第二話 もう引き返せない
次話から段々字数が増えていきます
「……えっと」
「で、どうですか?」
「あの、勇者だとか帝国が云々とか急に言われても困るんだけど……まず、あなたは誰ですか?」
正直、ただでさえ異世界に急に来たのに、そこにさらに帝国を救うとか言われても困る。
そもそも、目の前の少女は誰なのだろうか?
まずは、そこからである。
「あ、私としたことがすみません。私は、このユグドラシル帝国の頂点に立つ皇族……アイリス・フォン・ユグドラシルですわ」
「というと……皇女様ってことですか?」
「はい、一応第二皇女です」
……ヤバくね?
不敬罪で殺されない? 大丈夫?
とりあえず、跪いとこうか。
足が地面に触れて土がついて汚れるが、命に比べれば安いものだ。
「皇女様とは知らず、無礼な態度、申し訳ありませんでした……アイリス様」
そして……とりあえず、速攻で詫びを入れよう。
少しでも、機嫌を直してもらおう。
「……いや、どうしたんですか、急に」
「いや、不敬罪に処されるかなと思いまして」
「……顔を上げてください。そして、とりあえず立ってください」
「はっ」
言われた通りにする。
あー、やっぱ足に土付いちゃったか。
あと、スカートの裾も汚れちゃったな。
顔を上げると、少し呆れたような顔をしているアイリスの姿があった。
「あなたは……私をなんだと思っているんですか、まったく。そもそも、異世界からあなたを招いたのは私。だから、あなたがこの世界での作法を知らないのは100も承知。そんな状態で、あなたを不敬罪で首を刎ねるほど理不尽ではありませんよ、私は」
どうやら、首は刎ねられないで済むようだ。
「それに……元の世界のあなたの人生を私は奪ったんです。だから、多少の事は許しますよ」
そう彼女は、少し俯いて言う。
どうやら、アイリス様は理不尽な皇族ではないらしい……帝国の皇族とか理不尽で、冷徹で残虐というイメージだったが、改めた方がいいかも。
……ん? 人生を奪った……?
私は……ひょっとしてあの世界に戻れないのだろうか?
「あの、アイリス様」
「どうしたの?」
「えっと、その……今、元の世界での人生を奪ったとおっしゃいましたよね?」
「えぇ、それが?」
「……私は、もうあっちには戻れないのですか?」
「あぁ、そのことですか……すみません、戻れません、決して」
「そう、ですか」
そっか……そうなのか……
私は上を向き、空を眺める。
そこには、皮肉にも美しい満月が輝いていた。
別に私は、特別な人生を送っていた訳ではない。
断じて、歴史に多くの人の記憶に残るほどの人生ではない。
それでも……それでも……
私にとっては……かけがえのない場所だったんだ。
学校に行くたびにいっつもくだらない世間話や一緒にバカをした数人の友人。
私に、帰る場所をくれた父と母……挙げたらキリがない。
多くの人とさほど変わらない記憶……でも、私だけの、特別なものだった。
でも、もうない。
それらはないんだ。
一緒に笑い合う仲間も、帰るべき暖かな家もない。
そんなこの世界で行くんだ。
一筋の水が目から流れ落ちる。
「あぁ、そっか」
私は、幸せだったんだ。
失って初めて気づいた。
もう戻ってはこないものの、本当の価値に。