普通に言ってくるし、ふざけたりもする。

 勝手なイメージで上位者は下位の者に頭は下げない、みたいな印象はあったけど。ほら物語の王様とかさ。

 しかしルナはそうではないらしい。


 ノリも良いし軽口も叩ける。

 他に会話出来る相手がいない状況な訳だが、仮に普通に学校とかに居ても仲良くなれそうなタイプだ。根本的に話好きな性格なんだと思う。

 こんな環境でルナがいなければ、きっと発狂してた。たまにかわす会話に、想像以上に助けられてる気がしてならない。


「そういうお主の生命力も人間の範疇はそろそろ超えとるじゃろ」


「喜ぶべきか嘆くべきか……」


「あほう、号泣しながら走り回りつつ舞い踊るくらいは喜ぶところじゃ」


「そんな一発で変人確定する振る舞いはちょっと……。まぁ生き延びれる可能性が増えたんなら喜ぶところだわな」


 と言いつつも、何度死んで楽になりたいと願ったか分からない事を考えると、高い生命力のせいで楽に死ねなくなったとも捉えてしまう。

 そんな思考につい自嘲する。なんだか自分という存在が歪んでしまった気がした。


「……ふむ、まぁ心配するでない」


 そんな俺の思考を読んだのか、珍しく優しげな笑みを浮かべるルナが寝転んだまま顔をこちらに向ける。


「どうしても死にたくなったら、我が食ってやるからの」


「わお、一気に死にたくなくなった。よーし生きるぞー」


「にゃっはっは!それは何よりじゃ!」


 ケラケラ笑う上位者の化け猫様は、腹立つ事に人型だと非常に可愛らしい。おまけにこれだけ仲良くなれば、楽しげに笑われるとついつられて笑ってしまう。


「ふふっ、さて飯にしようかの。お主もたくさん肉を食えば傷の治りも早くなろうて」


「だな。肉を補うには肉だ。まぁそれにはタンパク質ばっかじゃなくて炭水化物も欲しいとこだけど」


「たんすいかぶつ……?よく分からんが、まぁ肉しかないしの、諦めるんじゃな」


 地味に辛いのがコレだ。そう、食事である。

 ここに来て食べた物の9割は、焼いた肉。調味料なし、血抜きも下処理もなし。しかも日本の畜産のそれと違い、硬いし雑味も多い。

 たまに雰囲気的に食えそうな植物を食ってるけど、それもやはり不味い。ちなみに毒はルナさんチェックで無い事は確認済み。

 そういや一度木の魔物がパイナップルみたいなのを弾丸代わりに飛ばしてきた時に、俺とルナ二人ですげぇ食いついたっけ。

 真剣にルナとその木の魔物を飼うか検討したんだよなぁ。まぁ襲撃続きの中で気づけば死んでたけど。


 ちなみにトイレはね。うん、聞いて欲しくない。ただちゃんと毎回綺麗にはしてるとだけ言っておく。


「んんん〜……ほっ! よし出た!」


「しょっぼい火じゃのぉ。土と水魔法は早かったのに、火は苦手のようじゃな」


 そうなんだよなぁ!くっそぉ、火とか雷とかかっけぇの使いたいのになぁ。


「みたいだな……てか身体魔法の時も思ったけど、知識の量が関係してるぽい?」


「当然じゃろ。魔法は知識と技術の結晶じゃ」


 やっぱりか。

 いやね、物質的な物への知識やイメージはまだしやすいんだよ。肉体の構成とか、地面とか水とかね。

 反面、目に見えない風とか、物質ではなくエネルギーである火なんかはどうにも知識やイメージが足りない。

 もう少し賢い人ならそんな事はないんだろうけどな。文也とかなら上手く扱えるのかね。


「あ、てか思い出した。俺以外の奴らってどこ行ったんだろ」


「む、なんじゃいきなり」


 文也で思い出した事を口にすると、ルナが肉にかぶりつきながら片眉を上げた。

 パッと見で可愛い系の美少女がワイルドに肉にかぶりつく光景は、しかし意外と良い意味で目を引く。恐らくルナの存在感あってこそなんだろうけど。


「いやさ、俺がここに落ちた経緯なんだけどーー……」


 ざっと話し終えると、ルナは次の肉に手を伸ばしながら眉根を寄せた。


「うむむぅ……30人規模の世界越えの転移のぉ。恐らくまだ世界の狭間におるじゃろうな」


「え、そうなの?大丈夫なのかそれ?」


「むしろそうしないと危険じゃ。初期のお主と同等のスペックで一気に世界を越えさせてみろ。反動で肉体が弾け飛びかねんわ。力の付与や世界越えに身体を馴染ませる時間が必要なはずじゃよ」


 うっそん。異世界転移ってそんな危険なの?


「マジか。物語とかだと寝て起きたら異世界にいたりするのに」


「よほど奇跡的に壁の薄い所を通るか、酷似していて壁が機能しにくい世界への移動か、はたまた地球由来の世界か。それらでなければ耐えられずに霧散しとるわ。ナギの言う物語も寝とる間に時間が経っておるんじゃろ。

どのみち世界の狭間は時間の概念から外れておるし、世界の中に住む者達からすれば一瞬じゃしの」


「へぇー……まぁどうでもいい知識だけど、まだあいつらが転移してないってのは面白い話かもな」


「なんじゃ、力をつけて復讐でもするのかの?」


「そのつもり。ダメか?」


 そんな事しないよ、なんて言えない。

 俺が何度ここに来た事を呪ったと思う?


 肉体が頑丈になったと言うが、精神もとっくに変質してると思う。

 もう若干顔も思い出しづらくなってきたクラスメイトどもだが、油断すると黒い感情が溢れかえるくらいには憎たらしい。


「別に構わんじゃろ。それに我がくれてやった『隠密』はなかなか暗殺向きじゃぞ?」


 それはこの上なく理解してる。

 ここまで生き延びてきた大きな要因の一つは、『隠密』を用いた奇襲や暗殺戦法だし。


「まぁそれも生き延びれたらの話じゃ。生き延びた時には違う気持ちになっとるかも知れんがの」


「そうかな?……いや、そうかもね」


 案外どうでも良くなる可能性もあるか。

 なんにせよ、ルナの言う通り生き延びてからの話だな。


「よし、そろそろ交代で仮眠な。先どっちが寝る?」


「すまぬが我からで頼む。消耗が酷くての」


「おっけ」


 はぁ、ベッドが恋しいわ……。

 もしここを出れたら、1ヶ月は惰眠生活してやる!


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