第4話・出陣
pixivに投稿した作品を修正・加筆したものになります。本能寺の変前後の1ヶ月を全18話にしました。
第4話・出陣
天正10年6月1日午後4時、遂に、運命の歯車が回り始める。
出陣に先立ち、光秀は全ての家臣の家でも朝から米を炊き、1人2個、1万6千人で3万2千個の握り飯を家中総出で用意して与える。
1000の近江衆を従え先発した斎藤は縁起を担ぎ、途中、鎌倉倒幕を目指して六波羅探題襲撃へ向かう足利尊氏挙兵の地、篠村八幡宮に寄り戦勝祈願をする。
深く一礼、大きく二拍手をして神殿をジッと見ながら決意を燃え上がらせる斎藤。
斎藤 「必ず、上様を討ち取る!」
斎藤の行軍に畑仕事帰りの村人達が道を譲る。
村1 「明智様だ!」
村2 「さすが明智様。見事なものだ」
村3 「丹波が落ち着いたと思ったら、今度は毛利攻めと言うのだから、明智様も大変だ」
村1 「この村からも20人程出ているしなあ」
村2 「毛利が相手なら厳しい戦になるかもしれんぞ」
村3 「皆、無事に帰って来てくれるといいのだが・・・・・」
亀山城に1万5千の軍勢を整えた光秀も山陰道を一路京へ向かう。すべての兵が城を出るのに4時間。2列になって進む隊列は8㎞にも及んだ。篝火の中を後軍の最後が留守居の者達に見送られながら城を出る。行軍の物音に恐る恐る木戸や窓を空かし覗き見る村人達。本来なら松明を持って進む不自然な深夜の行軍だが、村人達は備中遠征と言う目的を知っているので誰も不思議に思わなかった。
老ノ坂を下ると直ぐに西国街道との分岐・沓掛である。順次、到着する隊ごとに休憩に入る。夜明けまでには仮眠をするだけの時間が十分にある。斎藤は本能寺へ向かうため丹波口に向かい、光秀も1万5千と言う事もあり、意図的に桂川河川敷にまで兵を広げ休ませる。当然、周囲の村人は物音で軍勢の到着を知る。しかし、明智の旗印に安心し、疑問を感じる村人はいなかった。例え隣国であっても、陣触れを出して兵を集めているので、光秀の備中遠征を知らない者はいない。そして、何処の村人達も思いは同じであった。
村人 「明智様も大変だなあ」
午前3時。十分な休憩を済ませた斎藤が光秀の元へやって来る。気が気でない光秀はとても眠れる状態ではなかった。
斎 「殿」
光 「うん」
頷く光秀。その頷きに光秀がまだ迷っていると感じる斎藤
斎 「全て、私にお任せ下さい」
光 「うん」
光秀はソワソワとして落ち着く事が出来ない。
斎藤 「直ぐに知らせを送ります」
光秀の周りにいる者達は斎藤が信長を襲撃する事を知らない。
光秀 「斎藤」
斎藤 「はい」
二人の間に緊張が走る。
光秀 「任せた」
斎藤 「はい」
光秀に一礼して立ち去る斎藤
光秀は1000の兵と共に斉藤を本能寺へ向かわせる。もう、後には引けない。しかし、まだ、信長が本能寺に居て欲しくない、と思う自分がいるのも確かだ。恐らく、自分が行けば、最後まで迷って何も出来ないだろう。斎藤の判断に任せるしかない。斎藤なら間違いなく信長を討ち取る。だが、問題はその後だ。その後どうする?いや、今はその後を考える必要は無い。先ずは信長を討つ事だ。どんな結果になろうと後悔はしない。自分が覚悟を決めなくてどうする。今、歴史が自分の手の中にある。
光秀 「天下を取ってしまえ!」
夜風が清々しく感じる。光秀は自らを鼓舞した。
桂川を渡河した斎藤は濡れた草鞋を履き替えさせ、隊列を少しでも短くするため大路の七条通りを4列になって東へ進み西洞院大路を北へ向かう。6月は1年で最も昼間の時間が長く夜明けが早い。午前5時。周りは既に明るくなっている。人々の生活は夜明けと共に始まるので大路の往来は多い。町の人々は驚くが、旗印に明智の隊列である事を知り安心する。近江から丹波へ向かった時点で、京でも光秀の備中遠征を知らない者はいない。道を譲り話し合う町衆
町1 「明智様や」
町2 「さすが明智様。見事なもんや」
町3 「そやけど、こんな朝早よから何処行くんや?」
町1 「織田様へ出陣の挨拶に行くのやろ」
町2 「几帳面なお方やからなあ」
洛中は治安維持のため総構えがされ、京都所司代の兵が各門を守っていた。五条通りまで来た斎藤は馬に乗ったまま総門に近づく
斎藤 「明智家家老、斎藤利三。殿の名代として、上様へ備中出陣の挨拶に参る!」
夜が明けているので門は開かれていた。戸惑っている門番の前を堂々と通る斎藤。楼上から確認すると鉄砲隊も弓隊も余りいない。足軽達も旗指物が綺麗に揃えられ、隊列に攻撃性は感じられない。何よりも兵の数が少ない。6月2日早朝の光秀備中出陣は所司代にも知らされ情報の共有がされている。ただ、信長へ挨拶に行くと言う連絡は受けていない。門番は不審を抱くが、平然とした態度で通過する斎藤に圧倒され自分達の連絡不備を心配し、斎藤を呼び止めてまで確認する勇気は無く、そのまま斎藤達を通す。
東の空が白み、多くの幟が風にはためく桂川河川敷。明るくなると同時に村人達は畑仕事に向かう。
農1 「おい、見ろ!兵が集まっているぞ」
農2 「何処の軍勢だ?」
農3 「あれは明智様の旗印じゃないのか?」
農4 「そう言えば明智様、今度は毛利との戦だそうだ」
農1 「丹波の次は毛利か。明智様も大変だなあ」
農2 「でも、何故、こんな所で休んでいるんだ?」
農3 「この場所だと恐らく、織田様へ挨拶に寄ってから向かわれるのだろう」
農4 「明智様らしく、律儀な事だ」
遠巻きに眺めながら自分達なりに納得して頷く村人達。
これから起きる歴史的出来事を誰も知らない。
人々は、何時もと変わらない6月2日の朝を迎えていた。