001.プロローグ 1/4
とある県の、とある町にある、とある高校で、世間を賑わせる大事件が起こった。
全国的に見れば田舎寄り。しかし合併もあって政令指定都市には認定されているので人口は多い。
そんな都市の一角のこの町にある公立高校は、五月病と戦う高校生が各々の移動手段を用いて登校していた。
友人と鉢合わせたのか朝から元気な声で会話をする生徒もいれば、一人黙々と自転車を漕ぐ生徒もいる。
そんな生徒達を飲み込むようにそびえ立つ校舎は大きいものの、清掃では誤魔化せない古さが滲み出ている。
それなりに長い歴史を持つものの進学校とは呼べないといった、目立った特徴のない高校だ。
「あーっ、天城くんじゃん!おはよー!」
「あ、天城先輩!お、おおおはようございます!」
「わぁ、朝からつつがなくイケメンだね!ご馳走様!」
しかしそんな特徴のない高校にも、特徴の塊みたいな生徒はいるもので。
そういった生徒の中でも特に目立っているのが、一人歩く少年の数メートル先で女子生徒に群がれている男子、天城透だ。
二年生である天城透は、いわゆるカーストトップと呼ばれる人種で、二年生の5月現在でありながら先輩や同級生はおろか入学して1ヶ月しか経っていない後輩からも抜群の人気を誇っている。
人気の理由はいくつかあるが、最たる理由は間違いなく顔だ。身も蓋もないが、顔だ。
明るめの茶髪を風に遊ばせ、整った爽やかな顔立ちから繰り出されるスマイルで周りを魅了している。
身長も高めで引き締まっており、中学まではバスケ部のエースだった。
「いやぁ、透先輩は相変わらず朝から人気っすねー。まぁあの超イケメンじゃ仕方ないかー。ねぇ凪先輩、劣等感に潰されて身長縮んでないっすか?あとおはようございます」
「挨拶の前置き長い上に辛いんだけど。おはよ」
イケメンに群がる女子達を眺めて一人歩いていた少年の横に、いつの間にか現れた女子が言う。
彼はとにかくイケメンなのだ。
遊びにいけばモデルのスカウトをされ、電車に乗れば連絡先を渡され、海に行けば逆ナンされる。
「あはは、おはよう」
今も挨拶がてら微笑むだけで黄色い声が鼓膜を突き破らんとばかりにこだまする。イケメンは迂闊に笑うな、と少年は痛む耳に顔をしかめた。
美人は三日で飽きるというが、少なくとも彼については一年半経っても誰からも飽きられる様子はない。
「というかは冬野はあれに混ざらなくていいのか?……あと俺の近くにいたらまた余計な面倒が起こるぞ。お前もただでさえ目立つのに」
突如現れて少年の横に居座る少女ーー冬野凛は、一月前に入学してきた一年生。
でありながら、校則ギリギリの明るめの茶髪をサイドテールに結び、残る髪を肩下あたりまで流している。
スカートも短く、すらりとしたしなかやな脚は眩しいふとももが晒されており、豊かな胸元のボタンが二つ外れている事もあってどうにも肌色が目立つ。
顔立ちも年齢的に幼さが残るので可愛らしさもあるが、すでに美人の片鱗が宿っており、綺麗さと可愛さを絶妙なバランスで兼ね備えている。
何より、形のいいアーモンド型の目はどこか勝気さが滲み、意志の強さを模ったような瞳は容姿以上に目を惹く魅力が宿っていた。
つらつらと容姿を説明したが、要するに同級生の一年はおろか、二年三年も注目の美少女一年生である。
天城透と並び、特徴のない高校にいる特徴の塊の生徒の一人だ。
「混ざって欲しかったらいい加減名前で呼びましょーよ?凛です、凛!あと悪目立ちとか凪先輩にだけは言われたくないっす」
凛はジトっと少年ーー柳凪を睨む。
両親は何を思ってこんな早口言葉みたいな名前をつけたのか。聞けば凪が生まれた日が寝つけない程煩い台風が直撃していたからで、うるさいから静かにしろという願いを込めたとか。我が親ながらマジかこいつと愕然とした。
そんな余談はともかく、平均身長よりも少し高い上背を持つ凪は、クマを引っさげた目で凛の視線を受け止める。
「だからこそだろ。てかお前といると天城君が絡んでくるんだよ。この意味が分かるか?」
「ご愁傷様です」
「分かってるなら離れろください」
今度は凪が凛を睨むが、彼女はついっと視線を逃して知らん顔だ。
仕方なしに早足で離れようとするも、負けじと凛も長い脚を動かしてついてくる。なんだこいつ。
もしかして舐められてる?と若干苛立つも、仮にも一年年上の先輩として怒鳴りはしない。が、やはり腹立たしいのでいっそ「あいつ朝から何してんの?」という視線覚悟で全力疾走してやろう。そう決めたその時。
「おっと、凛じゃないか。おはよう」
早足で進んだ事で女子の群れに追いついてしまい、その中心である天城に見つかった。凛が。どうやら凪は目に映らない模様。
「あ、おはようございまーす!えへへ、朝からお会い出来てコウエーですぅ」
先程まで凪と話していた悪戯げな口調はどこへやら、きゃるとした可愛らしい声で凛はにこりと笑顔を見せる。
凪のうわぁ、といった顔を横目で捉えた凛は天城に見えないように彼の脇腹に肘打ち。
「いでっ!こ、こいつ、後で覚えてろよ…」
『とある理由』もあって、在校生なら誰もが顔を青くするであろう凪の低い声も、凛は知った事かとスルー。
凪も追及する気もなく、むしろ衆目が集まる前に退散すべくそそくさと離れようとするが。
「うわっ、柳じゃん……」
「えっ、マジじゃん!ちょ、冬野さん一緒にいたの?大丈夫なのかな?」
「やば、朝からやばい人見ちゃったぁ!直視したら視力下がるぅ」
あえなく失敗。
天城を取り巻く女子達が一斉に顔をしかめた。
「ぷっ、朝凪先輩見たら目ぇ悪くなるんすか?先輩のクラス全員メガネ必須じゃん」
そんな中でこっそり口元を押さえて肩を震わせる凛と、
「……柳、凛に何かしてないだろうな?」
爽やかな顔立ちを鋭利な雰囲気で歪めている天城が、まっすぐに凪を見ている。
五月病まっしぐらの凪からすれば、朝から勘弁してくれと心底嘆きたい。
カーストの頂点の男子と、女子多数から睨まれて、もともと多くない登校の意欲がガリガリと削られる。
というか普通に辛い。ちょっと涙出そう。これ普通にイジメなのでは?と内心でぼやく。
「何もしてません。では」
凪のとった手段は、戦略的撤退。
決して逃走や敗走ではない。と言い張るだけ虚しくなるが、そうでも思わないと今すぐ帰宅したくなる。
「うわ、逃げた。だっさ」
「そりゃね、いくらあの不良でも天城くんには勝てないって」
「さっすが天城くん、イケメン型兵器じゃん」
追い討ちやめてくんない?と内心涙を流しながら黄色い声をあげる集団を背にして学校へと向かう。
後ろで女子達の声に混ざり、凛のいつもより高いトーンの声と、声まで爽やかな天城の声が聞こえてくる。
「……あーつら…」
凪は溜息混じりに弱音を吐き捨てる。
半月前、現一年生達が入学して1ヶ月経たない頃にあった事件以来、凪の扱いはこの様だ。
それなりにいた友人もほとんどが離れ、トップカースト集団に目をつけられ、先輩後輩問わず陰口を叩かれる。
暴力や私物への被害はないのが救いだが、このままだと近い将来被害が出かねない勢いである。が、考えても辛いだけなので現在全力でその危険性から目を逸らしている。
(とにかく卒業まで耐えるしかない……頑張れ俺)
あと一年半の辛抱だ、と拳を握り、まだそんなにもあるのか、と力無く拳が解けた。
そんな彼がこの立場のせいで命の危険に晒されることになるまで、あと少し。