真夜中は異世界
真夜中は異世界だ。
肌に突き刺す冷たく張りつめた空気。空を仰げば多少見えやすくなった、何座となすか知らない星々。民家の明かりはなくなり、大きな間隔を開けてぼんやりと夜道を照らす街灯。車や人通りもない、静かで一人ぼっちの道。
昼と比べて、なんて異質な世界だ。人間の生態から外れて真夜中に活動すれば、普段味わえることのできない異世界を味わうことができる。
行き先を定めず、ふらふらと歩く。偶然遭遇した猫と戯れてから、こっそりと自宅に帰宅する。
朝の起床に苦しめられながらも学校に行くのは、しがない学生にとってサボることを考えても決して実行することのないことだ。
「ねえ、猫に話しかけていたでしょ」
空は茜色に染まっている。僕は教科書やノートを詰め込んだ重い鞄を持ち直す。
大丈夫。はぐらかせる。特に関わり合いもなかった、顔を知っているだけの同級生だ。
「人違いじゃない?」
無表情を努めて去ろうとする。
同級生は怯むことなく、口に手をあてて声の調子を上げる。去ろうとする僕に合わせて体を向けたため、身近なスカートが翻る。肌色が眩しかった。
「え!? でもでもぉ、魔法を使えたらなあとか、勇者になりたいとか………………『かわいい女の子がパーティーに入っ「人違いって言っているだろ!」……必死だなあ」
冷静さを欠き、墓穴を掘った気がする。
僕は人目を気にしながら黙り込むと、同級生が調子に乗る。
「『ケモミミっていいよね』」
「証拠もないのに」
言葉に被せ気味に反応する。ごめんなさいだから調子に乗らないで。
「証拠、ね。確かに証拠はないかな。でも、そんなものがなくても分かっているよね」
どくんと心臓が跳ねる。恐る恐る目を合わせれば、同級生はにこりと笑う。
「安心して、脅すつもりはないよ。またね」
証拠なんてなくても、高校生でそれも女子高生ならば面白おかしければいい。かの同級生がその気なら、僕の愚かな独り言は噂になって広まるだろう。
びくびくと怯えるが、真夜中の徘徊はやめられなかった。ストレスがあるからこそ出歩いてしまう。
「猫! こんの、お前のせいだぞ」
またもや遭遇した猫に八つ当たりをする。見回した限り誰もいないが、流石に聞かれたら不味いことは呟かなかった。
「また猫と話していたね」
噂は広まっている様子はなかった。そもそもこの同級生を探った結果、話をする相手はおらず孤独に過ごしていると判明する。強気になった僕は鋭く睨みつける。
「君の姿は見かけなかったけど」
「あれ、認めるの?」
「さあ? でも帰宅時以外で、君の姿を見かけたことはない」
「そう? 私は見かけたけど」
この同級生の情報収集は友人を頼った。そのため同級生が、一方的に僕を見かけただけだろう。
「もしさ、私を見つけられたら。イイコトしてあげるよ。望むような奴」
僕はこの同級生を探すことになった。夜の徘徊を一方的に知られているのは悔しいからだ。決してイイコトのためではない。ないったらない。
だが、同級生はどうにも見つけられない。毎日帰宅時に話していることで、その内容から同級生は僕を見つけていることは確信を持たされているのだが。
「いったいどこに隠れているんだ」
歩く場所も時間も変えた。それなのに、同級生だけが僕を見つけられる。まるでストーカーのようだ。…………まさか、本当だったりして。
「そういえば、お前もそうだな」
初めて遭遇してから、毎日猫とは遭遇している。逃げることがないことから、人なれしていることが窺える。
「確か、お前に会った次の日に始めて話かけられたんだっけ。お前が報告してるんじゃないよな。お前が彼女自身だったりして。……なんてな」
「冗談みたいだけど、正解にしてあげる」
「ッ!? 猫が喋った!?」
「じゃあ、念願のイイコトだね。えい」
「うわっ!?」
ボンっという音が正しくあっているだろう。もくもくとどこから湧き出て僕を包み込む。
「どう、イイコトだったでしょ? 猫くん」
女のか細い腕で、僕は持ち上げられる。簡単に同級生と目が合って、その言葉の意味を咀嚼できて唖然とする。
「猫……? 猫だ……!」
唖然としていたのは一瞬だ。
真夜中を、精々非日常と称するのが精いっぱいのところを異世界と偽り楽しんでいた。だが、違った。真夜中は確かに異世界だったのだと、いや、この世界は異世界である面を孕んでいたのだ。
魔法をかけた同級生を、僕は高鳴る心臓を感じながら見つめる。脅すに近い揶揄いに恐れていたことは忘れ去り、異世界をもたらした彼女に心奪われていた。




