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003.プロローグ 3/4

 四限目、体育の授業。

 空腹がピークのこの時間に運動をするのか、とげんなりしながら体操服に着替えて、体育館へ移動。


 体育祭が間近に迫っている今日。

 その為、今日の体育は先日決められていた参加種目に分かれての練習にあてられていた。

 体育委員の生徒の指揮によって授業時間を半分に割り、前半は集団競技、後半は個々の競技に分かれての練習となった。


 クラスの大半が参加する集団競技は綱引きと大縄跳びであり、そうでない競技はリレーや二人三脚等だ。

 綱引きの練習はせずに大縄跳びをそれなりに頑張った前半を終えて、後半。

 凪にとって憂鬱な時間が始まる。


(なんでよりによって二人三脚……?)


 しかも男女混合だ。こんなもの、文句を言われる未来が丸見えである。


「……ねぇ、マジでヤなんだけど」


 そして案の定、ペアになる女子が底冷えする視線と共に拒絶の言葉をぶん投げてきた。


「マジ可哀想」

「もうこのペア不戦敗でよくない?」

「性犯罪者と組むとか地獄じゃん」


 周囲も彼女の発言に乗り、ざわざわと遠巻きに陰口を叩く。もちろん丸聞こえだ。


(……普通に泣きたい…)


 それなりに揉まれて生きてきた凪のメンタルでも、いい加減に辛い。

 油断したら泣きそうなので、思わず空を見上げる。


「そうだね、不戦敗にしよう。その分、オレが頑張るかるさ」


 いよいよ練習どころではない雰囲気で登場するのは、当然天城だ。

 彼の発言に賛同の声が一斉に湧き、同時に彼を称えるような声が混じる。


「……了解です」


 崩れそうなメンタルでどうにかこの言葉だけ振り絞り、そっと体育館の壁際へと移動する。戦略的撤退である。

 しかし、逃げ切る前に3人の女子に止められてしまった。


「……何?」


「何、じゃないしー。壁じゃなくてさぁ、外行ってくんなーい?」

「そうですよ。もう練習する種目ありませんよね?」

「貴方に見られてると思うと怖気が走るのよ。またあの時みたいに変な事しようとしてるんじゃないか、ってね」


 上から夏沢、春山、秋宮の強烈な言葉に、凪のメンタルはもう白旗を全力で振り回している。


 汚物を見るような目で睨む3人は、武史達と話していた天城と付き合う可能性の高い3人組にして、学年でも人気のある女子だ。

 人気に違わぬ整った容姿をしており、武史の言葉を借りれば夏沢はギャル、春山は清楚、秋宮はクール美人、だそうだ。雑だなと思いつつも、特徴を捉えていて分かりやすいと凪は内心感心した表現でもある。


「……了解です」


 これまたどうにか絞り出した言葉を残して、凪は進行方向を変えて出入口へと向かい、そのまま体育館から出る。

 その間、後ろから罵倒の言葉が背に刺さり続けていた。



「っはぁー……あいつらマジで怖くね?」


「いやなんでいんの?」


 体育館を出た直後、真横に立つ武史がわざとらしく腕をさすって怖えーと笑っていた。


「サボりに決まってんだろ?あんな空気で練習とかやれるかってんだ」


「あー……なんかすまん」


「いやァ、ありゃあ三人衆がダメだろ。言い過ぎだぜ」


「つっても本人達からしたら当事者だしなぁ。嫌な気持ちにもなるだろ」


 凪がこのような扱いを受けるようになった、とある事件。

 その当事者であり被害者が、彼女達三人だ。


「つっても証拠もねぇし、実質浮谷の発言だけだし……本当は冤罪。は〜くっだらねぇ」


「浮谷なぁ。そういやあいつ大人しくなったよな」


「そりゃそーなるぜ。なんせ戦犯だしよ。ヒヤヒヤしてんだろうし、凪の顔なんて見れたもんじゃねぇだろうぜ」


 天城の取り巻きにあたる男子の浮谷は同じクラスに在籍している生徒だ。


「カーストの発言力と、先に言ったもん勝ちの風習ってのがこんなに怖いとは思わなかったわ」


 体育館から少し離れた所にある蛇口に辿り着き、顔を洗いながら会話を続ける。


「それな。アイツ天城に金魚のフンしてるくせにそういうトコは頭回るからうぜぇわ。あっさり騙される王子も王子だけどよ」


「ーーほっほぉ、やっぱりそんな感じだったんですねぇ」


「「ぬわぁ?!」」


 顔を濡らした二人が、突如真後ろから聞こえた声にびくーんと跳ねた。

 慌てて濡れた顔のまま振り向くと、ニンマリと悪戯っぽく笑う美少女がいた。


「ふ、冬野?なんでここにいんの?」


「ふふん、私も体育だったんすよ!グラウンドの方で走ってました!男子共がおっぱい見てくるから逃げてきたっす」


 ドヤ顔から一転、後半は胸を両手で持ち上げながら不服そうにぼやく凛。

 ふにゃりと彼女の手によって形を変える年齢の割に豊かな胸に、男二人は男の性故に悲しくも目が引き寄せられそうになる。


「お、おう……」


「それは……まぁ、仕方な、いやどんまい…」


 あんまそういう事言わないで?視線向けそうになるでしょ?と内心で嘆きつつ、必死に視線を顔に固定する二人。


「そんな事より、今の話っすよ!やっぱあのナンパ事件って浮谷先輩のせいなんすか?!」


「んん?凛ちゃんってナンパ事件のこと知ってんだ?」


「知ってますよー!散々透先輩に話されましたし、三大美少女先輩達にも愚痴られたっすもん!ぐちぐちぐちぐち、ずっとっすよ?!」


「「あー……」」


 まぁあいつらならそうなるか、と納得する二人に構わず、凛はむんずと二人の体操服を掴む。


「逃しませんよ先輩方ぁ。毎回はぐらかしてくれましたからねぇ……今度こそ全部教えてもらいますよ!」


「いや、だってなぁ……」


 凛に隠しるのにも理由があるし、と渋る凪だったが、武史は数秒考え込むように沈黙した後、パシンと凪の背を叩く。


「もういんじゃね?言っちまえって」


「お前なぁ」


「大体なんでお前が天城に遠慮しなきゃいけねぇんだよ?凪って普段そこらへんドライなのによぉ」


「いや天城はどうでもいいけどさ」


「あー、凛ちゃんに気を遣ってんのかぁ。くっく、あの凪がねぇ。ふーん、ほぉー」


「うわうっざ。なんだそのツラ。きっしょ」


「こらーっ!二人でばっか話してんじゃないっすよ!こんな可愛い後輩を前にして無視とは良い度胸っす!」


 自分で言うか?と呆れたいところだが、悔しいことに事実美少女だから手に負えない。

 そんなことを考えていると、痺れを切らしたのか凛は武史へと視線を向ける。


「蔵田先輩も知ってるんすか?」


「まぁ関係者から話には聞いたぜ。現場に居た訳じゃねぇけど」


 ふむ、の凛は頷く。関係者からとはつまり、凪の話と天城や取り巻き達からの双方から話を聞き、凪の話を信じた形だろう、とあたりをつけた。

 だったら私にも話せやコラ、とばかりに美少女にあるまじき睨み方をする凛に、凪は肩をすくめた。

 

「……まぁ、もういっか。なんかめんどくなってきたし」


「キタァアア!」


 天に向かって拳を突き上げてガッツポーズする美少女。なかなか残念な光景であるが、それが不思議と良い感じに力が抜けた。

 凪はほどけるように笑い、それを見た凛も嬉しそうに笑う。


「……はい、一から百まできっちり片っ端から詳しく漏れなくゲロっちゃってください」


 ぎゅ、と掴んだままの体操服に力を込めて、にっこり笑う凛に「逃げないから離せ」と言いつつ顔の水を拭う。


「つっても、長々と話す内容がある訳でもないんだよな。例の如く三人衆と天城、あと浮谷の5人組が遊びに行ってて、そこがたまたま俺のバイトの近くでさ」


 そこで天城がトイレで離れた際に、ガラの悪い集団にナンパされた。

 男子で唯一残っていた浮谷は、助けを求めるように周囲を見渡した。

 そこでたまたま俺が視界に移り、その後なにやら必死にナンパ男達に話しかける浮谷。

 会話は聴こえなかったが、どうやら場所を移す形にもっていったらしく、その移動先が休憩中の俺。

 それを訝しんでいると、そのまま巻き込まれた。

 やっちゃってください!とか言われて、そのままトンズラここうとした浮谷だが、ナンパ集団に捕まって逃げられず。

 しかし浮谷が「お前らなんかこの柳に勝てないし、あの女子達も柳に惚れてる」などと好き勝手言ってくれた。

 その結果ターゲットが俺に移り、逃げる事も出来ずに乱戦勃発。

 どうにかやられないよう立ち回っていると、そこに天城登場。

 何人か倒れている男。血を流す俺と争う男たち。ちゃっかり巻き込まれて泣きじゃくる浮谷。

 天城の警察呼んでる発言で男達は撤退。俺もその場に倒れ込むと、バイト先の人が来てくれて連れて帰ってくれた。

 そんな形でその場を解散した翌日、学校に行くとすでに広まっている噂。

 『柳が三大美少女を金で雇った男達に拐わせて乱暴しようと企んでいた。それを浮谷が上手く言いくるめて仲間割れさせ、最後は天城が解決させた』というもの。

 それから俺は性犯罪者扱い。


 という話を淡々と語る凪。


「で、違うっつっても誰も聞きやしない。戦犯の浮谷は当然だけど、天城君も『俺の友達が嘘なんかつくわけない』って聞いてくれない。三人衆に至っては被害者だから話も聞きたくないって感じだな」


 以上だ、と締める。

 凛は腕組みして顔を俯かせた体勢のまましばしの沈黙の後に問いかける。


「……それでバイト先辞めたんすね」


「まぁ従業員が血まみれで喧嘩してたら評判悪くなりそうだしな。自主退職ってやつだ……てか何で知ってんの?」


「凪先輩が働いてるの見た事あったんで」


 へー、と気の抜けた相槌をする凪。

 それに反して、俯いたまま平坦な口調の凛に、横で聞いていた武史は頬を引き攣らせた。


(うぉお、凛ちゃんキレてるなぁ……)


 前髪で凪からは見えないだろうが、斜め横に立つ武史からは眉尻を吊り上げて虚空を睨む凛が見えていた。

 整った顔がブチギレるとこうも迫力があるのか、と武史をして後退りしたくなる。


「……あンの花畑王子と低脳チャラ男がァ…」


 怒りを必死に堪えるように呟かれた低い声に、ついに後退る武史。

 しかし長く話して喉が渇いたからと蛇口に口を寄せて水を飲む凪には届かず。

 水分補給を終えた凪は、気まずそうに口を開く。


「あー、まぁあれだ。真相はどうあれ天城は浮谷を助けようとしてた訳だし、良いヤツだよ。うん」


 凪が凛に隠していた理由。

 それは凛の好きな相手である天城が、実は無実の相手を顔を合わせる度に問い詰めるような間抜けだと知りたくないだろう、という配慮からだ。

 下手ながらも後輩の想い人のフォローをする凪だが、武史は内心で無意味だと呟く。

 

 それから数秒の後、パッと顔を上げた凛はそれはもう目を引くような素敵な笑顔だった。


「ふふふっ。せんぱぁい、お話ありがとうございましたっ!とおっっっても参考になりましたっ」


「お?まぁそれなら良かったわ」


 フォローが届いた、とばかりに安堵の笑みを浮かべる凪に、武史はそっと天を仰ぐ。


(凛ちゃん割と行動派だしなぁ……今日の放課後あたりに教室乱入もあり得そうだぜ…)


 事実、凛は放課後即突撃する気でいたりする。



 しかし、そのせいで凪の命が脅かされる事になろうとは、この時誰も思いはしなかった。


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