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平助と王 日・台爺い絵巻  作者: 真桑瓜
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尼寺の怪

尼寺の怪



翌日、平助は王を伴って椿山弥勒寺を訪れた。バスを降り山道を徒歩で登る。

「清々しいのぅ」王が言った。

「此処はいつ来ても清浄じゃ」

昨夜二人は一升瓶を二本空にした。然し爺い達には全く影響が無い。

「最近酒が弱くなってのぅ」王が零す。

「儂もじゃ、もう先が長く無いようじゃ」

そんな事は無い・・・・と思うが?


長い石の階段を登り山門の前に立つ。人影は見えなかった。

「ん、あれは何だ?」平助が呟いた。

見ると山門の右上に綿菓子程の黒い物が蟠(わだかま)って浮いている。

「何か悪い気が凝っておるようじゃのぅ」王が言った。 

「庫裏に廻ってみよう」

二人は山門を潜り、本堂の前で手を合わせて庫裏に廻った。


「ごめん、住職は居られるかの」庫裏の玄関で平助が奥に向かって声を掛けた。

返事が無いのでもう一度呼んでみたが、結果は同じだった。

「出かけておるようじゃの」王が言った。

「暫く待ってみるか?」

「他に手は無いようじゃのぅ」



爺い二人は鐘撞堂の石垣に腰掛け、慈栄たちの帰りを待った。

どれくらい待ったであろうか、遠くから犬の吠える声が聞こえて来た。

「タロウの声じゃ、戻って来たようじゃの」平助が呟く。

女達のかしましい声も聞こえて来て、副住職の慈恵を先頭に三人と一匹が山門から姿を現した。

「あら、無門先生来てらしたのですか!」慈恵が大声で叫ぶ、山門から鐘撞堂までは結構遠い。「おお軍曹か。待ち草臥れたぞ!三人揃って散歩かな?」平助は慈恵を軍曹と呼んだ。

「いえ、そうじゃ無いんです!」そちらに行って説明します、と慈恵が叫んだ。

三人と一匹が近づいてくる。

「先生、お久し振りです」よっちゃんが挨拶した。よっちゃんはこの寺のお手伝いだ。

「一年ぶりかな?」

「平助さんお久し振り、そう、もう一年になりますか?」住職の慈栄が言った。

「住職、ご無沙汰しておった」平助が頭を下げた。

「おや、そちらは?」慈栄が王を見て尋ねた。

「王、住職の慈栄さんじゃ挨拶せい」

「王浩然と申す、台湾から来ましたのじゃ」

「慈栄です、平助さんの古いお友達ですか?」

「いや、平助とは昨日初めて会ったばかりじゃよ」

「えっ、まるで竹馬の友みたいに見えますよ!」慈恵が目を丸くして驚いた。

「私は副住職の慈恵、こっちがお手伝いのよっちゃん、そしてこれが番犬のタロウ」

タロウが、ワン!と吠えた。

「ほう、この犬、儂の名前を知っておるぞ」

よっちゃんがヒヒヒと笑った。「嫌だ、何?このお爺さん面白い」

「失礼ですよ!」慈栄が嗜める。


「ところで軍曹、さっき説明すると言っておったのは何じゃ?」

「軍曹はやめて下さい。それが、信じて貰えないかもしれないんですけれど・・・」慈恵が口籠る。

「何じゃ?」

「出るんですよ」

「何が?」

「ですから、これが・・・」慈恵は両手を胸の高さまで上げて、手首を下に曲げて見せた。

「幽霊か?」

「う〜ん、幽霊か、と問われると迷うんですが・・・そうですねぇ、もっと実体化しているような・・・」

「妖怪です」慈栄が言った。

「妖怪?」平助が鸚鵡返しに問い返す。

「毎夕、薄暗くなる頃に現れて、この寺を返せと言うんです」

「どんな姿形じゃの?」王が訊いた。

「そうですねぇ、小さなお爺さんです。袈裟を着て雪駄を履いています。後頭部が異様に大きくて禿げています、まるで福助みたいに」慈栄が顎に人差し指を当て、思い出すように言った。

「それは、ぬらりひょんではないか?」平助が言う。

「ぬらりひょん?」今度は慈栄が問い返す。

「佐脇崇之描く所の『百怪図鑑』の妖怪ぬらりひょんにそっくりじゃ。儂は福岡市の博物館で観たぞ」

「わぁ、怖い!」よっちゃんが叫んだ。

「だから、見廻りに出ていたんですよ、タロウを連れて」慈恵が言うと、タロウが吠えた。

「山門の黒い蟠りは、其奴の妖気だったのじゃな」平助が言った。「今日も来るのか?」

「多分・・・」

「よし、儂らが見届けよう。のう、王」

「面白くなって来たのぅ」妖怪とはキョンシーみたいなものか?と王が訊いた。

「あれは動く死体じゃ、西洋のゾンビに近い。妖怪は何も無い処に涌いて出る」

「ふ〜ん、奇っ怪なものよのう」王が首を傾げた。


夕方になった、コツコツと石段を登る音が聞こえて来る。足音は山門の前で立ち止まった。

「頼もう」地の底から響くような声が聞こえた。

本堂の前で待ち構えていた平助が応対に出る。

「何用じゃな?」

「何だ、爺いか、いつもの尼さんはおらんのか?」

「爺いはお互い様じゃ。それより用件を言え」

「この寺を返せ」

「ほう、この寺はお主のものじゃと言うのか?」

「そうだ、この寺は安永元年に儂が建てたものじゃ」

「お主は妖怪であろう。それが何故寺など建てられる?」

「ほう、儂が妖怪だとよく分かったな?」

「この山門から中に入ろうとせぬからじゃ」

「いかにも儂は妖怪じゃ、この結界から中へは入れぬ」

「入れぬものを返してもらったところで無駄であろうに」

「昔のように、妖怪が入れる寺が欲しいのじゃ」

「何故?」

「妖怪として涌いて出た我々は、永久に妖怪のままじゃ。釈迦の教えを実践する事で悟りを開き、涅槃に入りたいのよ。そして二度と涌いて出ぬようにしたい。その為に老中に就任したばかりの田沼意次を騙くらかして、この地に寺を建てさせた」

「その時には寺に入れたのか?」

「ああ、本尊を入れさせなかったからな」

「本尊はどうしたのじゃ?」

「運ぶ途中に雨を降らせ、そこの川から海に流した」ぬらりひょんは振り返って石段の下の流れを指差した。「そして儂が住職におさまった」

「ふむ、聞けば気の毒なことよのぅ」

「それで、誰か悟れましたか?」後ろから慈栄の声が聞こえた。

「悟れはせぬ、その前に嘘に気付いた老中に寺を没収された」

「ほ、スーパーヒトシ君のようにか?」ボッシュート、と平助が叫ぶ。

「バカ言え、その時代そんなものがあるか!」ぬらりひょんが目を剥いた。

「元々、生命ではない、人の妄念から涌いた貴方達に、涅槃は有りませんよ!」平助の横に立った慈栄が言った。「貴方達が消える事が出来るのは、人の記憶から消えた時です。マイナーな妖怪はいつか消える事が出来るでしょうが、貴方のようなメジャーな妖怪は既に記録にも残っています。人間がいなくならない限り貴方が消え去る事は有りません」

「嘘だ〜!」ぬらりひょんが叫んだ。「詭弁だぁ、儂はそんな事は信じないぞ。よ〜し、こうなったら最後の手段、鬼を連れてきて貴様らを皆殺しにしてくれる」

「鬼だって妖怪だ、この寺には入れぬじゃろう?」

「ふん、儂を誰だと思っておる。妖怪の総大将ぬらりひょん様だ。人間の鬼を騙すなんざ朝飯前だ」

「人間の鬼?」

「鬼婆、鬼嫁、鬼教官、渡る世間は鬼ばかりだ。珍しいところではキックの鬼というのもおるぞ」勝ち誇ったようにぬらりひょんが言った。

沢村忠を知らなければ分かるまいが・・・

「一つ良いか?」いつの間にか涌いて出た王が言った。爺い二人は既に妖怪の域に達している。

「出来るだけ強いやつを連れて来てくれる?」

「当たり前だ!後で吠え面をかくなよ!」

捨て台詞を残して、ぬらりひょんは姿を消した。


「さて、どんな鬼を連れて来るかな?」平助が言った。

「強い奴なら、どんな鬼でも構わんよ・・・」






鬼VS爺



それから二日の間、ぬらりひょんは現れなかった。

平助と王は、境内裏の炭焼き小屋で、囲炉裏を囲んで酒を酌み交わしながら鬼を待つ。

「諦めたのじゃろうか?」王が猪口を口に運びながら言った。

「妖怪は執念深いのじゃ、きっと人鬼を騙すのに時間がかかっておるのじゃろう」

三日目の夜、よっちゃんが二人を呼びに来た。

「先生来ましたよ!」

「何人じゃ?」平助が訊く。

「五人です、ぬらりひょんは居ません」

「奴はきっと、その辺の木の上で高見の見物を決め込んでおるよ」

「終わったら仕置きをせねばのぅ」王がのんびりと言った。

「住職が引き止めています、早く来て下さい!」

「どっこらしょ」平助が腰を上げた。

「鬼退治、鬼退治〜♪」王が楽しそうに鼻歌を歌った。



寺の境内には、既に五人の鬼がスタンバっていた。

「住職ごめん。遅うなってしもうた」平助が謝った。

「皆さんお待ちかねでしたよ」ほほほほほ・・と慈栄が笑う。肝が据わっている。

「儂が先に行く、最後の奴はジャンケンじゃ」王がそう言って鬼の前に立った。


最初に出て来た鬼は人間発電所と異名を取る筋肉隆々のプロレスラー、ブルーノ・ヨンマルチノ。

得意技は『摩天楼の地獄』・・・だが、聞いただけではどんな技だか分からない。

ヨンマルチノは戸惑っている。仲間の鬼を振り返って肩を窄めた。

「儂が老いぼれなんで迷っているのか?仕方ない奴じゃ、ほれ、握手!」

王が手を差し出すと、ヨンマルチノは反射的に手を握った。西洋人の悲しい習性だ。

瞬間、ヨンマルチノの躰に電流が走った。

「アウチ!アウチ!オーマイ・ガッ!」

「どうじゃ、分かったかな?」王が手を離すと、ヨンマルチノは顔を顰めて呻いた。

ヨンマルチノの眼が本気モードに変わった。腰を低くして王に向かって構える。

「そう来なくちゃな」王が笑った。

王は邪険、否、蛇拳の構え。レッドスネーク・カモンである。東京コミックショーのゼンジー北京を知らねば分かるまい。

ヨンマルチノは先ほどの痛みがまだ残っているのか、警戒して容易に間を詰めて来ない。

「ならば、こちらから・・・」

王は、ニョロニョロとした動きでヨンマルチノに接近し、いきなり右足の甲を踏んづけた。

ギャッ!と叫んでヨンマルチノが蹲る。

「丁度良い高さになった」王はほくそ笑んで貫手を持ち上げた。

ア・タ・タ・タ・タ・タ・タ・タ・・・・・!

コブラが獲物に飛びかかるように、王の貫手がヨンマルチノの頸部を襲う。

ヨンマルチノの顔がみるみる紫色に晴れ上がり、そのままドサリと倒れた。

結局、摩天楼の地獄がどんな技かは分からず仕舞いだった。


鬼の仲間に動揺が走る。これからは全力をあげて向かってくるに違いない。


次に出て来たのは、ジャック・テンプシー。マナッサの人殺しの異名を持つボクサーだ。

得意技は、テンプシーロール。

テンプシーはゆっくりと平助の前に立った。身長差は20センチ以上。

テンプシーの構えは、上体を反らし両拳を正中線上に乗せたサウスポー。

「わ〜たしピンクのサウスポ〜♫」などと巫山戯ている場合ではない。

「平助、1分でカタをつけろ!」王が叫ぶ。

「何故じゃ?」

「八時だよ、全員集合が始まる!」

「何!何故そんな番組の為に楽しみを早く切り上げねばならんのじゃ?」

「軍曹の命令じゃ!」

「何、それを先に言え!」

平助はテンプシーに向かって、人差し指を立てて見せた。

「1分じゃ!」


テンプシーは振り子のように上体を振りながら間合いを詰めて来た。

いきなり得意技を繰り出すつもりらしい。反っていた上体が前屈みになっている。

「見えるぞ、見えるぞ。右足に体重が乗ってから右のパンチが出てくる、左足に体重が乗ってから左のパンチが出る!」

テンプシーには平助が何を言っているのか分からない。平助の予言通りに技を出してくる。

何度目かの振り子が右に振れた瞬間、平助が動いた。

「そこじゃ!」

平助の矢のような表裏突がテンプシーの人中を捉えた。

モロに人体最大の急所に拳を受けたのでは堪らない。テンプシーはゆっくりと後方に倒れて沈んだ。

「平助、10秒オーバーじゃ!」王が怒鳴った。

「しまった、様子を見過ぎたか!」

「儂に任せろ、次は速攻で決着をつけてやる!」

「王、頼んだぞ!」


「待った!」

その時、本堂の渡り廊下の上から大音声が響いた。「そんなカッタルイ事をしていたんじゃ間に合わないよ!」

廊下の上には・・・鬼が居た

法衣に襷掛け、頭に鉢巻を巻いた慈恵が、脇に大薙刀を携えて弁慶よろしく立って居る。

「えいっ!」慈恵は衣の裾を翻し、欄干から飛んだ。

「オリャー!」

ブンブンと薙刀が風を斬る。残った鬼どもは狼狽し境内を逃げ惑った。

「待て〜!鬼ごっこをしているんじゃないんだよ!おとなしくこの薙刀の錆になれ〜!」


いつの間にか、鬼どもの姿は境内から消えていた。

「あっいけない、TVが始まる!」

そう言い残し、慈恵の姿も境内から消えた。


平助と王は、玩具を取り上げられた子どものように、情けない顔で境内に突っ立っている。

「お〜い、観たか?」平助が気の抜けた声で、塀の外の松の木に向けて声を掛けた。

「・・・」返事はないが気配はある。

「結局、鬼軍曹が一番怖い・・・」王が呟いた。



炭焼き小屋では、三匹の爺いが囲炉裏を囲んで酒を呑んでいた。

「儂は諦めたよ・・・」ぬらりひょんが言った。

「あの鬼軍曹がいる限り、寺の奪回は無理じゃな」平助が気の毒そうに呟く。

「然し、お主は妖怪じゃ。この先いくらでもチャンスはあろう?」王が慰めるように言った。

「もう良い。あの尼さんの言ったことは真実だ、儂は永久に消え去る事は出来ん」

「妖怪も辛いのぅ」

「また遊びに来い、多少は気が紛れるじゃろうて」


コトリ、と盃が落ちた。いつの間にかぬらりひょんの姿は消えていた。












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