第13話・中国大返し・姫路以東
pixivに投稿した作品を修正・加筆したものになります。本能寺の変前後の1ヶ月を全18話にしました。
第13話・中国大返し・姫路以東
6月6日、3日の午後に先発した足軽達が次々と姫路城に帰って来る。
足軽1 「酒!酒をくれ!!」
足軽2 「ワシにも酒じゃ!」
酒樽が城門の前にズラリと積まれている。
足軽1 「これじゃこれじゃ!」
足軽2 「これが楽しみでここまで頑張ったのじゃ」
柄杓で酒を掬って飲む足軽達
足軽1 「五臓六腑に染み渡るとは、正にこの事じゃ」
足軽2 「生き返るのう」
足軽3 「これで飯が食えたらな~」
足軽4 「お~い。こっちに飯があるぞ!」
足軽3 「お~握り飯が並んでおる。ワシは、夢を見ておるのか?」
足軽2 「ほ、本当に、好きなだけ飲み食いしてよいのか?」
城兵1 「8日までは制約も拘束も無い。自由に過ごせとのお達しじゃ」
足軽3 「ほ、本当に自由にしていてよいのか?」
城兵2 「殿は嘘を吐かん!」
足軽4 「8日と言う事は・・・・・・今日を入れて3日もあるぞ!」
足軽達 「おお~」
足軽1 「苦労して帰って来た甲斐があったな~」
足軽2 「羽柴様様じゃ」
足軽3 「神様、仏様、羽柴様じゃ!」
足軽達に安堵の笑いが起こる。
足軽1 「ところで、ワシらは何で姫路へ帰って来たのじゃ?」
城兵1 「何じゃ。お前ら知らんのか」
足軽2 「ワシらが聞いたのは姫路へ向かえ。それだけじゃ」
足軽3 「途中の村では飯が好きなだけ食えるし、何と言っても姫路では酒も飲み放題というからな」
足軽1 「備中におった者達は皆、それが楽しみで必死になって帰って来たのじゃ」
城兵2 「呆れた奴らじゃのう」
足軽2 「で、何があったのじゃ?」
城兵1 「明智様の謀反じゃ」
足軽達 「・・・・・・・・・・・」
皆、信じられない、と言った顔をしている。
足軽1 「あ、あの、明智様が謀反?」
足軽2 「冗談にも程があるぞ!」
城兵1 「冗談でこんな事が言えるか!」
足軽1 「ま、真の事なのか?」
城兵2 「残念じゃが、真の事じゃ」
足軽2 「すると上様は、上様はどうなったのじゃ!」
城兵1 「信忠様と共に自害されたそうじゃ」
足軽3 「では、我らは」
城兵2 「上様の弔い合戦に向かう!」
足軽達 「おお~」
目的を知り奮起する足軽達
足軽1 「成る程。そういう事か」
足軽2 「納得した!」
足軽3 「そうと分かれば」
足軽1 「思いっ切り飲むぞ!」
足軽達 「おおッ!」
城兵2 「何でそうなるのじゃ?」
今までの疲れなど吹き飛び、一気に酒を飲み始める足軽達
6月7日午後、秀吉の本隊が姫路城に到着する。
あちらこちらに酒に酔ってそのまま寝ている者がいる。皆、好きなだけ飯も食べ、満足気な顔をしている。そんな足軽達の様子を嬉しそうに頷きながら見る秀吉
秀吉 「酒は充分に集めたか」
黒田 「国中の酒を集めさせました」
秀吉 「上様から預かった軍資金は使い切って構わん。米と酒は絶対に切らすな」
黒田 「はい」
秀吉 「それと、直ぐに引き揚げの状況を調べよ」
家臣 「はッ!」
夜、姫路城御殿内軍議
黒田 「先ず、引き揚げの状況ですが、陣払いをする荷駄隊を除き、本日中に全軍、姫路への撤収が完了しました」
秀吉 「取り敢えず、明日までは飲み食い自由じゃ。帰って来た足軽達に思い切り振る舞ってやれ」
黒田 「はい」
秀吉 「毛利の動きは?」
黒田 「小早川殿が上手く抑え、安芸へ撤収しています」
秀吉 「小早川には、何か褒美を考えておいてやらねばならんな」
黒田 「はい」
秀吉 「明智の様子はどうなっておる」
黒田 「明智様は上様、信忠様襲撃後、近江へ向かった模様です」
秀吉 「先ずは近江を抑えるか」
黒田 「安土も佐和山、長浜も留守居しかおりません。2,3日もあれば制圧できましょう」
秀長 「長浜の母者と姉者はどうなる?人質に取られると厄介じゃ」
秀吉 「その事なら心配いらん」
秀長 「大丈夫なのか?」
秀吉 「避難先は既に用意してある」
秀長 「流石兄者じゃ。抜け目がないのう」
秀吉 「明智は定石を外さん」
黒田 「その点、明智様の行動は予想がし易すう御座います」
秀吉 「近江の次は我らへの備えか」
黒田 「はい。そもそも、明智様は我らの救援要請を信用していない筈」
秀吉 「だろうな」
黒田 「分かっていて、謀反を起こしています」
秀吉 「我らが引き返す事も計算済みか」
黒田 「問題は、何日かかると予想しているか、です」
秀吉 「何日だと思う?」
黒田 「2万の移動ですから通常なら一月、急いで20日。しかし、その為には先ず、毛利と和睦をしなければなりません。明智様がこちらの戦況を何処まで把握しているか、です」
秀吉 「急いで20日か」
黒田 「2万人分の準備が必要ですから」
秀吉 「明智の事じゃ。それ位では考えておろう」
黒田 「恐らく」
秀吉 「奴の予想を超えねばならん。出来ればその半分。10日で帰るぞ」
黒田 「ただ、兵の疲弊も考えなければなりませんので、無理はできません」
秀吉 「幸い、姫路までは3日で帰れた」
黒田 「各村々に配置していた荷駄隊があっての事。姫路より東は駅こそ置きましたが荷駄は用意しておりません。今まで通りと言う訳にはいきませんぞ」
秀吉 「それもそうじゃが、普通だと、姫路から京まで何日かかる?」
黒田 「おおよそ30里。通常、1日6里の行軍で5日」
秀吉 「4日じゃ。4日で京へ行く。それなら可能であろう」
黒田 「4日分の米なら直接持たせ、荷駄も足軽達に運ばせれば」
秀吉 「明智の謀反から今日で5日。1日休んで4日で行けば、ちょうど10日になる」
黒田 「しかし、播磨より東、畿内は明智様の管轄。与力を務める兵庫の池田、茨木の中川、高槻の高山の動きには、特に注意が必要です」
秀吉 「智謀に長ける明智の事じゃ。姫路より先は警戒して進まねばならんか」
黒田 「明智様からも当然、与力としての要請が来ているものと思われます」
秀吉 「その3者、何とかして調略せねばならんな」
黒田 「既に探りは入れています。が、今の所、3者とも立場を明確に示していません」
秀吉 「思い切るだけの切っ掛けが必要、と言ったところか」
黒田 「いっそ、上様が生きている、と言う噂でも流しますか?」
秀吉 「何故、播磨にいるワシにその様な事が分かる?」
黒田 「首が晒されていない以上、確信の持てない者は自信をもって言い切った方を信じます」
秀吉 「そんな見え透いた嘘を吐いてどうする。嘘は吐き通して事実にならなければならんのじゃ。直ぐに分かってしまう嘘を言えば、次からワシの言う事を誰も信じなくなる。ワシの信用を無くすだけではないか」
黒田 「人々の不安を利用した情報の撹乱。これも戦略です」
秀吉 「だがな、謀反を起こしたのは明智じゃ。万に一つも、明智が上様を討ち漏らすなど、誰も思っとらんわ!」
黒田 「確かに。これは、申し訳ございません。では、我らはどの様に?」
秀吉 「簡単な事よ」
黒田 「簡単とは?」
秀吉 「我らの進軍の状況を伝えよ」
黒田 「それだけ、ですか?」
秀吉 「今、何処に居る。明日は何処まで進む。後、何日で京に着く。唯、それだけで良い」
黒田 「成る程。これは分かり易く、かなりの圧力となりますな」
秀吉 「躊躇う暇を与えるな。我らは直ぐそこまで来ている。早く決めないと踏み潰されてしまう、とな」
黒田 「目に見えて迫る恐怖。流石は我が殿。御見逸れ致しました」
秀吉に頭を下げる黒田
秀吉 「京へ向け、直ぐに乱波を走らせよ」
黒田 「畏まりました」
秀吉 「備中の高松から播磨の姫路まで2日で帰った事にして触れまくれ」
黒田 「いくら何でも25里はありますぞ。それを2日で?」
秀吉 「いや、待て。それだけでは面白くない」
黒田 「まだ、何か付け加えるのですか?」
秀吉 「そうじゃな・・・・・・・」
暫く考え込み、手を叩く秀吉
秀吉 「そうじゃ!荒れ狂う嵐の中を、じゃ」
黒田 「これと言って雨も降っていませんでしたが」
秀吉 「構わん。大阪や京の誰がそれを知っておる?現に、ワシは姫路にいるではないか」
黒田 「如何にも」
秀吉 「嵐の中を2日で姫路。これで決まりじゃ!」
黒田 「はッ!」
秀吉 「嘘と噂は違う。噂と言うのは大袈裟な程良いのじゃ」
黒田 「仰る通りで御座います」
秀吉 「それと、もう一つ」
黒田 「はい」
秀吉 「大坂の津田、住吉の信孝と丹羽はどうしている。明智の謀反が2日なら、まだ四国へは渡っていなかった筈」
黒田 「その事ですが、面白い報せが入っております」
秀吉 「ほほ~う。面白いか」
黒田 「謀反の報せは2刻もせずにもたらされましたが、あっという間に兵達に広がり、殆どの兵が我先にと逃げ出したそうです」
大声で笑う秀吉
秀吉 「直ぐに上様の弔い合戦に臨んだのかと思えば」
黒田 「残ったのは3千から4千との事です」
秀吉 「それでは、動くに動けんな」
黒田 「我らが来るのを、首を長くして待っているものと」
秀吉 「先を越されるのではと心配したが、とんだ取り越し苦労であった」
黒田 「左様。その代わり」
秀吉 「その代わり?」
黒田 「2日の午後、大坂城代の津田信澄様を討ち獲ったそうです」
秀吉 「はあ?」
黒田 「明智様と謀反を共謀していた為だそうです」
秀吉 「苦し紛れの言い訳じゃな」
黒田 「津田様にとって明智様の謀反は正に寝耳に水」
秀吉 「そう言えば、津田殿は明智の娘を正室にしていた筈」
黒田 「とんだとばっちりです」
秀吉 「まったく、あの二人は何をやっておるのじゃ」
呆れる秀吉
秀吉 「よし!今日、帰って来た者達にも楽しみが必要じゃ。足軽達も明日までは自由にさせてやれ」
黒田 「はい」
秀吉 「姫路出陣は、1日置いて9日朝とする!」
家臣 「はッ!」
西国街道を羽柴軍が驚異的な速さで引き返している、と言う噂が京へ向け一気に広がる。明智に就くか秀吉に就くか、街道沿いの国衆は即座に対応を迫られる。しかし、秀吉の素早い行動と流れて来る噂に状況を判断する余裕を無くし、次々と秀吉の勢いに呑まれていく。特に、京へ向かうには障害となる西国街道沿いを治める明智の与力大名、兵庫の池田、茨木の中川、高槻の高山へは直接使者を送り
『大義名分は我にあり。謀反人に組するなかれ!』
と明智討伐の正当性を主張し、秀吉に就く有利さと得を説いた。態度を決めかねていた3者は迫り来る羽柴勢を目の当たりにし、秀吉に従う判断をする。そのお蔭で、重要な街道沿いの国衆を次々味方に就けた秀吉は、兵力を増やしながら京の手前まで足止めを受ける事無く一気に進む事が出来た。
6月12日、羽柴進軍の状況を喜んだ大坂城にいる信孝、丹羽の二人は当然、秀吉が自分達に挨拶に来ると思っていた。秀吉も自分達が大坂城にいる事は知っている筈である。しかし、秀吉は二人を無視するかの様に大坂城へは向かわず摂津・富田に本陣を置く。何時まで経っても一向に挨拶に来ない秀吉に慌てた二人は、兵を整え急いで秀吉の本陣へ向かう。
信孝 「織田信孝じゃ!羽柴はおるか!!」
秀吉の家臣達を押し退け、秀吉の元へズカズカと進む信孝と丹羽。
秀吉 「騒々しいのが来たな」
黒田 「本当によろしかったのですか?」
秀吉 「何がじゃ?」
黒田 「信孝様と丹羽様です」
秀吉 「こちらから出向けば、あの二人は図に乗ってしまう。今は立場が逆である事を教えてやらねばならん」
秀吉の陣幕へ苛立った様子で入って来る信孝
信孝 「羽柴!!」
秀吉 「これは信孝様。その慌て振り。一体、どうされました?」
丹羽 「どうされましたではないぞ、羽柴殿!」
秀吉 「丹羽様も。少しは落ち着きなされよ」
信孝 「何が落ち着けじゃ!」
丹羽 「羽柴殿も信孝様が大坂城にいる事はご存じの筈。それなのに、挨拶にも訪れず素通りするとは、無礼ではないか!」
信孝 「ワシを無視するつもりか!」
秀吉 「お二人を無視するなど、とんでもありません」
丹羽 「では、何故、大坂城に寄らなかった!」
秀吉 「私はてっきり、お二人は長曾我部攻めの為、四国へ行っているものと思っておりました」
信孝 「長曾我部攻めは中止じゃ」
吐き捨てる様に言う信孝
秀吉 「はて?四国遠征は6月3日だった筈。今日は6月12日。未だ、そのような連絡は受けておりませんが」
丹羽 「上様と信忠様が明智の謀反で亡くなられたのじゃ。今、我らに指示を出すお方がおらんではないか」
秀吉 「それで、何もせずに大坂城に居たと?」
信孝 「ワシとて唯、手を拱いていた訳ではない!ちゃんと津田信澄を討ち獲っておる」
丹羽 「そうじゃ。少なくとも、仇の一人は討った」
秀吉 「何故、信澄様を討ち獲られる。本当に信澄様は明智と共謀していたのですか?」
信孝 「そ、それは・・・・・」
返事に困る信孝
丹羽 「信澄様は明智の娘を正室にしておるではないか。共謀しているに違いない!」
信孝 「そ、そうじゃ。信澄は明智の仲間じゃ!」
秀吉 「証拠はおありか?」
信孝 「しょ、証拠・・・・・・・」
おどおどとする信孝
丹羽 「羽柴殿。今はこの様な話をしている場合では御座らん。そもそも、我らが此処へ来たのは、目の前の明智とどう戦うかを決める為」
話を切り替えようとする丹羽
丹羽 「羽柴殿の事じゃ。既に、明智側の状況は把握しておろう」
秀吉 「はい。京を戦禍に巻き込まない様、この先の山崎に陣を構えております」
丹羽 「先陣を構えられたか」
秀吉 「10日に勝竜寺城に入り、11日には布陣を終えております」
信孝 「で、我らはどうするのじゃ」
秀吉 「我らも京を戦禍に巻き込む気はありません。明日の朝、山崎へ軍を進めます」
信孝 「山崎か・・・・・・」
地名を聞いても山崎が何処なのか分からない信孝
秀吉 「ところで、信孝様の本隊は何時、此方へ到着の予定ですか?」
兵達に逃げられた事を知っていながら惚けたふりをして聞く秀吉
信孝 「うッ!」
気まずい顔をする信孝と丹羽
秀吉 「知らせによると、率いて来られたのは3千から4千。確か、四国遠征は2万と聞いております。残り、1万6千が我らの軍に加われば、我らの3万5千と合わせ5万を超える兵力となります。明智は精々1万5千。数において完全に明智を圧倒できます」
信孝 「・・・・・・・・・・・」
黙り込む信孝
丹羽 「そ、それが・・・・・・」
言葉が続かない丹羽
秀吉 「どうされました?」
丹羽 「い、いや・・・・・・・」
秀吉 「まさか、今、率いて来られた兵が全てとか?」
言葉に困る二人を見てニヤリとする秀吉。ポン、と手を叩く
秀吉 「成る程。既に、勝竜寺城へ向かっておられるのですな。流石、信孝様です」
丹羽 「我らもそうしたいところなのじゃが、色々と都合があってな。取り敢えず、率いて来た4千で全てじゃ」
信孝も丹羽も兵に逃げられたとは言えず、秀吉もそれ以上は追い込まず、わざと話を逸らす。
秀吉 「ところで、今回の明智討伐の総大将ですが」
信孝 「そうじゃ。総大将じゃ!」
丹羽 「おお、大事な事を忘れておった」
話が逸れた事で一安心する信孝と丹羽
秀吉 「この度の戦は上様、信忠様の弔い合戦。ここは、上様の次男、信孝様が総大将になられるのが最も相応しいかと」
信孝と信雄のどちらが次男かを2人が争っている事を知っている秀吉は、わざと信孝が次男である事を強調して持ち上げる。秀吉の言葉に機嫌をよくする信孝
信孝 「うん。羽柴の言う通りじゃ。ここは、父上の次男であるこのワシが、明智討伐の総大将に最も相応しい」
丹羽 「信孝様が総大将になれば、兵達の士気も揚がると言うもの」
喜ぶ二人に軽蔑の眼差しを向ける秀吉
信孝 「じゃが、ワシは総大将じゃ。総大将はドッシリと構えておらねばならん。その為、直接采配するのは羽柴、お前じゃ。よいな!」
丹羽 「羽柴殿。明智討伐の采配、お任せしましたぞ」
秀吉 「ははッ!不肖ながらこの羽柴秀吉、恐れ多くも信孝様に代わり明智討伐の采配、執らせて頂きます!」
信孝 「うむ。大儀じゃ」
丹羽 「羽柴殿。存分にやりなされ」
秀吉 「はい。お任せあれ!」
信孝に白々しく頭を下げる秀吉
満足気に高笑いをしながら秀吉の本陣を出る信孝と丹羽は、秀吉の本陣の隣に陣を張る。
ゆっくりと体を起こす秀吉
秀吉 「やれやれ。やっと帰ったか」
黒田 「ご苦労様でした」
秀吉 「ふん。いずれ、あの二人は蹴落としてくれるわ」
黙ったまま頭を下げる官兵衛