魔石研究所のちょっと変わった1日~甘くないですお仕事は!《魔輝石探索譚異聞》
王立ヴェステ魔石研究所の朝は遅いしグダグダと言われている。
研究者達は遅くまで研究に没頭するせいか朝から活動している人は希で、昼食を摂る直前のこの時間でも事務窓口に来る人は早めに分類されるぐらいだ。
「アプランさん! また辺境砂漠まで行っちゃったんですか?」
「うん、ごめんね~研究の山場なんだよ~」
ダメダメ研究員その20ぐらいのアプランが事後承諾の経費請求に来た。
「なら、途中でも良いから論文を一部提出してください!」
「論文の途中提出って無いでしょ~」
「なら、経費落ちしませんよ!アプランさんの場合定期報告もちゃんと頂いてないので私もここで通しちゃうと後で怒られるんです。嫌ならチャッチャと仕上げて提出して下さい」
時々、良い報告や論文を書いてくる様でアプランは少し上から甘めに扱われている。でも、規則は守ってもらわないと、とばっちりを食らうのはシュリ達事務職員である。
この研究所は基本体内に魔石を保有する内包者や隠者が研究を行っている。
内包者とは3歳~5歳ぐらいで行う儀式により魔石を体内に取り込めた人。
取り込む魔石の種類によって魔力適性が変わる。魔石の操作は、体内魔石を有する者の方が無いものより強い魔石から魔力を引き出せる。
隠者とは内包者が魔石との繋がりを更に強くした大量の魔力を扱える者。
他国では賢者と呼ばれるらしい。
だがこの研究所でそう呼んだのが知れると酷く怒られるし、下手すると職場をお払い箱になってしまうぐらい忌むべき呼び名とされている。
それにしてもヴェステ王国でもエリートと言われるような人たちの集団であるのに、ココの人達のダメダメ感が半端ない。
シュリはココに勤めてからは絶対結婚するなら一般の人が良いと言う感覚になった。
『偉くたって、あんなに日常生活ができない人たちは勘弁だわ…』
シュリは固く心に誓うのであった。
この王立魔石研究所に事務職で就職するには見習いの時期に王都で予備学校に通う必要がある。
シュリは第二都市で生まれた貴族家に勤める父母を持つ、一般家庭の子である。見た目もヴェステに多い明るい茶色の髪色だった。目だけは少し珍しい朱色の瞳だったため、もしや内包できるかも…と期待されたがソレは無かった。
内包者は貴重であり、そうと分かれば国から保護され将来が約束されるのだ。
賢者の塔がしっかりと存在する国々は内包者が多く生まれるが、ヴェステ王国には明確に塔は存在しない。
魔石が好きで…でも、自分では内包できなくて…それでも関わっていたくて目指した場所。
『…なのに中に居る人たちはダメダメばかり』
そもそも所長である王女様事態研究狂いの変わり者という噂があった。
王族の神聖な職務を投げ捨てて研究所に入り浸り、魔物を捕まえて育てたりしていると…影で言われているようだ。
『そう言えば子供も拾ってきて研究所内で育ててるんだっけ…』
何か恐ろしい噂もあるが何となくシュリは所長が子供を拾ったと言うだけで良い人そうに思えてしまった。
シュリが一度見かけたその子供と思わしき者は、砂色の目と髪色をした端正な顔立ちの可愛らしい男の子だった。
大変楽しそうに歩いていて、その時見かけた王女様らしき人影に向けてその瞳には溢れんばかりの親愛と尊崇と憧憬の感情がみえて一目見ただけで幸せそうであることがわかった。
この世知辛い世の中で他人の子を労働力以外として育てる様な者はこの国には少なかったので、シュリは王女様を単純に尊敬できると思った。それに、そんな境遇の中なのに幸せを絵にかいた様な男の子の表情は、とても印象的だった。
だがシュリは知らなかったが恐ろしい噂にはおまけ話も付いていた。
その子供は、魔力を人体が許容出来る最大値で常に浴びせられるだとか、人体には毒となる魔石を口から摂取させられているだとか、魔力を多く含む魔物肉は食べられるが魔力当たりを起こしやすいのだが、それしか食べさせてもらえないとか…かなり酷い実験材料的扱いであるという話もあった。
ただし、どこまでが真実かは分からない。
研究者は海千山千な人材の集まりだが、事務職員は至って普通な人々の集まりである。
事務職員の仕事は主に事務処理受付での対応だが、その他研究用の素材や資料の搬入処理なども回ってくる。
その作業時は倉庫で納品書と比較確認を行う。
魔石好きのシュリにはちょっとした役得であった。
色々な国々の色々な魔石は見ているだけで心が踊る。
色に輝きに由来に結晶構造に魔力、納品書に付いてる鑑別証明書を目にしてしまうと止まらない。
時々、魔力が強く危険性のある魔石が存在するため通常内包者を一人含む二人組みで行うが、内包者は研究者も組み込まれているのでサボリが横行する。結局事務職員単独で行うことが多くなるがいつもの事だったし、シュリも気にしてなかった。
今回も余り気にせず作業を始めていたが、凄く気になる魔石があった。
シュリの拳ぐらいの大きさの黄色く輝く魔石。とても透明で何色か交互にそれぞれの色を放ち輝く。
そして輝くときに脈打つような魔力を放ち近くに居るものを威嚇する。
そう、魔石なのに威嚇する…と言った表現が合うのだ。
魔石を内包しなかったシュリには過剰な魔力であり興味を引かれて箱ごと持ち上げてじっくり見た時には意識を失っていた。
気が付くとそこは作業場では無かった。
だが、救護室でもなく研究室の長椅子と思われた。
少しは離れた書類が倒れそうに積み上がった机で一生懸命文字と取り組む男がそこにいた。
ぼんやり目を開けるとアプランが不器用そうに文字を報告用紙に刻んでいた。
「あれ?」
「シュリさん、目覚めた? 納品物の検品で倒れたみたいだよ。倒れていたので近場だったココの研究室に連れてきた。丁度一緒に倉庫に行った奴が居たから事務室には伝えといたよ。検品が途中だったから残りのはやっといた」
何だか訳がわから無いが助けてくれたらしいし仕事まで手伝ってくれたらしい。ほったらかした仕事の支援をしてくれるし気軽に明るく対応してくれる…良い人。
「…ありがとうございます」
一応お礼を言って見たが何故かシュリの心は釈然としない。
「あー、でも僕が忘れてて遅れたせいでも有るから。悪いのは僕だから気にしないでね」
シュリの米噛みにピキリと皺が寄るのを感じた。
「そうだ…毎回サボるから気にしなかったけど、あなたが私の今年の魔石の納品を扱うときに組む相手!!」
シュリも結構大ざっぱな方であり、職務に支障が無かったので忘れていた。
だが思い出すと無性に腹が立った。
「あなたがいい加減なせいでどれだけ迷惑を被ってるか…!!!」
その場で半時ほどお説教を与えてしまった。
後半、魂が抜けたように項垂れているアプランの姿を見て、少しスッキリしたのでシュリは解放してやることにした。
しかし、平身低頭謝り倒す姿を見てやり過ぎた事を感じたのと、アプランが本当に感じの良い人だと言うことが良く分かった。なのでシュリは正気に戻ると、外聞も気にせず勝手に怒りまくっていたことが気恥ずかしくなってきた。
研究者の条件である魔石の内包者はこの国では希少なため、それがわかった時点で本人の希望とは関わらず国に保護される。
そのため、エリート意識が強く事務職で入ってくる非内包者へは比較的横暴な研究者が多い。
研究者に割り振られた業務を知っていてもやらない研究者が殆どなのでサボられても気にしてなかったのだが、今回の当番がアプランだったと分かってしまったため怒りが増し、他の研究者への文句まで言ってしまった様な…謂わば、シュリの八つ当たりになっていた。
何だか申し訳ないことをしたと思いつつもそのまま退出した。
シュリにチョットだけ後ろめたさが生まれた。
後日、そのなんとも言えぬ気持ちを解消する機会を得た。
丁度、アプランの所とそのお隣の研究室へ魔石を届ける機会があったのだ。そのついでにお茶とお菓子を差し入れ、この前の八つ当たり的叱責のお詫びをしてスッキリしようと思った。
魔石を扱うのは、移動させる時であっても非内包者が行うときは内包者を必ず伴うと言うルールは同じだった。
当番研究者が先ほど緊急呼び出しで居なくなってしまったのと、アプランのお隣の研究者が急ぐと言うので独りで行くことになった。
今回はアプランのお隣さん研究者に袋に入った拳大の魔物魔石を急ぎでのお届けと、アプランには依頼されている屑魔石を1袋運ぶ予定だ。
でも、シュリはそのお届け以上にアプランへの差し入れの事で頭が回らなくなっていた。
『別に変ではない。渡すのは変ではない。知り合いだし…ご迷惑かけたし…』
ボーっと歩いているとあっという間に部屋の前。
先ずはお隣の部屋へお届けをしようと扉を叩くが…不在。
『はっ? …自分で急ぐと言ったのに不在とは! だから研究者は…』
また八つ当たりしてしまいそうな気分になったので深呼吸して気分を落ち着かせた。
そして予定とは異なるが、先にアプランの部屋へ赴くことにした。
アプランの部屋の扉を叩く寸前、何かが足元に絡み付く感覚があった。
下を見ると半透明の茶色く濁った靴の倍ぐらいの大きさのモノが足に絡み付いて光っている。
それはシュリが持っていた差し入れのお茶の水筒等が入っている袋のところまで絡み付きながら這い上がって来る。
「ひっっ!!!」
余りの予想外の事態に言葉が出ない。
その予想外の物体は目標物まで完全に辿り着くと荷物のあった辺りのシュリ自身ごと包み込み激しく光出し、大きさが倍増し色もはっきりして…魔物になった。
何故いきなりそれが現れたのかは分からないがシュリの足と持っていた袋ごと手がその魔物に包み込まれているのでその場から動けない。
シュリは気丈な方だったが流石に恐怖で動揺し、声が出るようになっても掠れるような声でしか叫べなかった。
「助…けて…アプラン…さ…ん」
声は届かないし、扉も叩けてないのに扉が開きアプランは出てきてくれた。
そして一瞬で状況を把握し、その魔物へ体内魔石の魔力を当てて怯んだ魔物から引き離すべくシュリを引っ張り出した。
無事引っ張り出せたが二人とも壁際に押しやられ、その形状を変化させる魔物はアプランが展開した結界を囲い込みその場からの逃げ場が無くなってしまった。
「何なんですか?」
シュリは助け出されたことで少し恐怖から解放され、ちゃんと動くようになった口で尋ねた。
「多分、…水熊虫。誰かが魔石と勘違いして流通させたか…取り寄せたんだ…」
ざっとアプランは説明した。
「なんでいきなりこの形態になってるのか…水熊虫は砂漠などで水がないと魔石状に擬態するんだ。擬態した状態で水分を関知すると活動を再開するんだけど、もしコイツを扱うなら厳重に梱包して移動させないとこう言うことが起こる可能性があるんだ!」
シュリは魔石として渡された状態を思い出したが小さな袋に入っているだけで厳重な梱包等は皆無だった。
アプランが展開している結界ごとそいつは飲み込もうと目の前で伸び縮みしている。
シュリはその気持ち悪い動きをしている虫の魔物から目が離せなかった。
「普段は決して強力な魔物ではないのだけど、飢餓からの解放時だけは見境無く襲ってくるんだ…」
そしてアプランは少し考えて決意するように言った。
「僕の体内魔石の魔力だけではトドメは刺せない。この場所は、納品物の検品時ぐらいしか人が来ない様な端だ。今手持ちの魔石もない…。この状態から脱出するためにはソコに転がってる屑魔石を使おうと思う」
アプランはシュリを見て微笑む。
「君にも手伝ってもらいたい」
シュリは何をするのかも分からないが大きく頷いた。
アプランは、結界の向こうの魔物の更に背後に散らばる屑魔石に魔力を通し少しずつ移動させ陣を組み上げる。細かい精密な作業を、結界を展開しながら行うのは結構な負担になるようでその顔に疲労が滲む。
まじまじと見たことは無かったが、アプランは砂漠の方の民族に多い薄茶の髪と濃茶の瞳の20代後半ぐらいの好青年と言った顔立ちだった。
その優しげな表情の中には、強い心を持つ人が放つ瞳の輝きがあった。
そこには、いつも事務処理受付に来るときの軽いお気楽さは欠片もなかった。
『いつもこんな感じなら良いのに…』
シュリはなんだか場違いな思いに首をフルフルと降った。
アプランの集中が切れる頃、そこには見たことのない魔法陣が描かれていた。
シュリが見たことのあるモノがそもそも少ないが、それは今まで目にしたことの無いような図形だった。
「陣は出来たけど、起動はあの場所まで行ってやらないといけないんだ。だから君にお願いしたい」
「お願いって言われても内包者じゃ無いから無理だよ…」
シュリは泣きたい気持ちになり、素のまま返事をしてしまった。
だが、アプランは首を降りながらシュリに向き合い伝える。
「あの魔法陣は生活に使う魔石に流すぐらいの魔力操作が出来れば起動できる。だから、あの陣から魔力を導き起動して欲しいんだ」
魔石を内包出来なくても魔石の近くに居たくて選んだ道。だがそれは自分自身には歩めない道を身近で感じることになり、シュリは縛られた思いのなかに閉じ込められていた。
「もし、無理だと言うなら一緒に移動して僕がやるよ…」
シュリの表情を見て難しと思ったのか別な提案もしてくれた。
アプランは陣を組み、結界を張る魔力を体内魔石から取り出していて疲労が極限まで至っている様だった。その場所から少し動くのも辛そうだった。
『魔力を出しすぎて暴走して大変な事になった人もいるって聞いたことがある…』
青白い顔に汗を流しながら無理やり微笑むアプランは儚げでシュリはそんなことを思い出し不安になった。
『私は手伝うことに同意したんだ…』
「普通に明かりを灯すように魔力を動かせば良いのですよね」
シュリは決意を滲ませた表情でアプランに向き合った。
向き合ったアプランからも真剣な表情で返事が帰ってくる。
「ありがとう。君の事は僕の命に変えても奴から守る…だから頼んだよ」
合図と共にシュリは目の前の結界から移動する。アプランの結界はシュリに合わせて移動するため自身の方の防御は手薄になるが、魔物は移動したシュリのみに気が向いている様でシュリを守り抜くため集中する事は疲れきっているアプランには正しい選択だったようだ。
魔石が描く陣が広がる場所までは直ぐだが、シュリは大回りで魔物を避けながら行くので辿り着くまでの一瞬が長く感じた。
辿り着き、アプランの結界に守られながら魔法陣の魔力を流そうとするが慌てているとき灯りをつけ損ねるように何度か失敗してしまう。
アプランは自身の防御は疎かなため、それに気づいた魔物がそちらへ向かい始めた。
シュリは自分の両の頬を両手でパチンと叩く。そして、もう一度その魔石で出来た陣の上に手をかざし灯りをつけるように魔石の中の魔力を動かす。
すると、その魔石の陣から動き始めた魔力が広がり魔物へ覆い被さるように広がり包み込んでいく。
完全に包むように広がった魔力は球状に形作られその中心部へ向かって熱の魔力となり集約され朱色に輝き魔物を焼きつくした。
陣の魔力が消え去った後には先程最初に届ける予定の魔石とは違う色合いの小さめの魔石が転がっていた。
そして力尽き果てたように座り込み壁にもたれ掛かるアプランが居た。
シュリはアプランが心配ではあったが、それ以上に魔石を体内に持てなかったのに放つことが出来た魔力に興奮していた。
『今までこんな話聞いたこと無かった!』
シュリは弱り倒れているアプランを揺すり動かし問いただしたい気分だった。
『私でも出来るって凄い!』
今まで夢見ていた事が叶ったのだ。
揺り動かしはしなかったが、倒れているアプランを確認に行ったら意識は有ったので気持ちを押さえつつ聞いてみた。
「これは何?」
「これが僕の研究だよ…魔石なんか内包しなくても、普通にもっと便利に魔力を使えるようになるための研究」
だが、その凄い研究結果を手にしているのにシュリの質問に答えてくれたアプランは沈んでいた。
「シュリさん、今日ここで見た陣の事は内緒にしてくれないか…」
シュリはこの素晴らしい結果を享受出来る日を夢見ていたので絶句した。
アプランは続けた。
「この陣はまだ研究途中だし、このまま世間に広まってしまった時の怖さを想像してしまうんだ…」
誰でも良心的に利用できるとは限らない攻撃できるぐらいの魔力を、万人が使えるようになると言う事だ。
それは新たに危険な魔物を街へ放つのと同じようなものだ…とシュリも思った。
だが新たな希望を見せつけられてしまったシュリの落胆はアプランにそのまま伝わった。
その寂しそうな俯くシュリを見てアプランが新たな提案を持ち出した。
「シュリさん。もしよければ新しい陣を試す被験者になって頂けませんか?」
シュリは新しい世界に繋がっていくような魔法陣に関われる提案に、心躍り跳び跳ねたい気分になった。
「喜んで手伝わせて下さい」
即答だった。
シュリの中に再び魔力と言う名の夢と希望が広がった。
それからシュリはアプランの研究室に良く出入りするようになる。
お小言付きで…。
アプランは毎回繰り広げられるシュリの耳の痛いお小言を聞きながら何だか楽しげだし、お小言を連ねているシュリも何だかんだと楽しそうだった。
『チャントしてないなら私が手伝ってチャントしてもらえば問題ないのかもしれないわね…』
シュリの固い心の誓いは何だか氷のごとく崩れ去りつつあるのだった。