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過去の戯言

作者: life yell

 男は自分のデスクに座って新聞を読んでいた。机の上には何社かの新聞が積み重なっていた。すべて子飼いの新聞社である。すでにチェック済みなのであろう、それらは乱れていた。

 私が部屋に入っていくと男はチラッと顔を上げたが、すぐに新聞に視線を戻した。

「すぐに終わるから、そこにかけて待っててくれ」

 私は何も言わずに部屋の中央にあるソファーセットに腰を下ろした。相変わらず座り心地の悪いソファーである。スプリングが硬すぎていまいち落ち着かない。これでは安物と同じだ。

 男にとってそんな私の不満は眼中にないようであった。もっとも、彼の場合このソファーがパイプ椅子だったとしても気にしないだろう。彼の関心は謀しかないのだから。

 私が尻の位置を調整していると、膝の上に折りたたまれた新聞がおかれた。男はあくびをしながら私の向かいに腰を下ろすと、大きく伸びをした。

 どうやら読んでみろということらしい。

『テロ組織がF区に侵入、建物爆破により死者多数』という見出しとともにセンセーショナルな言葉が踊っていた。

「今回は上手くいきそうなのかい?」

 私は言った。

「今回も、と言ってほしいね。そりゃ上手くいくさ。この日のためにどれだけ用意してきたと思う。北でやってる紛争などとは名ばかりの茶番にも付き合ってやったんだ、上手くいってもらわなくちゃ困るよ」

 私は新聞を畳んで男に返した。彼はそれをぐちゃぐちゃに丸めるとゴミ箱に投げすてた。

「相変わらずつまらない記事だね」と私は言った。「毎度毎度言っていることは同じじゃないか。これじゃあいつか勘づかれるんじゃないか」

「大衆は君みたいにクズじゃないさ。書かれていることを素直に信じ込む。紙面の上に人の不幸があるのなら、素直に涙を流すんだ。同じことだって? そりゃそうさ。有史以来人間の不幸なんてだいたい相場が決まってる。似て当然さ」

「それにしたって、なあ」

「大げさなら大げさなほど、ドラマチックであればドラマチックなほど、人々は陶酔する。それが遠い国のこととなれば猶更さ。今回だって同じさ。それはそうと、君、ちゃんと財布は空けてかい? またまた儲け話だからな。入りきらなほど金が降ってくるぞ」

 そういって男は笑った。禿げ上がった額にまで皺が寄った。

 私は筋張ってしみの浮いた自分の手を見た。この男と同様、私も随分と歳を取った。残された時間は少ないだろう。頭だっていつまで回るかわからない。暇つぶしにしては長すぎるし、何かを成し遂げようと思えば短すぎる。人生とはままならないものだ。

「それにしても、よく都合がついたじゃないか。あちらさんやあちらさんのテロ組織だってカツカツだったのに。いったい何処からお金を工面したんだい?」

「なあに、海外にあいつらの凍結資産があったのさ。アホな酋長を蹴とばして解除してやったんだ。もちろん今回の騒動と引き換えにね。あいつらにはそれ相応の金が戻ってきて、テロ組織にもそこから必要経費が渡る。三方良しってもんだ」

「なら武器はどうしたんだい? 急に工面出来るようなもんでもないだろ」

「すぐ近くに戦争ごっこをやってる国があるだろ。あいつらに武器を横流しさせたんだ。儲け話を持って行ってやったらすぐに食いついてきやがった。あとの説明はいらんだろ。あいつらの欲の皮は立派なもんさね。自国民がいくら殺されようとへっちゃらとくる。俺だって関心しちまうよ」

「だが、彼らのやってることは、俺たちがこの国でやってることの焼き直しに過ぎないぞ」

「そうだな、俺たちが育ての親みたいなもんだからな。自然と似ちまうんだろ。修練進化みたいなもんだ」

 私は自分がまだ若かったころ、半世紀以上前のことを思い出した。何かにつけて思い出す悪夢のような選択を。

 

 あの頃は私もこの男も野心に燃えていた。邪悪な夢を持っていた。

 ある時、男が言った。高層ビルの最上階、私の部屋で。

「俺たちは世界を牛耳れる」

 私は飲んでいたウィスキーを思わず吹き出しそうになった

「冗談じゃないぞ」

 男は憤慨したように言った。

「悪かった。急に言われたんで驚いただけさ。ただ、本当に世界を牛耳れるなら、筋道くらいは知りたいね」

 男はしばらく黙っていた。私は部屋の明かりを消し、窓際で光の洪水を眺めていた。

 そのうち男も機嫌をなおしたようでぽつりぽつりと語りだした。

 最初は控えめだったが、だんだん興奮してきたようで、最後は身振り手振りを交えて計画を説明した。

 はじめは絵空事だと聞いてた私も、男の話を聞くうちにあながち出鱈目ってわけでもないと思い始めた。確かに私やこの男の財力や人脈を駆使し、自分たちの民族的背景まで利用すれば実現できなくはないように思えた。

「大事なことは」と男は言った。「直接頭を押さえつけないことさ。そんな事をしなくたって、ある一定の集団が特定の目的に向かって走ってくれさえすればいい。とすると、すべてを統制しようなんて無駄の一言になる。金だ、利益だ、利害関係でやつらを縛りつけてやればいい。営利企業の目的は利益の追求だ。それを利用してやるんだ。するとどうなる? スタンドアローンの集合体という矛盾した何かの出来上がりだ。それぞれがそれぞれの利益を追求する。すると自然に出来上がるネットワーク。こいつはいいぞ。一人二人が駄目になったって、すぐに変わりは供給される。絶えず蠕動し、絶えず拡張子する、アメーバのような化け物だ。俺たちは、そいつの手綱を握ればいい。筋道を示してやればいい。目的に向かって邁進させてやればいい」

「いくら企業をそうしたって、一般人まで乗ってこないだろ。彼らには彼らなりの生活があるぜ?」

「メディアを使って煽動させればいい。俳優、作家、評論家、世間に影響力のある人物を抱きこんでやるんだ。そのために宗教を使う。自分たちは選ばれた民であると洗脳してやれ。自分たちは愚民とは違うんだと教育するんだ。手段を選ばず、そうだなあ……サド伯爵がやってたような秘密クラブを立ち上げる。あいつらには秘密という名の鎖で縛ってやればいい。個人なんてどうやったって弱い。欲望をついてやれ。あっという間に俺たちの駒の出来上がり。それで解決だ」

「まるで分断統治だな」

「基本はそうさ。ローマ人は素晴らしい概念を発明してくれた」

 男の語る計画を聞くうちに私の背筋に鳥肌が立っていた。いけるぞ、という確信と、アナーキズムと倫理観の葛藤が皮膚をこわばらせた。

「それで、失敗したら私たちはどうなるんだい?」

「そんなの簡単さ。俺たちがこの世からいなくなる。単純明快な理論」

 私はグラスに残っていたウィスキーを一息であおった。食道を燃えあがらせて落ちていく感触を楽しんだあとには決心がついていた。

「いいね。そういうの、大好きさ」


「兵器、弾薬、怪我人死人に復興と戦争は金がかかるね。すべてが終われば支援金に真っ新な土地まで手に入る。俺たちとしては笑いが止まらないよ。いやあ、順調順調」

「はたしてそんな上手くいくかな」

「君もしつこいね。こんなに上手くいっているじゃないか」

「この前テロ組織が武器の入手先をメディアでしゃべってたぞ」

「テロ組織の言葉なんで誰が信じる」

「自作自演だって民間レベルではバレはじめてるぞ」

「陰謀論だと言っとけ。一般人は無知なくせにプライドが高い。はみだし馬鹿にされることを極端に嫌う。何のためのリベラルという名の全体主義だ? 上手く煽動してやれ」

「その煽動が限界にきていると言っているんだ」

「限界などない。大衆はすぐに騙される。煽動される。極悪人だって、俺たちがメディアでいじればあっという間に善人だ。そうやってきたのに、今更何を言い出すんだ?」

「状況が変わった。奴らに考える手段ができた。それに俺だって……」

「なんだい、今更日和ったのかい? そんなものは半世紀は遅いよ」

「終りに近い人間には、目の前の悲鳴が思いのほか痛ましく感じれるようなんだ」

「星菫派を気取るには悪行が過ぎているようだが」

「償えるとは鼻から思ってないさ」

「ならどうしたいんだい?」

「終わらせる」

 私は懐から銃を取り出し突きつけた。男は呆れたようにかぶりを振ると、ソファーにふんぞり返った。

「すでに動き出しちまってんだ。俺たちが死のうが死ぬまいが、事態が好転することはないさ」

「だが、指示系統を潰すことは出来る」

「何のためのスタンドアローンだ? 俺たちがいなくなってシステムは動き続ける」

「俺は、そうは思ってないさ」私は撃鉄を起こした。「あんたは、底知れぬ人間の善意を分かってない」

「善意と来たかい。まったく、あんたも焼きがまったもんだ。いやはや、年を取るのは嫌だね、お互いにさ」

「俺たちがいなくなれば、一瞬でも隙が生じる。その間に骨のあるやつが一撃食らわせることだってできる」

「他力本願か」

「しかしそれしかないだろ。スタンドアローンの化け物相手なら、同じスタンドアローンの拳をぶつけてやるしかない」

「上手くいくと思うかい?」

「それは俺のあずかり知らぬところさ。俺たち計画同様にね」

「ならば、さきにあの世に行くとしよう。すぐに再会できるけどね」

「あの世なんて信じてないのによく言うよ」

 男は私にウインクをした。若いころからの親愛の表現だ。

 私は男にウインクを返してやると、引き金に引いた。

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