第17話・近江・坂本城
pixivに投稿した作品を修正・加筆したものになります。本能寺の変前後の1ヶ月を全18話にしました。
第17話・近江・坂本城
6月13日深夜
安土城を預かる明智秀満に山崎での光秀敗戦の報せが届いたのは13日当日の深夜であった。秀満は光秀との当初の約束通り即座に安土城を退去し、寝る間も惜しみ夜道を坂本へ向かう。
6月14日早朝
安土留守居1000の兵を従え、秀満は混乱を極める2000の兵と光秀、家臣達の家族が残こる坂本城へ帰る。
秀満 「状況はどうなっている」
家臣 「伏見、醍醐には落ち武者狩りが群がり、近江へ向かう者を捕え、手当たり次第に首を刎ねているそうです。近江と山城の国境までは近江の国衆達が迎えに行っていますが、今のところ坂本へ辿り着いたのは30人程です」
悔しがる家臣達
秀満 「そうか」
分かっている事とは言え、負け戦を実感する秀満
秀満 「何処にいる」
家臣 「3ノ丸で休ませています」
秀満 「落ち武者狩りが行われているのなら乱波の心配はあるまい」
3ノ丸へ向かう秀満。手当てを受け、疲れ果てた様子で座り込んでいる足軽達
秀満 「皆、よく帰って来た」
秀満を見て悔し涙を流す足軽達
秀満 「戦の状況について知っている事を、出来るだけ詳しく話してくれ」
自分達が知っている事を秀満に話す足軽達
秀満 「そうか。殿は直ぐに撤退の判断をしたのか」
足軽1 「殿は近江への落ち武者狩りを心配し、我ら近江衆にも丹波へ向かう様に言いましたが、我らは国元の家族の事が心配で・・・・・・」
足軽2 「殿の指示を聞いていれば良かったと、今は後悔しております」
下を向き、震えながら手を握り締める足軽達
秀満 「お前達の判断は間違ってはいない。家族の心配をするのは当然だ」
頷きながら足軽達の肩を叩く秀満
秀満 「それにしても、夜空が明るくなる程の篝火か。流石は殿じゃ。敵の心理を上手く読んでいる」
家臣1「今頃は、亀山城で盛大な一戦を行っているのでしょう」
秀満 「殿・・・・・・」
亀山城の方向を見る秀満。しかし、秀満にも迷っている余裕はない。
秀満 「今直ぐ、近江の国衆達に城にある食料と金を分け与え自領に返せ」
家臣1「な、何と言われる!」
家臣2「殿が戻るまでこの城を守るのではないのですか!」
秀満 「今更、籠城してどうなる」
家臣3「では、このまま、我らは羽柴に下ると」
秀満 「いや、逃げるのじゃ」
家臣達「逃げる?」
秀満 「殿は自らを囮にして、我らに逃げる為の猶予を作ってくれたのじゃ」
家臣1「すると、殿は・・・・・」
秀満 「亀山城で自害される」
家臣2「亀山城が落ちても福知山城があります」
家臣3「それに、丹波は山が深い」
家臣1「諦めずに最後まで粘れば」
秀満 「その様な事をすれば丹波の国衆に迷惑が掛かる。それに、多くの近江衆も逃れている。事態を早急に治め近江衆を近江に返すには、自分の死をはっきりと分からせる事が最も早い」
家臣達「と、殿・・・・・・」
下を向き悔し涙を流す家臣達
家臣1 「しかし、近江の国衆達はともかく、我らは何処へ逃げれば良いのですか?」
家臣2 「我らには行く当てが・・・・・」
秀満 「徳川殿を頼るのが最も良いのだが、甲賀、美濃、尾張を通るのは不可能。しかし、京極殿が長浜、武田殿が佐和山にまだいるので、今なら若狭を通り抜ける事ができるだろう。船で越後へ向かい上杉殿を頼る」
大きく頷く家臣達
家臣1 「しかし、上杉は我らを受け入れてくれるでしょうか?」
秀満 「幸い、我らは上杉と直接戦っておらん。それに、殿は上杉と書状のやり取りをしていた。その僅かな可能性に賭けてみる」
家臣2 「では、これからは、上杉と共に戦いますか」
秀満 「上杉とて何時までも頼ってはおれん。当面の身の寄せ所じゃ。直ぐ様、撤退の準備に掛かれ!」
家臣達 「はッ!」
持てる物を持てるだけ持って慌ただしく城を出る家臣達
6月14日朝、安土の北、長浜にも光秀敗北の報せが届く。光秀の謀反に呼応して秀吉の本拠、長浜城を占拠していた京極高次は慌てて秀吉に使者を送る。
京極 「とにかく急げ!今日、明日にも坂本攻めになる。それからでは遅い!羽柴様にこの書状を一刻も早く届けよ!」
家臣 「はッ!」
懐にしっかりと書状を入れ、長浜城から馬で駆け出す家臣
6月14日、夕刻
適当に見繕った光秀の首を本能寺の焼け跡に晒した秀吉は満足気に妙覚寺に入る。
平然と夕餉を食する秀吉に官兵衛が近づく。
黒田 「これが、高札に記した明智の死に様です」
下書きに目を通す秀吉
秀吉 「成る程。家臣達を見捨て、夜陰に乗じて城を抜け出したか。中々面白い追加ではないか。しかも、泣いて落ち武者狩りに命乞いとは傑作じゃ」
黒田 「ありがとうございます」
秀吉 「これを真実として諸将は勿論、足軽達にも徹底せよ」
黒田 「承知致しました」
秀吉 「ふん!誰が自害など認めるか。あいつは惨めな死に方をした事にすればよいのじゃ」
黙々と食事をする秀吉。そこへ京極からの使者が到着する。
家臣 「申し上げます」
黒田 「どうした」
家臣 「北近江、京極高次からの使いと言う者が来ておりますが、如何致しますか」
黒田 「京極と言えば、確か、明智の謀反に呼応して長浜城を占拠した・・・・・」
秀吉を見る官兵衛
秀吉 「構わん。通せ」
家臣 「はッ!」
高次の使者が秀吉の前に通される。差し出した書状に目を通しながら大声で笑い始める秀吉。怪訝そうに秀吉を見る官兵衛
黒田 「いかがされました?」
秀吉 「分かり易い奴じゃ」
黒田 「と、申されますと」
書状を官兵衛に渡す秀吉
秀吉 「京極の奴、ワシの城を明智から守っておったそうじゃ」
黒田 「言い方もあるものですな」
秀吉 「我らの帰りを、首を長くして待っている、か」
黒田 「こんな見え透いた言い訳が通るとでも思っているのでしょうか。で、どうされます?」
秀吉 「肝心なのはその後じゃ」
書状に目を向ける官兵衛
秀吉 「中々、見どころのある奴ではないか」
ニタニタとする秀吉
黒田 「成る程」
秀吉の女好きは信長から注意をされる程有名で、女の事になるともう何を言っても無駄である。諦めて溜め息をする官兵衛
秀吉 「三国一の美人と言う奴の妹の噂はワシも知っておる。その妹を、ワシの側室として差し出すそうじゃ」
豪快に笑いながら京極の使者を見る秀吉
秀吉 「京極高次、我が城の守備、大儀であった。褒めて取らせる」
使者 「はッ!有難き幸せ」
陣中にいる秀吉の家臣が官兵衛に耳打ちしている。
その様子をチラッと見る秀吉
秀吉 「どうした?」
黒田 「はッ。何と申せばよいか・・・・・」
秀吉 「遠慮はいらん。申してみよ」
黒田 「はい。その京極の妹君ですが、今は若狭の元守護、武田元明に嫁いでいるそうです」
秀吉 「何じゃ人妻か。うん。それもまた良いではないか」
嬉しさを堪え切れない様子の秀吉
黒田 「京極は義兄とは言え、武田は了承したのでしょうか?」
秀吉 「そんな事はどうでもよい。武田が嫌だと言えば武田は潰す」
黒田 「確か、武田は佐和山城を攻め落とし、今も占拠している筈です」
秀吉 「何と、丹羽の留守居は籠城したのか?」
黒田 「愚かな判断です」
秀吉 「主が主じゃからのう」
黒田 「はい」
秀吉 「ではこの際、丹羽に佐和山城を攻めてもらうか」
黒田 「御自身の城ですから」
秀吉 「よし。それで決まりじゃ」
使者を見る秀吉
秀吉 「京極高次に伝えよ」
使者 「はい」
秀吉 「妹君、楽しみに待っておる、とな」
使者 「はッ!」
秀吉に頭を下げ、急いで立ち返る使者
秀吉 「さて、京極の対応が楽しみじゃ」
再び食事を始める秀吉
帰って来た使者の報せに安堵した高次は直ぐに元明へ竜子との離縁を申し出る。当然、元明はこれを拒否。慌てた高次は佐和山城へ直接出向き今後の対応を協議する。元明としても光秀が敗北しては単独で秀吉に抗う術は無く、秀吉に臣従する決断をする。ただ、戦わずして入城した高次と違い、元明は佐和山城を攻め落としているので城を明け渡すだけでは済まない。そこで、高次は元明に恭順の意を示して秀吉に許しを乞う事を勧め、佐和山城下の宝幢院で謹慎させ都合よく竜子を引き取る。しかし、6月19日、佐和山に戻った丹羽長秀は手柄を焦り無抵抗の元明を殺害、佐和山城を奪い返したと自慢する。
竜子は「3人も子供がいるのに今さら側室など」と自害を決意するが、高次に子供達の将来を考えろと言われ生き抜く覚悟を決め、改めて秀吉の側室となり、持ち前の器量と美貌で秀吉の寵愛を一身に集め、兄の高次を大名として復活させる。
6月14日夜、坂本城攻めの軍議をしながら帰って来た物見の報せに厳しい表情で耳を傾ける官兵衛。気が気でない秀吉
秀吉 「どうした?」
黒田 「どうやら、我らは、明智の策に見事に嵌められた様です」
秀吉 「どう言う事だ?」
黒田 「坂本城に明智の兵はいないそうです」
秀吉 「城を捨てて逃げたのか?」
黒田 「はい」
秀吉 「何故?」
黒田 「明智は、こうなる事を始めから想定していたのでしょう」
秀吉 「まんまと、してやられたと言うのか?」
黒田 「道理で、亀山城への撤退が派手だった筈です」
秀吉 「ワシを最後まで愚弄しおって」
黒田 「煌々と灯した篝火。あれは、我らの目を自分に向けさせる為の策。迂闊でした」
諦めたかの様に大きく溜め息をする秀吉
6月15日早朝、妙覚寺
秀吉 「よいか!坂本城など跡形も無く焼き払え。何一つ残すな!」
秀吉は無人と分かっていても取り敢えず5千の兵を堀秀政に与え坂本城へ向かわせる。
苦々しい表情で見送る秀吉
黒田 「連れて参りました」
10人余りの足軽を秀吉の前に連れて来る官兵衛
その足軽達と共にゆっくりと奥の部屋へ入る秀吉
秀吉 「お前達には特別の仕事をしてもらう」
足軽 「光栄です。で、特別とは?」
秀吉 「安土へ向かえ」
足軽 「安土へ?」
秀吉 「安土城の天主を燃やすのじゃ」
足軽 「えッ!安土城の天主を・・・・・」
秀吉 「お前達が驚く事は無い」
足軽 「よ、よろしいのですか?」
秀吉 「物見の報せによると、安土城に明智の兵はおらん」
足軽 「しかし、安土城は・・・・・」
躊躇する足軽達
秀吉 「遠慮はいらん。明智の残党が火を放って逃げた事にすればよいだけじゃ」
足軽 「は、はあ」
今一つ思い切れない足軽達
秀吉 「簡単な事じゃ。首尾よく焼いて帰れば、褒美を存分に取らせる」
足軽 「そ、それは有難き幸せ。見事、安土城の天主を炎上させて参ります!」
秀吉 「うん。期待しておる」
秀吉の側で何も言わずに聞いている官兵衛
安土へ向かう足軽達
黒田 「本当によろしいのですか?安土城の天主を燃やすなど」
心配そうに秀吉に聞く官兵衛
秀吉 「目障りなのじゃ、あの城は。見ただけで腹が立つ」
秀吉の言葉に黙って頭を下げる官兵衛
秀吉 「安心せい。いずれワシが、安土よりも立派な城を建ててやる」
黒田 「楽しみにしております」
秀吉 「それと」
一呼吸置く秀吉
黒田 「何で御座いましょう」
秀吉 「安土へ向かわせた者達だが」
黒田 「はい」
秀吉 「帰って来たら」
黒田 「褒美ですね」
秀吉 「全員、殺せ」
黒田 「えッ?」
秀吉 「恐れ多くも、上様の城に火を点けた奴らじゃ。一人も生かすな」
冷たく言い放つ秀吉
黒田 「畏まりました」
6月15日午後、琵琶湖の東西で織田政権を象徴する様に華麗を誇った坂本城と安土城の天主が炎上する。この事によって秀吉は、信長の時代が終わった事を天下に示す。
秀吉 「見ておれ。これからは、ワシの世じゃ」
不気味な笑みを浮かべる秀吉