表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明智光秀  作者: tosahime
18/18

第18話・夢幻

pixivに投稿した作品を修正・加筆したものになります。本能寺の変前後の1ヶ月を全18話にしました。


第18話・夢幻


気が付けば明るく優しい光が降り注いでいた。

光秀 「ここは・・・・・・・」

雲の上の様だが足元はしっかりしている。

信長 「どうした?此方に来るのが早かったではないか」

聞き覚えのある声が後ろから聞こえる。

光秀 「う、上様?」

振り返ると、そこは安土城天主の最上階。

慌てて後ろに下がり平伏する光秀

光秀 「し、失礼いたしました。まさか、上様が御出でとは」

信長 「驚いたか?」

光秀 「はい。驚きました」

信長 「相変わらず正直じゃ」

大声で笑いながらズカズカと光秀の横を通り窓際へ行く信長

信長 「見てみろ」

誘われるまま窓際へ行き外を見る光秀。安土城の天主は遥か雲の上にある。目の前に2本の煙が立ち上っている。

信長 「よく燃えているではないか」

雲の上の筈なのに、直ぐ下に坂本城の燃えているのが見える。

光秀 「はい。よく、燃えております」

城は勢いよく燃えているが人々が逃げ惑う姿は見えない。

光秀 「秀満はワシの言った事を理解して上手くやった様だ」

その様子に安心して微笑む光秀

信長 「まさか、ワシの城まで燃やすとは」

フフッ、と笑う信長

もう一本の煙の下を見ると安土城の天主が燃えている。

光秀 「何故?」

光秀には安土城の燃えているのが理解できなかった。

信長 「まんまと、してやられたな」

安土城が燃えているのをジッと見下ろしている信長

信長 「油断も隙も無い奴であったが、役に立つので使っていた」

大きく溜め息をする信長

信長 「お前の謀反が無くても、何れ遅かれ早かれ、ワシは奴に殺されておったわ」

光秀 「申し訳ありません」

信長 「安心せい。お前を責めている訳では無い」

光秀 「ありがとうございます。しかし、まさか上様の城まで燃やすとは」

信長 「直ぐにここまでするとは、流石にワシも思わなんだ。恐ろしい奴じゃ」

燃える安土城を見ながら静かに頷く光秀

光秀 「上様を私に討たせ、大義名分を得て私を討つ」

信長 「全ては奴の思惑通り、と言う訳じゃ」

光秀 「羽柴殿は今回の救援要請に、己の全てを賭けて臨んでおりました」

信長 「怪しいのは始めから分かっておった事じゃ」

光秀 「それに気付いていながら、申し訳ありません」

信長 「気にするな。お前は当然の事をしただけじゃ」

光秀 「ありがとうございます」

信長に頭を下げる光秀

光秀 「ところで、その事についてですが、例え羽柴殿が仕組んだ罠とは言え、上様は私がその罠を利用して謀反を起こした理由を知りたくは無いのですか?」

信長 「謀反の理由など聞いてどうする?」

光秀 「上様が最も気にされている事だと思っていたのですが」

信長 「何故、気にする」

光秀 「天下を総べる直前で死ななければならなかったです。私への恨みもあるのではないかと」

大声で笑い始める信長

光秀 「可笑しいですか?」

信長 「くだらん」

光秀 「と、申されましても、私は後悔の念に苛まれております」

信長 「案ずるな。ワシは何も気にしておらん」

光秀 「しかし、人は何かと理由を知りたがるものです」

信長 「誰もが納得できる理由が無いと行動してはいかんのか?」

光秀 「いいえ」

信長 「お前は、あの時を好機と捉えたからこそ、動いたのではないのか?」

光秀 「はい」

信長 「それだけの事じゃ」

光秀 「はい」

信長 「武将としては当然の行動じゃ。誇っても恥じる事ではない。例え、それが意図的に作られた状況で誘導されたものであったとしてもじゃ」

光秀 「ありがとうございます」

信長 「言われた事を言われたままに行動する。それは忠義ではない。ただの怠慢じゃ」

光秀 「怠慢、ですか」

信長 「そうじゃ、怠慢じゃ。ワシは、その言われた事さえ満足に出来ない者に対しては、どれ程長く仕えていようが遠慮なく厳罰を下す。追放で済めば有難いと思え」

鋭い目で光秀を見る信長

信長 「もし、お前があのまま備中へ向かっていれば、ワシはお前を見限っていた」

光秀 「見限る?・・・・・・」

頭を捻りながらジッと信長を見返す光秀。

大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く信長

信長 「実は1日の夜、信忠がワシを訪ねて来てな」

光秀 「信忠様が?」

信長 「2日の朝、お前が備中へ行く事は信忠にも知らせてあった」

黙って信長を見続ける光秀

信長 「2日の朝が危ない。と、忠告に来たのじゃ」

今度は信長がジッと光秀を見る。

光秀 「見抜かれていましたか」

信長 「夕刻の出陣、夜道の行軍。もし、京へ向かえば夜中に着く。これ程、怪しい行動があるか?」

光秀 「仰る通りで御座います」

信長 「あの時、ワシと信忠で4000、所司代に1000、合わせて5000の兵がいた。確実に相手を討ち獲る為にはその3倍、1万5千の兵がいる。お前が従えるのは1万3千から1万6千。数は丁度良い。しかし、万を超える兵の動きは大掛かりで時が掛かる。ましてや、ただでさえ警備の厳しい京じゃ。特に、ワシの滞在中は所司代に馬廻りも加わり2重の警戒が行われている。信忠の馬廻りも加えれば3重じゃ。所司代も馬廻りも、夜だからと言って寝ているほど馬鹿ではない」

光秀 「例え家臣であっても軍を整えての動きであれば、その動きを監視するのは当然」

信長の言葉に頭を下げる光秀

信長 「信忠は直ぐに逃げましょうと言った。しかし、お前がどうするのか、ワシは試してみたかったのじゃ。どの様な策を練り、厳しい警戒の中をワシに近づくのか。『やれるものならやってみろ!』ワシはそう思ったのじゃ」

ジッと光秀を見る信長

信長 「当然、全軍で京へ向かう事は出来ん。しかも夜中じゃ。桂川を渡り始めた時点で異変となる。では、どうする?」

お茶が運ばれてくる。ゆっくりと茶を啜る信長

安土城本丸御殿内。暖かい日差しと共に桜の花弁が風に吹かれ二人の前に舞い込む。

信長 「しかも、謀反を起こす為には、ワシの滞在が絶対条件になる」

光秀 「上様は気まぐれなお方。昨夜居たから今朝も居るとは限りません。かと言って、多くの監視を就けると気付かれてしまいます。それに、夜は見逃す事があるかもしれません」

信長 「襲撃はしたが居ませんでした、では済まんからのう」

光秀 「はい。天下の笑い者になってしまいます」

信長 「そこで、お前が採ったのはワシへの挨拶じゃ」

光秀 「門番の対応で上様の滞在が確認できます」

信長 「もし居なくても、挨拶に来た事を告げてそのまま帰れば怪しまれる事は無い」

光秀 「唯、私自身が迷っていました」

信長 「迷っていた?」

光秀 「はい。正直、私は最後の最後まで迷っていました。その為、1日夕刻の出陣は報告していましたが、2日朝の挨拶は報告していませんでしたので、所司代の対応が問題になりました」

信長 「洛中に入るには所司代が守る総門を通らねばならん。しかも、ワシの許しもなく軍勢の通過は出来ん。大軍ともなれば尚更じゃ。しかし、お前は難無く通過した」

光秀 「門番は斎藤の堂々とした態度に、伝達に不備があったのではないかと心配になったのでしょう」

信長 「お前が連絡を忘れる事は無い。ましてやこの様な大事。お前を相手に聞いていません、と押し問答する訳にもいかん。それに、許可なく通したとしても、お前なら許されると判断したのであろう」

光秀 「はい。門番の忖度。そこに賭けました」

信長 「成る程」

光秀 「夜中では怪しまれるので仮眠を取り、夜が白み始めるのを待って総門に向かわせました。人々の生活は夜明けと共に始まります。特に、6月の夜明けは早うございます。隊列は衆人の目の前を通る事になるので、殺気と緊張感を隠さなければなりません。それに、決行は上様の滞在が確認できなければ出来ません。その為、謀反は直前まで兵達には知らせませんでした」

信長 「それで、足軽達を見た毛利が気付けなかったのか」 

光秀 「はい。今から謀反に向かうと聞いて平常心ではいられません。回りの者は直ぐに足軽達の異様な雰囲気に気付きます。それに、もし先に知らせると、上様がいなかったので止めます、と言う事が出来なくなります」

信長 「ハッハッハッ!それもそうじゃ」 

光秀 「そして問題は兵の数。2千や3千の兵を伴っての挨拶では多すぎて不自然です」

信長 「そこで、お前が選んだのは千か」

光秀 「しかし、直接、本能寺へ向かったのは400です」

信長 「400?」

光秀 「はい。たった、400です」

信長 「これは参った」

光秀 「野戦ではありませんので鉄砲も弓もあまり必要ありません。兵も装備も少ない程、門番は安心します。あの時、上様が伴っていたのは戦慣れしていない小姓衆が100。それなら、前後の門に50ずつ配置して襲撃に300で十分と判断しました」

信長 「ワシも舐められたものじゃな」

光秀 「桂川を渡ったのは1000。しかし、600は待機。斎藤から私へ伝令が向かうのを合図に本能寺へ向かいました」

信長 「成る程。5000の中に400で謀反に向かっているとは、流石に門番も思わんだろう」

光秀 「家臣の動きは常に監視されています。不信を招く様な行動は取れません」

信長 「流石じゃ」

豪快に笑う信長

光秀 「残り600は謀反を知りません。急いで本能寺へ向かえ、と言う伝令の指示を受け、急いで総門へ向かいます。その時点で、所司代も何が起こっているのか理解できていません。しかし、大変な事が起きている、後続の部隊が次々と駆け付けているという状況に混乱します」

信長 「所司代の慌て振りが目に見える様じゃ」

満足気に頷く光秀

信長 「しかし、攻め入ったのがたった300だったとは」

光秀 「寺の中からでは外の状況は分かりません。門番も町家で兵の全体は見えません。門番は謀反を起こす以上、それなりの兵力で来ていると思います。それに、兵がどれ程多くても、僅か1町四方の寺に入れる数は限られています。そして、本能寺には堀がある為、包囲する必要がありません。上様が塀を超え、堀を渡って逃げるとは思えませんので」

信長 「それもそうじゃ」

光秀 「私の謀反と知った上様は寺に火を放ち、即座に自害すると読んだからです」

信長 「首を獲られる訳にはいかんからのう。見事じゃ。褒めて取らせる」

光秀 「ありがとうございます」

信長 「そこまで読んでいながら、何故、突入が遅れた?」

光秀 「上様は女達と坊主を直ぐに寺から逃がしました。その素早い判断と行動に斎藤は感銘を受け、敬意を示し、退出が終わるのを待ったからです」

信長 「そのおかげで、ワシは無事に燃え尽きる事が出来た訳か」

光秀 「はい」

信長 「ワシの首が欲しくなかったのか?」

光秀 「獲れたら獲れたでよし。そもそも、亡骸に油を掛けて火を点ければ首など望めません。初めから、首など必要では無かったのです」

信長 「言ってくれるではないか」

光秀 「私が謀反を起こし、上様を討ち漏らすなど、誰も思わないからです」

自信を持って答える光秀

信長 「お前の言う通りじゃ。それに、例え首を晒したとして、誰がワシの顔を知っている?何時も身近に居る者でない限り首の見分けなどつかん」

光秀 「はい。私が上様の首だと言えば、それが上様の首になります」

信長 「武田勝頼の首だと言って見せられたが、ワシは武田勝頼を知らん。当然、ワシの周りに居る者や京に居る者達も武田勝頼の顔など知らん。それと同じじゃ。晒したところで、直ぐに腐って誰が誰だか分からなくなる首など意味が無い。それよりも、ワシが何時まで経っても現れなければ、嫌でもワシの死を認めざるを得なくなる」

光秀 「その問題は、時が解決してくれます」

信長に頭を下げる光秀

フフッと笑う信長

光秀 「それと実は・・・・・・」

信長 「何じゃ」

光秀 「実は、私も上様を試しておりました」

信長 「ワシを試す?」

今度は信長が首を捻り光秀をジッとみる。

光秀 「出陣は行程を報せ、上様の許可を得てから行います」

信長 「勝手に動けば謀反じゃ」

光秀 「はい。その為、不自然な行程は立てられません」

信長 「それなのに、お前はわざと不自然な行程をワシに報せた」

光秀 「私はあの時、上様に本能寺に居て欲しくなかったのです」

信長 「謀反を謀っておいてか?」

光秀 「できれば、密かに宿所を変えていて欲しかったのです」

黙って光秀をジッと見ている信長

光秀 「上様が居なければ、謀反は起こせません」

静かに語る光秀

信長 「フッ、ハッ、ハッハッハ」

大声で笑い始める信長

信長 「面白い!それもそうじゃ。成る程。お互いがお互いを試し合っておったと言う訳か」

光秀 「はい。そして、それ以上に私は、己の『運』を試してみたかったのです」

信長をジッと見る光秀。ジッと見返す信長

沈黙が続く。 

大きく息を吸い込む信長

信長 「そうか。お前は、自分の『運』を試してみたかったのか」

光秀 「はい」

何度も頷く信長

信長 「良く分かった。気持ちの良い答えじゃ」 

光秀 「これまで誰も出来なかった事。目的は上様を討つ。唯、それだけです」

信長 「はッはッはッはッ!これは愉快じゃ」

光秀 「私は、上様を討てた事で十分に満足しております」

信長 「他の誰も成し得なかった事をお前はやってのけた。見事じゃ!」

岐阜城を望む長良川の河原に陣幕が張られ宴が催されている。

次々と運ばれてくる料理を食べながら大きく溜め息をする信長

信長 「それにしても情けないのは信忠じゃ」

光秀 「私も、籠城していると聞いて驚きました」

信長 「お前の謀反を見抜いておりながら、何故、直ぐに逃げていない。徳川とは大違いじゃ」

光秀 「徳川様は用心深いお方。常に警戒を怠りません。それに対し信忠様はお若い。実戦の経験がまだまだ足りません」

信長 「そもそも籠城の備えの無い城に籠ってどうする。その時点で奴の負けは確定じゃ」

光秀 「門さえ押さえていれば、攻める必要がありません」

信長 「しかも、焦らされて自滅とは話にもならん」

光秀 「お蔭で、私としては助かりました」

はははッと笑う信長。申し訳なさそうに頭を下げる光秀

安土城天主から月明かりに照らされた琵琶湖を後ろ手に望み、しみじみと語り始める信長

信長 「実はな、ワシはあの時、嬉しかったのじゃ」

光秀 「嬉しかった?」

信長 「そうじゃ。お前がワシの見込んだ通りの武将であった事が」

光秀を振り向きジッと見る信長

信長 「ワシは今までいろいろな者達に何度も裏切られてきた。しかし、お前はワシの期待を最後まで裏切らなかった」

光秀 「謀反を起こされてですか?」

信長 「可笑しいか?」

光秀 「いいえ。上様らしいかと」

信長 「あの状況で事を起こさぬのは大戯けじゃ。それが例え謀略であったとしても、それを利用せぬ手はない」

光秀 「はい」

信長 「お前はそれに見事に応えたのじゃ。完璧なまでに」

光秀 「はい。私も、事の成り行きに興奮しておりました」

信長 「命を賭けた駆け引き。ワシもあの時の様な興奮は初めてじゃ。胸が高鳴ったぞ」

光秀 「私も、心の臓が張り裂けそうでした」

信長 「そうか」

光秀 「はい」

信長 「うん」

満足気に頷く信長。雄大な富士の山が朝日に輝く

信長 「お前ならワシと違い、戦もせずに日ノ本をまとめられると思ったのだが」

光秀 「はい。私なら、充分に可能でした」

信長 「自信じゃのう」

光秀 「はい」

信長 「だが、その夢は叶わなかった」

光秀 「申し訳ありません」

信長 「お前の所為では無い。奴の思いが我らの思いを上回っておっただけじゃ」

光秀 「最も愚かなのは、奴の思い通りに操られた『私』です」

信長 「操られたとしても、お前は、それを期待通りに演じ切ったではないか」

光秀 「喜んで良いのか悪いのか、迷ってしまいます」

信長 「大いに誇るがよい」

光秀 「ありがとうございます」

信長 「そこでじゃ。奴にはあって、お前に無かった物が何だか分かるか?」

光秀 「私に無かった物、ですか?」

信長 「そうじゃ。お前に無かった物じゃ」

光秀 「・・・・・・・・・・」

考え込む光秀。その様子を見て笑う信長

信長 「だからお前は負けたのじゃ」

光秀 「申し訳ありません」

信長 「何故謝る」

光秀 「申し訳ありません」

恐縮した光秀は同じ言葉を繰り返す。大声で笑う信長

信長 「まあ良い」

光秀 「はい。申し訳ありません」

また言ってしまった事に気付いた光秀も思わず笑ってしまう。

光秀 「これは、参りましたな」

信長と共に笑う光秀

信長 「では、教えてやろう」

光秀 「はい」

信長 「『欲』じゃ」

光秀 「『欲』?」

信長 「『期待』や『希望』ではない。力尽くでも奪い取ってやると言う『欲』じゃ」

光秀 「『欲』・・・・ですか」

信長 「あの時のお前に、『己が天下を獲る』と言う強い『欲』があったなら、周りの大名は迷う事無くお前に従っていた」

考え込む光秀

光秀 「成る程。『欲』ですか」

信長 「お前は相手の事を考え過ぎる。波多野や長宗我部がいい例じゃ。まあ、その優しさがお前のいい所でもあるのだが」

光秀 「ありがとうございます」

信長 「丹波攻めであれ程苦しめられたのに、お前は波多野を許した。だが、例えお前が許したとしても、ワシはお前を苦しめた波多野が許せなかったのじゃ」

光秀 「上様の御気持ちは有難く思います」 

信長 「波多野の処刑。お前には悪い事をした」

光秀 「波多野自身もその事は覚悟しておりました。それに、丹波の国衆も充分に理解してくれていましたので、上様が心配するには及びませんでした」

信長に頭を下げる光秀

信長 「うん。あの後ワシも、お前が丹波の統治を順調に進めていると聞いて安心した」

光秀 「ありがとうございます」

信長 「良いか。どんなに高尚な口上であっても、最後に人を動かすのは『欲』じゃ。利するものが無ければ人は動かん」

光秀 「果たして、そうでしょうか?」

信長 「人は常に損得で動いておる。違うか?」

光秀 「はい。違います」

信長 「はっきりと言うではないか」

光秀 「自信を持って言えます」

信長 「ほほう。自信を持って言えると言うか」

光秀 「はい」

信長 「では、言ってみろ」

光秀 「山崎での戦いの折、幕府方の伊勢、御牧は私を逃がす為、私に代わり本陣に残りました。死ぬ事が分かっていてです。特に、それに従った足軽達には、その行為で得る物は何もありません。あるのは『死』、のみです」

信長 「果たしてそうかな?」

光秀 「違いますか?」

信長 「違う。あの者達はその『死』、を望んでおったのじゃ」

光秀 「死に場所、ですか?」

信長 「公方に幕府を再興する力は無い。庇護している毛利も足利幕府など望んでおらん」

光秀 「かと言って、毛利も上杉も己の天下を望んでいる訳ではありません」

信長 「だから奴らは、足利幕府の人間として死ねる機会を欲していたのじゃ」

光秀 「成る程」

納得して頷く光秀

信長 「最期に、何か言っていなかったか?」

光秀 「感謝していると」

信長 「何よりも幕府の敵であるワシを討った事、そして、幕府の人間として殉じられる誇りの場を作ってくれた事。あの者達には、あの者達なりに利する物があったのじゃ」

光秀 「確かに、そうかもしれません」

信長 「お前はあの者達の『欲』を叶えたのじゃ」 

黙って信長に頭を下げる光秀

信長 「おッ!そうこう話している内に早速、奴が来た様じゃ」

安土城天主最上階、階段を見る信長。

階段を振り返る光秀。下からこっそりと誰かが此方を伺っている。

信長 「こそこそしとらんと、さっさと出て来んか!」

秀吉 「はい!申し訳ありません!」

秀吉が階段の下から勢いよく飛び出して来る。

秀吉 「上様も明智殿もお元気そうで何より。秀吉、安心いたしました」

平然と光秀の横に座る秀吉

秀吉 「いや~、それにしても、参りましたな~」

頭を掻きながらヘラヘラと笑う秀吉

信長 「こいつ。悪びれもせず」

呆れたように秀吉を見る光秀

信長 「お前には聞きたい事が山ほどある。覚悟致せ」

秀吉 「程々に、お願いいたします」

信長に深々と頭を下げる秀吉

はッはッはッは、と大きな声で笑い合う3人

春の陽気に優しく包まれた3人が白い霧で霞んで行く。


      人間50年 

化天のうちを比ぶれば

      夢幻の如くなり

      一度生を享け

      滅せぬもののあるべきか


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ