第14話・山崎の戦い・開戦間近
pixivに投稿した作品を修正・加筆したものになります。本能寺の変前後の1ヶ月を全18話にしました。
第14話・山崎の戦い・開戦間近
6月9日午前、参内を終え、公家達に取り囲まれる光秀の元へ斎藤が近づく。
斎藤 「殿。お報せしたい事が」
家臣達が公家達を押し退け控えの間に戻る光秀。
呆れた様に公家達を見る斎藤
斎藤 「分かっていた事とは言え、大変な騒ぎですな」
光秀 「ワシも、いい加減うんざりしておる」
斎藤 「しかし、この馬鹿騒ぎも今日までで御座います」
家臣 「どう言う事じゃ?斎藤殿」
光秀 「動いたのか?」
斎藤 「はい」
光秀 「で、誰じゃ」
斎藤 「羽柴です」
光秀 「やはり羽柴か」
斎藤 「既に、備中から播磨の姫路へ撤収を始めている模様です」
光秀 「何時の事じゃ」
斎藤 「先程帰りました探索の報せによると、3日前ですから6日の事です」
光秀 「思っていたより随分と早いな。やはり準備しておったか」
斎藤 「備中から全軍が引き揚げるには後1,2日は掛かると思われますので、急いでも姫路を発つのは8日か9日頃かと」
光秀 「9日とすれば、今日か」
斎藤 「通常の行軍なら、姫路から京へは5日か6日で着きます」
光秀 「羽柴の事じゃ。予想より早く進むとすれば、恐らく、京へ着くのは12日と言ったところか」
斎藤 「摂津の池田、中川、高山が味方してくれれば助かるので与力としての要請をしているのですが、大和の筒井共々、未だ返事がありません」
光秀 「どちらが優勢か、日和見しているのであろう」
斎藤 「それと、丹後の細川様ですが」
光秀 「細川殿がどうかしたのか?」
斎藤 「上様の喪に服する為、元結を切って隠居されたそうです」
大声で笑う光秀。驚く家臣達
光秀 「藤孝め。旨く逃げたな」
斉藤 「上様の喪に服すると言われれば、誰も文句を言えませんからな」
光秀 「初めから筒井と細川は当てにしておらん。まあ、そんな事であろう」
斎藤 「取り敢えず、近江、丹波の国衆に急遽、追加の陣触れを出しましたが、間に合うかどうか」
光秀 「無理な動員はしなくてもよい。特に、近江衆はそのまま坂本に留めよ。京に向かわせる必要は無い」
斎藤 「畏まりました。ただ、丹波の並河殿からは2千から3千は可能、との事です」
光秀 「それなら1万5千にはなる。それで十分じゃ」
斎藤 「羽柴は2万。それに、道中の国衆を次々従えながら京へ向かっているので、優に3万は超えていると思われます」
光秀 「信孝も加わるであろうから、最終的には4万か」
斎藤 「これは、暴れ甲斐のある戦になりますな」
光秀 「羽柴の動きから目を離すな。これまで以上に監視を強めよ」
斉藤 「はい」
光秀 「皆の存分な働き、期待しておる」
家臣 「はッ!」
御所を出た光秀は迅速に動く。
午後、馬に乗り数騎の家臣を従えただけで淀城と勝竜寺城の視察に向かい、周辺の地形を確認して夕刻、妙覚寺に戻る。
妙覚寺内軍議
光秀 「勝竜寺城も淀城も京を守る為の出城じゃ。特に、淀城は此度の戦では役に立たん。急ぎ、淀城に詰める兵は勝竜寺城へ移せ」
家臣 「淀城は捨てると」
光秀 「淀城は川に挟まれ、北に敵が回り込めば孤立して見殺しにする事になる。それに、羽柴は軍を分ける事は無い」
斎藤 「全軍で京へ向かうと?」
光秀 「正々堂々と挑まねば示しがつかんからな。それと、街道周辺の国衆に対し、数で圧力を掛けておるのじゃ」
斎藤 「確かに、2万を超える軍勢が近づけば従うしかありませんからな」
光秀 「奴は要領がよい」
斎藤 「しかし、上様とは乳兄弟の兵庫の池田は羽柴に従うでしょうが、茨木の中川、高槻の高山は未だに態度を明確に示していません。この2人を味方にすれば」
光秀 「後2、3日で羽柴が迫れば、その数に驚き、直ぐに羽柴に従うだろう。当てにするな」
斎藤 「はい」
広げられた地図をジッと見る光秀と家臣達。一点を鞭で差す光秀
光秀 「此処じゃ」
山崎を差している。
光秀 「西から京へ入るには必ず此処を通る」
斎藤 「山崎ですな」
光秀 「山と川に挟まれ東には湿地が広がり大軍は展開し辛い。数に劣る我らが迎え撃つとすれば、此処しかない」
斎藤 「しかし羽柴も、そこの所は読んでいるでしょう」
光秀 「その為、こちらが先に陣を構える」
斉藤 「先にですか?」
光秀 「奴の警戒を誘う」
斉藤 「羽柴にも此方の動きが逐一届いているでしょうからな」
光秀 「それ故、我らには既に迎え撃つ準備が出来ている、と余裕を示すのじゃ」
斎藤 「では、早速、出陣の準備を」
光秀 「うん。明日、勝竜寺城へ向かう。皆、覚悟して掛かれ」
家臣 「はッ!」
翌日の出陣に備え、一斉に行動を開始する家臣達
6月10日午前、参内し状況を説明しようとする光秀。しかし、秀吉が猛烈な速さで京へ向かっていると言う噂は既に公家達にも知れ渡り、昨日までと違って公家達は光秀と距離を取り、誰も近づこうとしない。
家臣1 「どうしたと言うのじゃ」
家臣2 「誰も寄って来んではないか」
廊下の端から光秀を見て囁き合う公家達。
光秀が近づくと知らぬ顔をして逃げて行く。
光秀 「手の平を反すとは、正にこの事じゃな」
天皇、親王は勿論、主な公家達は体調が悪いと言って誰も光秀に会おうとしない。
光秀 「正直なものじゃ」
諦め顔で御所を見渡す光秀
家臣1 「殿。ここは見事、羽柴を打ち負かし、公家達を見返してやりましょうぞ」
家臣2 「慌ててお世辞を言っても、それからでは遅いぞ!」
家臣3 「公家達の動揺が目に見える様じゃ」
大声で笑い威勢を張る家臣達。しかし、その笑いに元気が無い。
光秀 「気にするな。公家とはそう言うものじゃ。朝廷は常に、勝った者に味方する。そうする事で、生き残ってきたのじゃ」
御所の広々とした光景が冷たく感じる。しかし、光秀にはそれが清々しかった。
光秀 「勝てばよい。勝てばよいだけじゃ」
大きく頷く家臣達
結局、光秀は誰にも会えないまま、御所を後にする。
午後、光秀は軍勢を整え秀吉を迎え撃つ為に勝龍寺城へ向かう。
斎藤 「この城は思った以上に狭いですな。万を超える兵が入る事さえ出来ません」
光秀 「所詮、出城じゃ」
斎藤 「では、本陣のみ此処に置きますか」
光秀 「いや、此処では全体の様子が分からん。少し高くなった場所に本陣を置く」
斎藤 「近くに山と言うと・・・・・・」
光秀 「山である必要は無い。この城の少し南に丘があった。そこで良い」
山崎を主戦場に決めた光秀は御坊塚に本陣を置き、天王山の麓から淀川に流れる円明寺川に沿って堤から少し離れて等間隔で横一列に陣を張る。
斎藤 「西国街道に主力を置かなくても良いのですか?」
光秀 「あの川は川幅が狭い。何処を超えて来るかわからんからな」
斉藤 「しかし、間隔は取っていますが、横に長くなるので薄い布陣になります」
光秀 「構わん。羽柴には頭の切れる軍師が就いておる。思慮深い軍師は、手薄な布陣だと何か策があると思い警戒する」
斉藤 「しかし、一か八かですぞ」
光秀 「賭けるしかあるまい」
布陣を始める光秀
6月11日、勝竜寺城にいる光秀に次々と秀吉の周辺情報が伝えられる。
勝竜寺城内軍議
斎藤 「今日中に羽柴は摂津の尼崎に到着すると思われます」
光秀 「かなり慎重に進んでいる様だな」
斉藤 「畿内は殿の管轄ですから、周辺国衆の動きを警戒しているのでしょう」
光秀 「此方の様子を伺いながらの行軍か。距離は短いが、精神的には疲れるな」
斉藤 「それでも、明日には山崎へ到着するかと」
光秀 「いや、我らが先に陣を構ておる。直接、山崎までは進まん。羽柴が陣を張るのは恐らくその手前、富田じゃ」
斉藤 「では、到着と同時に奇襲を掛けますか?」
光秀 「いや、既に、多くの羽柴の斥候が此方の状況を嗅ぎ回っている。既に2人捕まえて斬り捨てた。迂闊には動けん」
家臣1 「しかし羽柴は、此方へ来るよりも先ず、信孝がいる大阪に寄るのではありませんか?」
光秀 「羽柴は大坂へは寄らん」
家臣1 「何と」
光秀 「大坂へ行けば、信孝に従う事になる」
家臣2 「羽柴は織田の家臣。従うのは当然では?」
光秀 「織田家は既に潰れておる。誰にも遠慮はいらん」
家臣3 「すると、羽柴は」
光秀 「己が天下を獲るつもりじゃ」
家臣1 「何処までも汚い奴!」
光秀 「それよりも、布陣は進んでおるか」
斉藤 「順次、配置を終えています」
ジッと地図を見る光秀
光秀 「最も西の端になるこの部隊だけ川を渡り、この山と川の間に陣を張ってもらいたい」
鞭で地図を差し指示をする光秀
斉藤 「羽柴の本陣を直接狙うのですな」
光秀 「陣を張るだけで動く必要はない」
斉藤 「脅しですか」
光秀 「警戒を誘えればそれでよい」
斎藤 「はい」
光秀 「恐らく、この陣は最後まで動く事はあるまい。右の抑えじゃ」
斎藤 「畏まりました」
光秀 「天気が不安定じゃ。羽柴は必ず雨を利用してくる。鉄砲隊には鉄砲の湿りに気を付ける様に伝えよ」
家臣達 「はッ!」
光秀 「取り敢えず今日、明日の戦闘は無い。兵達に充分な食事と休息を与えてくれ」
斉藤 「はい」
6月12日、勝竜寺城内軍議
斎藤 「予想通り羽柴は大坂へは寄らず、西国街道を京へ向かっています」
光秀 「大坂城に居る二人の慌てぶりが目に見える様じゃな」
斉藤 「それと茨城の中川、高槻の高山は羽柴に臣従した模様です」
家臣1 「中川も高山もあっさり臣従とは、情けない奴らじゃ」
光秀 「3万を超える軍勢が迫れば仕方あるまい」
家臣2 「殿からあれ程恩を受けておきながら、筒井も全く連絡を遣さんし、細川共々無礼千万!後でしっかりと仕置きしてやりましょうぞ」
光秀 「そうだな。厳しく叱ってやるか」
家臣3 「叱るだけでは生温う御座います。切腹とまではいかずとも、大幅な減封です!」
大きく笑う家臣達。ゆっくり頷く光秀。そこへ伝令が駆け付ける。
伝令 「申し上げます!」
一同、伝令の言葉に集中する。
伝令 「羽柴秀吉、富田に到着!」
光秀 「そうか」
斉藤 「いよいよですな」
光秀 「羽柴は先ず此方の布陣を確認する。山崎へ軍を進めるのはそれからじゃ。恐らく、布陣は明日の朝。各々、覚悟して掛かれ!」
家臣 「はッ!」
富田・宝積寺羽柴本陣
秀吉 「明智の状況はどうなっておる」
用意された床几に座る秀吉
黒田 「一昨日より、山崎と勝竜寺城の間にある円明寺川に沿って、横に長く陣を張っております」
秀吉 「我らを待ち構えているつもりか」
黒田 「余裕を持って」
秀吉 「何が余裕じゃ!明智は精々1万5千、こちらは3万5千!比べるまでもあるまい」
黒田 「単に兵数だけで明智様を侮ってはなりませんぞ」
秀吉 「策を施していると言うのか?」
黒田 「明智様は10日に出陣し11日には布陣を終えています。先陣は策を有利に進める為のもの。その証拠に、淀城が放棄されています」
秀吉 「我らが軍を分けないと読んでおるのか」
黒田 「はい」
秀吉 「う~ん。それでは、今日の布陣は無理か」
黒田 「明智様の狙いを見定めなければなりません」
秀吉 「何処までも厄介な奴じゃ」
黒田 「ただ、秀長様にだけは、申し訳ありませんがこの山」
天王山を差す黒田
黒田 「この山の麓に陣を張って頂きます」
秀吉 「直ぐにか?」
黒田 「はい」
秀吉 「秀長だけでよいのか?」
黒田 「はい。取り敢えず、2000で構いません」
秀吉 「う~ん」
地図を鞭でなぞりながら考え込む秀吉
秀吉 「奴は奇襲を仕掛けて来るつもりか」
黒田 「最初に我らが此処へ陣を張る事で、明智様も策に気付かれた事に気付きます」
秀吉 「成る程」
黒田 「唯の脅しかもしれませんが、用心に超した事はありません」
秀吉 「誰か、あの山の名前を知っている者はおるか」
家臣 「はッ!天王山で御座います」
秀吉 「天王山か。うん。よい名じゃ」
黒田 「運命を決するに最も相応しい名かと」
秀吉 「此度の戦、『天王山の戦い』と言う訳だな」
黒田 「はい」
秀吉 「気に入った!」
臣達 「はッ!」
頭を下げる家臣達
秀吉 「秀長!頼んだぞ」
秀長 「任せておけ兄者。明智に不意打ちはさせん!」
本陣を出て行く秀長を頷きながら見送る秀吉。
秀吉 「で、我らはどうする」
黒田 「取り敢えず、明日までは様子見となります」
秀吉 「このままか?」
黒田 「はい。明智様の予想を超える速さで引き返したつもりでしたが、どうやら、明智様は我らの速さに合わせて動いた様です」
秀吉 「流石は明智じゃな。これは、褒めてやるしかあるまい」
諦めの薄ら笑いをする秀吉
秀吉 「ところで官兵衛よ。我らにも何か策はあるのか?」
黒田 「今、考えております」
秀吉 「明日までに考えろ」
黒田 「はい」
秀吉 「全軍に伝えよ。出陣は明日の夜明けじゃ。それまでは、ゆっくり休め」
臣達 「はッ!」
夕刻、4000の兵を従えた信孝と丹羽が大坂から秀吉の本陣へ押し掛ける。