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明智光秀  作者: tosahime
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第1話・賭け

pixivに投稿した作品を修正、加筆したものになります。本能寺の変前後の1ヶ月を全18話にしました。


第1話・賭け


厳しい表情で水に浮かぶ高松城を見下ろしながら握り飯を食べている秀吉

本陣へ駆け付ける伝令

伝令 「申し上げます!」

秀吉 「何じゃ!」

苛ついているのが誰の目にも分かる。

伝令 「清水宗治より、条件を受け入れるので、早く、和睦をしたいとの由」

秀吉 「早い!早い早い早い!!」

伝令 「しかし、和睦の申し入れ、これで3回目に御座います」

秀吉 「もう少し引き延ばせ!」

伝令 「城内では食料も尽き、最早、その余裕が無いと思われます!」

秀吉 「ならば食料を送ってやれ!」

伝令 「食料を、ですか?」

秀吉 「取り敢えず3日分送ってやれ!清水には『上様の下知を待っている』と伝えよ」

伝令 「はッ!」

走り去る伝令

落ち着かない様子で握り飯を持ったまま陣幕内を歩き回る秀吉

秀吉 「官兵衛よ、奴は本当に動くと思うか?」

黒田 「はい、必ず」

秀吉 「ワシの首を賭けて二度とない機会を与えてやったのだ。気が付いてもらわねば困る!」

黒田 「明智様は先ず坂本で兵を整え丹波へ向かいます。兵を率いて京を通る時、この好機に必ず気付きます」

秀吉 「だが、奴のバカ正直さが気になる」

黒田 「『欲』の無い武将などおりません」 

秀吉 「お前がそれを言うと怖いのう」

黒田 「申し訳ありません」

握り飯を食べ終え水を飲む

秀吉 「後は上様じゃ」

黒田 「その点も、心配いりません」

秀吉 「本当に上手くいくのか?」

黒田 「はい。上様は殿の窮状を信じておりません」

秀吉 「はっきりと言うではないか」

黒田 「吉川、小早川と合わせ8万ですからな。さすがの毛利でも今の時期、8万もの動員は不可能です」

秀吉 「8万と書けと言ったのはお前ではないか」

黒田 「明らかに『嘘』と分からせる為です」

天を仰ぐ秀吉

秀吉 「上様のお怒りの様子が目に見えるようじゃ」

黒田 「それでいいのです」

秀吉 「ワシは毛利よりもその事の方が怖いぞ」

自信ありげにニヤリと笑う官兵衛

黒田 「明智様の事です。嘘と分かっていても、もしもの事を考え、取り敢えず8万を想定して兵の動員を計るでしょう。殿が2万。明智様が2万。残り3万を畿内の与力大名に要請します。更に、2万が四国の長曾我部攻めのために大坂に控えていますので、上様は馬廻り衆を中心とした僅かな手勢で京へ移る筈です」

秀吉 「今の畿内は織田が抑えておるからな」

黒田 「その畿内を管轄するのは明智様です」

秀吉 「あけちィ~」

黒田 「明智様は必ず気付きます。そして、動きます。例えそれが、策略と分かっていても、です」

後ろに手を組み、陣幕内を行ったり来たりしている秀吉 

備中で毛利攻めを進めている秀吉は目の前の敵よりも、遠く安土にいる男の事を考えていた。日本一の大大名を相手に戦をしているのである。信長に救援の為の援軍を求めても大義名分は立つ。信長も毛利が相手なら仕方がないと思うだろう。

事実、秀吉の思惑通り、信長は家康接待中であるにも関わらず光秀へ出陣を命じた。

安土城明智屋敷内、堺より取り寄せた南蛮菓子を家康に勧めている光秀

小姓が部屋の外から声を掛ける

小姓 「明智様、上様がお呼びです」

光秀 「上様が?分かった。直ぐに参る」

家康の接待中であることを知っていながらの呼び出しに嫌な予感がする光秀

光秀 「徳川様。上様に呼ばれましたので、暫く席を離れます」

家康 「ご苦労様です」

光秀に頭を下げる家康

光秀 「では、失礼します」

部屋を出る光秀

怪訝な表情で見送る家康

安土城信長居室前

光秀 「明智光秀、参りました」

信長 「入れ!」

廊下に控える小姓が障子を開く

落ち着かない様子で座っている信長

信長 「兵を整え備中に向かえ」

光秀 「備中、ですか?」

光秀が部屋に入るなり命令する信長

信長 「軍の編成はお前に任せる」

信長の前に座る光秀

秀吉からの手紙を光秀に渡す小姓。

手紙に目を通す光秀

信長 「毎日届いておる。ワシに助けてくれと矢の様な催促じゃ」

光秀 「余程、追い込まれているのでしょう」

信長 「大物を言っておいて、役に立たん奴じゃ」

呆れた様に言う信長。

何も答えず頭を下げる光秀

信長は秀吉に対し、その才能を認めてはいたが常に警戒もしていた。

光秀が坂本、秀吉が長浜の築城披露に信長を招待した時、信長は光秀の坂本城へは行ったが、秀吉の長浜城へは行かなかった。信長は秀吉による下剋上を本能的に警戒したのである。その為、信長は長浜と安土の間にある佐和山城に丹羽長秀を置き、秀吉の謀反に備えていた。

信長 「本当に助けが必要なのかどうか、お前の目で確かめてまいれ」

光秀 「はい。して、徳川様はこの後、どの様に」

信長 「安土での饗応も今日で3日じゃ。後は状況を伝え、京と堺の見物でもして帰らせればよい。信忠を同行させれば文句はあるまい」

光秀 「はい」

家康の饗応に飽きていた光秀はほッとする。

天正5年8月、信長は上杉と対峙する柴田の救援として秀吉を向かわせるが柴田と作戦で対立。直ぐに兵を長浜へ撤収した為、柴田は手取川の戦いで上杉に大敗、撤退を余儀なくされ越前を失う。当然、秀吉の勝手な行動に信長は激怒したが、秀吉の巧みな弁明にまるめ込まれ謹慎処分で済ませる。そして、そんなに自分に自信があるのなら、と名誉挽回の機会として僅か2ヶ月後、秀吉に毛利攻めを命じた。しかし、案の定、秀吉は本領安堵の調略を専断で行い、在地勢力を自分の支配下に組み込み、攻略した播磨と但馬を信長の許しも得ずに領有して統治を始める。秀吉にしてみれば、光秀も丹波を攻略して丹波一国を貰ったのだから自分も攻略した播磨と但馬を領有して当然、と言う事になるのだろうが、光秀は丹波攻略の褒美として信長から丹波の領有を許されたのであって勝手に領有した訳ではない。信長の秀吉に対する怒りと不信は頂点に達する。

信長 「『お任せ下さい!』と調子よく言っておきながら『助けてくれ』とは情けない奴じゃ」

光秀 「相手は毛利。救援を求めるのは致し方ないかと」 

信長 「奴の事じゃ。ワシを呼び出すための策略かもしれん」

光秀 「その可能性はあります」

信長 「その為、先ずお前を遣わす。もし、戦況に偽りがあれば、その時はワシの手で今度こそ成敗いたす。奴の首をしっかりと押さえておけ」

光秀 「はい」

信長 「今回の毛利攻めも信忠を総大将とする。光秀。信忠を頼んだぞ」

光秀 「畏まりました」

頭を下げた光秀の前を通り部屋を出る信長。

体を起こす光秀

光秀 「やれやれ、今度は備中か。まったく、世話の焼ける奴だ」

大きくため息をする光秀

天下は既に信長が半分有している。その為,安土から京都への移動もたった100人程度の供周りしか連れていない。天下人としての自信と、自分には光秀が付いている、という安心感が信長を無防備にさせている。その状況を知っている秀吉は歯痒くてならない。

秀吉 「なぜ明智は上様を討たん。天下が目の前にあるではないか」

しかし光秀は、信長が自分を信用する以上に信長には尊敬と恩義を感じていた。そして秀吉は、常に信長の近くに置かれ、京都を挟む丹波と近江の領地を与えた信長の光秀への寵愛が許せなかった。秀吉の光秀に対する憎しみと信長に対する逆恨みは強くなるばかりである。

信長の家臣の中で秀吉は一番の出世頭に思われているが、実際の出世頭は光秀である。秀吉は織田家で今の地位に着くまでに30年かかった。しかし、光秀は僅か10年で織田家宿老達を押し退け織田家筆頭の扱いである。しかも、信長からの信頼も厚い。織田家臣団の中で光秀は快く思われず妬みの対象になっていた。

宣教師、ルイス・フロイスは光秀を「功績抜群、武将の鏡、忍耐力に富み、計略と策略の達人、教養の高い文化人で誠実」と称えている。

そこで秀吉は、光秀の家来としてではなく、武将としての『欲』、『野望』に賭けた。光秀に軍勢を動かすきっかけを作ったのである。援軍と言う形で。

攻略中の高松城、清水宗治とは既に和議の調整が進んでいる。もし、光秀がそのまま備中に来ても

秀吉 「明智様援軍、と聞いて敵は降伏いたしました。さすがは武勇名高き明智様。御見それいたしました」

と言えば済む事である。しかも水攻めの為、自軍は休養十分。もし、思惑通り光秀が謀反を起こせばいつでも京都へ引き返す事が出来る。

今、最大の問題は異変を毛利へ知らせない事である。そのため、秀吉は城の包囲よりも、人が通れそうな全ての道への軍勢配置に重点を置き、西へ向かう者は特に厳しく取り締まった。更に、京から備中に至る街道の主な村ごとに駅を造り早馬を待機させ、光秀と信長の日々の動向を駅伝方式で逐一報告させた。村の者達も、初めは毎日何度も行き来する早馬に驚いたが、直ぐにそれが日々の光景となり、早馬が異変と感じる者はいなくなった。

秀吉 「上様と明智の動きはどうなっておる」

黒田 「明智様は近江で兵を整え丹波へ向かい、丹波で国衆の動員を図っています。が、上様は徳川様のお相手をする訳でもなく、安土でのらりくらりと過ごしている御様子」

秀吉 「上様は何もしておらんのか?」

黒田 「はい。恐らく、明智様からの報せを待っているものと思われます」

秀吉 「あけちィ~」

悔しさを滲ませる秀吉

黒田 「兵を率いて安土へ向かう事は出来ません。その為の救援要請なのですが、今の所、効果はまだ」

秀吉 「しかし、手紙を毎日送るのは、流石に怪しまれんか?」

黒田 「それでいいのです。上様は間違いなく怒ります」

自信を持って答える官兵衛

秀吉 「だから、ワシはそれが一番怖いと言っておるのじゃ」

満足気に頷く官兵衛

黒田 「怒った上様は、自ら殿を手打ちにしようと必ず動いて来ます」

秀吉 「ワシは上様に手打ちにされるのか?」

黒田 「はい」 

秀吉に頭を下げる官兵衛

秀吉 「はい、で済む事か!」

黒田 「上様には何としても安土から出てもらわなければなりません」  

秀吉 「仕方が無い。救援を急ぐ様、更に催促の手紙でも出すか」

黒田 「毛利の本隊が予想よりも早く動いている事にして、思いっ切り大袈裟に」

秀吉 「よし!こうなれば何でも書いてやる。紙と筆を持って参れ」

家臣 「はッ!」

書状を書き始める秀吉

秀吉 「お前に全てを賭けたこの好機。何としても活かしてくれ!」

吉と出るか凶と出るか、これほど落ち着かない日々を過ごすのは初めてである。たとえ納得済みとはいえ、信長に救援を求めるなど自分の無能を認める事になり、決してしてはならない事である。このままだと織田家追放だけでは済まないだろう。秀吉は後に引けない切羽詰まった状況になっていた。

秀吉 「頼む。殺ってくれ、明智!!」

今、秀吉の運命を光秀が握っている。


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