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018.到来のご挨拶3

「……訓練ってこれ?」


「うむ。お主も馴染んだ方法じゃろ?」


 はい、どうも世界から祝福された俺です。

 今俺はとある森にいます。


「……本気で言ってる?」


「当然じゃろ」


 俺の未熟な探知でも、うじゃうじゃと魔物がいるのが分かる森を前にして、ルナは呆れたように嘆息。

 呆れたいのはこっちなんだよなぁ……こいつ、人の心ってもんがないのか?いやまぁ猫だったね、はいはい。


「じゃあ集めるぞ?」


「あと2分待って?」


「にゃおぉおおおおんっ!」


「あっ、てめっ!」


 かつて謎空間でも使った、魔物を呼ぶ咆哮。

 咆哮って割に可愛いらしい猫の雄叫びな訳だが、効果は実に凶悪だ。

 早い話が、ルナの神獣としての力を込めて、魔物達を挑発するという技法。……つまり、魔物寄せだ。


「うおっ!気色悪いくらい集まってきてるぅ!何匹いんだよこれ!」


「強い個体はおらぬわ。安心せえ」


「できるかぁ!数は個を上回る常套手段だろうが!」


 俺達が謎空間でドラゴンや巨人に勝てたのも、俺とルナが2人がかりだったからだ。

 確かにこういうトンデモ個体がいる世界なら時に個は数に勝る。それは事実だが、俺がそうだとは言ってない。


「く、く、くっそぉおお!こうなりゃやけくそだボケェ!」


「頑張るんじゃぞ〜」


 ふにゃあ、と腑抜けたあくび混じりのルナにブチギレつつ、早速お出ましやがった先頭の魔物をドラゴン牙棍棒で吹き飛ばす。

 息をつく間もなく続々と後続が現れるのを、一心不乱に棍棒を振るって退ける。


「ぬぁあああっ!多いぃいい!」


 その勢いたるや。普通に気色悪い数がワラワラと群がる様子は生理的嫌悪を催す。

 それに背筋を冷やしながらも、ルナの挑発でブチギレてるらしい魔物達に逆ギレする。


「何キレてんだゴラァア!キレるならあそこにいる化け猫にキレろやぁあ!」


「さてと、我も魔物側で参戦しようかの」


「ルナは俺が守るっ!さぁかかってこい魔物共め!」


 シャレにならんジョーク(だよね?)におふざけタイムは終わりだと切り替える。

 そこからは身体魔法、【夜】、あと少しだけ使える土魔法とかも使いながら、必死に魔物達を倒して回った。




 ☆ ☆ ★



 追放され、国境付近であるフラスター侯爵領の外れにある通称『千魔の森』の近くでわたくしは下された。

 御者も申し訳なさそうにしていけれど、ここで彼を巻き込む訳にもいかず、大丈夫だからと追い返した。


 そしてこの『千魔の森』を抜ければ、隣国であるセインバード神聖国に辿り着く。

 よりによって聖女を崇めるアモーリア教の総本山であるセインバード神聖国方面に追放するあたり、レオンハルト殿下とアリアの性格の悪さが分かるわね。


 それはさておき。

 強力な魔物は少ないが、とにかく数の多い事で有名な『千魔の森』。

 魔物の大氾濫であるスタンピードが我が国でも起こりやすい地でもあるここを、この身一つでどうにか抜けなければならない。


 ……無事抜けられる気がしないわね。


 そんな消沈した気分で、しかしいつまでも立ち尽くしていても仕方ない。

 そう思って足を踏み出した瞬間だった。


『にゃぉおおおおん!』


「…………は?」


 ビリビリと体を叩く、凄まじい魔力の込められた咆哮。その声はどうにも可愛くて力が抜けそうだけれど、込められた魔力は常識の埒外にある。


 とんでもない化物がいる。

 

 まさか、つい先日の『星の悲鳴』で現れた『災厄』?

 だとしたら、ついてないにも程がある。


 そう考えた直後、わたくしの拙い魔力探知でも分かる、悍ましいまでの膨大な数の魔物に気付く。

 そのあまりの数に鳥肌が立った。

 それらは、わたくしのいる方……ではなく、少し外れた、フラスター侯爵領側へと向かっている。


 先程の咆哮が聞こえた方向だ。


「……まさか、『厄災』と魔物が争い合ってるのかしら…?」


 であれば、人類からすれば僥倖だ。

 災害同士が潰し合ってくれるなら、こちらの被害は激減する。


「確認……すべきなのでしょうね」


 公爵令嬢としての義務としては、そうすべき。

 でも、今のわたくしはただのディアナだもの。そんな義理はない……のだけどね。

 それでも、義務は果たす。そうして生きてきたんだもの。

 ここで投げ出せば、矜持が傷つく。


 重たい足を進める。

 本能が向かうなと大音量で警告している。

 それはを元とはいえ貴族の矜持で捩じ伏せ、一歩一歩進む。


「くそぉおお!すげぇ硬いの混じってるぅう!ぁいだぁっ?!こ、こんのやろぉ!」


「ぶふっ、にゃーっはっは!そんな雑魚に何やられとるんじゃ!『身体硬化』が甘いのぉ!」


 やべぇのがいますわね……。


 えと、何なのかしらこれ?あらやだ、わたくし夢でも見えるのかしら。

 そうね、きっと馬車でうたた寝してしまったのよ。でないとこんな光景ありえないもの。


 えっと、わたくしと変わらない年齢の少年がなにやら牙っぽい物を掴んで振り回しておりますわね。とても野蛮ですこと、おーっほっほ!

 それを見てケラケラ楽しげに笑う、黒髪と浅黒の肌を持つ異国風の少女。猫耳と猫の尻尾が生えてるあたり、獣人なのかしら?まぁ魔物の群勢を前にあんなに楽しげに笑う時点でただの獣人ではなさそうだけれど。


「……いひゃい…」


 頬を抓ると……痛いわね。

 待って、ちょっと嘘でしょう?もしこれが夢でないとしたら、目の前の現象は紛れもなく……


「す、スタンピードじゃないのよ……!」


 魔物の大氾濫。

 規模によっては小国を滅亡させる事すらある大災害。


 それを、森の縁で1人暴れ回る少年と、それを見て笑う少女。うふふ、意味分かりませんわね?


「……ほれ、そこで立ち止まっとると危ないぞ?こちらへ来ておれ、お主ものんびりナギのやつが暴れる様子を見ようぞ」


「え?え?」


「うわ、やっぱ人かよ!なんか気配するなとは思ったけどさぁ!これやばくなっても逃げられなくない?!その時はルナが抱えて逃げてくれる?!」


「にゃはは!断るー!」


「はーーうっざ!」


 意外と余裕そうな二人に、思考を放棄したわたくしは言われるがままに大人しく獣人少女の横に腰を下ろす。

 

 魔物の氾濫が収まるまでの数時間、わたくしはただただ真っ赤に染まる森を眺め続けた。






「……で、こちらはどなた?」


「知らぬ。ナギがちんたらやってたんで、危険じゃし横に座ってもらっておっただけじゃ」


「マジか、普通話聞くだろ」


「いやまぁそうなんじゃが……なんか呆けておったし、話しかけても反応せんかったんじゃもん」


「もんじゃねぇよ可愛いこぶんな。いや無駄に可愛らしい顔してるけどよ。……でもこの人貴族感バリバリじゃん。何で一人でいるの?絶対訳アリだろ」


「にゃふふん!可愛い我は何も分からないにゃっ!」


「ぶふっ!……くそ、つい勢いで笑わされた…悔しい…!」


 ……あ、終わったのね。

 つい全力で現実逃避してしまっていたわ。

 ここまで現実逃避したのは第一皇子と第二皇子が裏でデキてるという噂を聞いた時以来ね。


「……あの、貴方達は何者かしら?」


「お、我に返ったぞナギ」


「だな。えっと、大丈夫でしょうか?どこか怪我などでもなさったりは?」


「あら、予想に反して優しいわね。ありがとう野蛮な方。でも楽に話してくれて構わないわ」


「え、野蛮な方?」


 もう貴族ではないし、そもそもこれほどの力の持ち主相手なら例え公爵令嬢だった頃だとしても畏まらせる気にはなれないわよ。


「じゃあ楽に話すけどさ、貴女こそ何者?ここ危ないよ?」


 切り替え速すぎるわね。


「知ってるわよそれくらい。わたくし先日帝国を追放されたのよ。元は貴族だけれど、今はただの追放民になるわね」


「え、追放……?」


 目を丸くするナギいう少年。

 ……まぁ彼らもこんな立場のわたくしに関わりたくはないわよね。わたくしを支援しようものなら、それ即ち帝国の命令に反する事になるもの。

 軽い支援程度なら死刑はないけれど、罰金くらいはされるでしょうし。


 しかし、そんな考えは目の前の少年にとって無駄そのものだったらしい。


「マジか、なんか小説の断罪後の悪役令嬢みたいだな。王子が聖女と不倫してさ、婚約破棄されて捨てられたパターン的な」


「はぁ〜、なに言っとるんじゃナギ?」


「な、なんで知ってるのよ?!」


「「え?」」


 あまりに綺麗に言い当てられ、わたくしとした事がつい取り乱してしまった。

 そんなわたくしを、目を丸くして見つめる二人は、それから顔を見合わせて、またわたくしを見る。


「は?婚約破棄されて追放されたのかの?その過程で余程の罪を犯したとかかの?」


「いえ、誓って冤罪よ。わたくしの代わりに婚約者となった女狐にまんまとやられたの」


 あまりに明け透けな聞き方に、わたくしもここに至るまでに精神的疲労もあってか投げやりに答える。


「うわぁやっばぁ、ヒロイン対悪役令嬢じゃん。でもあれか、ヒロインの方がタチ悪いパターンか?なんにせよ可哀想すぎるだろ」


「貴方さっきから何言ってるのかしら……?」


「うーん、よし!ざまぁしよ!帝国から帰ってきてくれって言われるくらいのし上がろ!」


「本当に何言ってるのかしら……?」


 やべぇですわ。これが平民なのかしら?

 いや違うわね。お忍びで街に出た事はあったけれど、こんな理解不能な話をする人なんて見た事ないもの。


「……はぁ、まずは自己紹介しましょう?わたくしはディアナ・アルテ……いえ、ただのディアナよ。そこのやべぇ貴方と、獣人少女も自己紹介しなさい?」


「え、なんて?」


「にゃぶふっ!おいやべぇやつ、早く事故紹介せい」


「待てこら今発音おかしくなかったか?はいはいやべぇやつこと柳凪といいますぅ」


「拗ねないでちょうだい。……それにしても、まるで異世界人のような名前なのね。見た目の感じも似てるし…」


 呟くように言うと、少年の雰囲気が変わる。


「……へぇ。似てる、ねぇ。となると、これは他のヤツらもこの国にいるみたいだな。………探す手間が省けたな」


「っ?!」


 最後にぽつりと呟かれた言葉があまりにも冷たく、全身が急激に冷えた感覚に陥る。

 酷く冷たい怒りと魔力に触れ、勝手に体が震えてしまう。


「……これ、魔力が漏れとるぞ。垂れ流し坊や」


「風評被害が広がりそうな呼び名やめて?」


 しかし、獣人少女の一言で幻のように威圧感は消え去った。

 遅れて息を止めてたことに気付き、体が酸素を求めて呼吸を繰り返す。


 ……それにしても、この危険でやべぇ男のナギとやらは、余程彼女を信頼してるようね。

 あれほどの、触れる事すら叶わぬような凶悪な魔力を前に指摘まで出来る時点で、彼女も余程彼を信頼してるのが分かる。

 でないとあんな恐ろしい気配、普通少しは怯えるもの。


「我がルナじゃな。こやつの保護者みたいなものじゃ」


「そう……若いのに苦労してるのね。ヤンチャな息子さんのようだし苦労したのでしょうね」


「……なぁナギよ、これはボケなのか?天然なのかの?」


「ボケだろ。若干半笑いだし」


 バレたわ。いや貴族令嬢としてはどうかと思うけれど、こうも振り回されてばかりだとこれくらいやり返したくもなるわよ。


「はぁ……ところで貴方達はなぜこんな危険な場所に?わたくしの夢でなければスタンピードも起きてた気がするのだけど」


「ルナが鍛えろって言うから来ました」


「この未熟者をちと揉んでやろうと思うての。魔物がたくさんおったのでここを選んだんじゃ」


 ……え、待って?


「その、一応確認したいのだけど……わざとスタンピード起こしてないわよね?それと、ルナの方がナギより強いように聞こえたのだけど…」


「両方正解じゃの」


「理解力あるなぁ」


 そう、なの、ね……………ふふふっ、ふぅ、なんかもう疲れたわ。

 いいじゃない、ただ言われるがまま受け入れましょう。ええ、常識との照らし合わせなんて無駄なのよ。


「ふふ、そうなの。あっ、ちなみにまさか他の世界から来たとかじゃないわよね?ほら、昨日『星の悲鳴』……世界が割れたような音が聞こえたでしょう?」


「あぁあれね。管理者が歓迎してくれたヤツ」


「うむ、あれは小粋な歓迎じゃったな。空間を一瞬だけ割って音を奏でる超絶技巧。綺麗で澄んだ音じゃったな、思わず聞き入ったのぉ」


 『厄災』じゃないの。

 わたくし終了のお知らせなのだけど。


 え、そんな事あっていいのかしら?冤罪で追放されて?その先でスタンピードを自ら起こして自ら鎮圧する『厄災』とばったり?ふふ、ふふふっ。


 歴史に残る不幸少女になれるわ。


「……おやすみなさいませ」


「え?ちょ、おい?!うっそ、このタイミングで寝るの?!」


「にゃにゃあ?!こ、こやつなんて安らかな顔で寝とるんじゃ!まるで全てを諦めたような顔をしとるぞ!」


「うわこの顔はもう手遅……いや!と、とにかく運ぶか!宿屋に寝かせてたら起きるよな?このまま昇天しないよな?」


「た、多分の!傷もないし、そりゃ普通に起きるに決まって……い、急ぐのじゃああ!!安静に運ぶのじゃああ!!」


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