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002.プロローグ 2/4

 自身が籍を置く教室に逃げ込むように辿り着き、即座に席に座って倒れ込むように机に上体を預けた。

 油断すればぐぁー、と気の抜けた声が漏れそうな凪に向かって、愉快そうにニヤニヤと笑う少年が近付いていく。


「朝からお疲れじゃねぇか。まぁたなんかやったのかよ?」


「何もしてない……巻き込み事故にあっただけ……。てか分かって言ってるだろ武史てめぇ」


 机に突っ伏したまま返事をする凪をケラケラ笑う少年、蔵田武史は悪い悪い、と微塵も悪びれなく返す。

 彼は高身長で厚みのある筋肉を纏う、金茶色の短髪の少年だ。側から見れば凪に絡んでるようにも見えるが、彼の浮かべる笑顔は友好的なものだ。


「で?王子様は今日も通行の邪魔してたのかよ?」


「やっぱ分かってるじゃん」


 王子様、とは言うまでもなく天城透の渾名だ。女子は思慕の念を、一部男子は嫌味を込めてそう呼ぶ。

 通行の邪魔とは女子が群がる故の弊害だ。男子生徒からは度々眉を顰められていたりするが、女子の圧に敵わず言葉にされる事はない。

 

「王子様も飽きもせずによくやるよなァ。くくっ、周りがあの事件の事実を知ったらどんな顔すんのかねぇ」


「大声でキレて事実を押し潰そうとするだけだろ。聞く耳持つようならとっくに言ってるって」


 はぁ、と重い溜息をこぼす凪に、武史も思わず苦笑い。


「あー……かもなァ。イケメンだから許されてるけど、あの間違った方向に頑固な性格は普通に変人だぜ」


 天城をそう評する武史に、凪は内心で「お前も変人の一人じゃん」と苦笑する。


 どんな学校にも、世間で言う「落ちこぼれ」はいるものだ。そして彼はいわゆるその人種にあたる。

 落ちこぼれのタイプはいくつかあれど、武史の場合は素行不良と呼ばれるものだ。

 無事二年生になれている武史だが、去年の出席日数は進級するのにギリギリだったし、成績も下から数えた方が早い。口も悪く、教師にも反抗的。いわゆる不良だ。

 

 凪とは去年同じクラスで、意外と馬が合って友人になり、とある事件で大多数の友人が離れた中でも変わらず接してくれる友達の1人だ。

 ちなみに今でも友人としていてくれる生徒は両手で数えれる程度にはいるが、こうして表立って話しかけてくれる友人となると3人しかいない。

 ちなみに凛は除外だ。あれを友人に含めていいのか分からない、とは凪の談だ。


 そしてその3人の内のもう1人が。


「ふむ。まぁ彼の生きてきた環境がそうだったのだろう。人間、生きてきた環境で人格が形成される。この情報に溢れた社会においては珍しいのは確かだが、探せば彼のように周囲や民意より自分の意思や感性を基準とする人間だっているさ」

 

「おォ?え、なんて?ぬるって入ってきて長々と何言ってんだ文也?」


「……君は相変わらず飲み込みが遅いな」


 はぁ、とわざとらしい溜息をつく、メガネが似合う彼だ。


「いやお前の話し方が堅苦しいからだろォ?」


「あー落ち着けって武史。あれだ、つまり自分が否定されない人生なら、自分本位な性格になるって話だろ?」


「ほほぉ、なるほど。さすが凪だぜ、分かりやすい。文也も見習えよ」


 うるさいな、と顔をしかめる彼は、高崎文也。

 癖のないスッキリした黒髪と縁無しの眼鏡がトレードマークの彼は、なんと学年一位の成績を誇る秀才だ。よく見たら整っているという凪や武史と違い、分かりやすくクールなイケメンといった顔立ちをしている。

 ちょっとした理由で進学校に行かずこの高校に入学した経緯もあり、この高校では群を抜いて勉強が出来たりする。

 

「ん?つぅか情報が溢れてると珍しいとかなんとかってのは?」


「ふむ、まぁそれもあくまで一要因だがね。多くの人間は集団生活という体験や、テレビや本やSNSといった情報媒体から客観的な情報を得て、周囲に合わせる術を身につけるだろう? しかし、閉塞的であったり限定的な条件下で育てば周囲に囚われずに自分本位な者だっているという話だ」


「……あーはいはい……すぅー……な、凪!」


「武史お前ね。……えーと、そうだな。例えば家にだけいるような小さな幼児って現実に捉われない夢を抱くだろ?でも学校に通ったり社会生活に触れる内に現実を知る。けど、社会生活でも我を通すヤツは変わらず夢見がちって話……で、合ってる?」


 チラッと文也を見れば、まぁ間違ってはないと曖昧に頷かれた。凪はホッと胸をなでおろす。


「で、なんとなく伝わった?」


「あー、まぁなんとなく?つまり王子様は社会に出たら叩かれまくるって話だろ」


 「それ微妙に違わね?」と笑う凪と、「まぁ結果的に間違ってはないだろうがな」と鼻を鳴らす文也。


「けど上手くハマれば社会でも通用どころか上に行くタイプだろ、あれは」


 そうフォローにも似た凪の言葉に、武史は眉を寄せて無造作に緩く逆立つ髪をガシガシと掻き、文也は鼻を鳴らして眼鏡をくいっと押し上げた。

 

(……こいつら天城のことあんま好きじゃないんだよなぁ)


 凪のフォローにいかにも不満そうな二人に苦笑する。

 別に凪は天城のことが嫌いな訳ではないのだ。

 単に嫌われているだけで、だからといって反発する気はない。とにかく関わりたくないだけ。


(逆らってもあのカーストトップに勝てるワケないし。卒業まで泣き寝入りが無難だわ。……まぁこいつらなら割と良い勝負になるかもだけど)


 この二人が天城を嫌うのは、大半の男子生徒のように嫉妬による嫌悪ではない。単純に性格の不一致であり、だからこそ凪も何か言う気はない。

 だが仮に表立ってぶつかる事になれば、かなりの大事になるだろう。

 なにしろこの二人も天城程ではないが人気を集めている生徒だからだ。


 人気者同士の争いとなると、どうしても周囲が騒ぐ。

 ましてや片方は文句なしのカーストトップの王子様だ。

 そうなると男子からの人気に乏しい天城に対して、男子に顔がきく武史と、男子人気のみならず女子の隠れファンを多く持つ文也が衝突すれば……男女に分かれた睨み合いになる気がしてならない。


「あー、それより誰が天城に選ばれるか賭けようか。勝ったら学食奢りで」


 どう考えても過ごしにくそうな学校生活になりそうな気がして、それは勘弁だと凪はふんわり話題を変える。


「お、いいぜ。俺ァそうだな……春山にしとくか。おっぱいでけぇしよ」


「胸やら賭けやら、なんて低俗な。全く、なんだかんだ凪もそういうとこあるな……そこは秋宮だろう」


「だはは!文也も乗ってんじゃん。じゃあ俺は夏沢……いや、ここは冬野にしとくわ」


 堅物のようで割とノリの良い文也を笑いつつ、学年人気トップスリーの女子の名前を並べようとして……朝絡んできた生意気な後輩が思い浮かび、その名前に変更した。

 先輩である凪を利用して上手く天城に近付くーーと思っているーー生意気な後輩だが、曲がりなりにも数少ない会話が出来る相手だからと応援の意味も込めている。


「はぁ?凪お前、凛ちゃんは無ぇだろ」


 しかし、武史は何言ってんだこいつとばかりの表情で切って捨てた。

 流石に凛が可哀想だと思い、凪は言葉を返す。


「え、そう?いやいやあのクレバーな性格なら意外と上手く仕留める可能性はあるだろ」


「いや、彼女はないさ。ふっ、凪、君は学食争奪戦の勝者になる事はない」


 しかし今度は文也からも否定された。彼の負けず嫌いが滲み出ている発言だが、しかし根拠のない断言は基本しない文也が言うのだ。

 これには流石に凪も頭を抱える。


「え、マジ?あいつそんなにランク外なの?」


 俺を利用までしといて?と内心で言葉を続ける。

 

「あー……いやまぁ、ランク外どころか超上位だぜ?あの王子様も凛ちゃんはかなりお気に入りみてぇだし」


「なんだよ問題ないじゃん。だはは!お前ら俺に奢る金用意しとけよ!」


 武史らしからぬ歯切れの悪い話し方だが、内容は実に喜ばしいものだったので、凪はドヤ顔で笑う。

 それを文也は呆れた様子で。武史は仕方なさそうに、しかしどこか憐れむようにも見える表情だ。


「……はッ、まぁ万が一勝てたら腹一杯になるまで奢ってやらぁ」


「お!言ったな武史。言っとくけど俺結構食うぞ?」


「知ってっけど、どうせ勝てねぇし?」


 それからわいわい言い合ってると、天城が教室に入ってくる。大量の女子を連れて。

 その光景に一部の男子は天城に挨拶をして、大半の男子は嫉妬に塗れた視線を送り、多くの女子は笑顔で近寄っていく。

 ではこの3人組はというと。


「あの女子集団、よく毎日あれだけ集まるよなァ。ご苦労なこって」

「ふむ、彼女らのせいで教室に入れなくなるから、男子達の登校時間が早くなってるくらいだからな」

「先生が喜ぶヤツな。てか結局一人ずつしか入れないからさ、なんか運動会の入場みたいになってるのウケるよなー」


 実に距離感のある目線だ。

 これがいつもの彼らの光景である。


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