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平助と王 日・台爺い絵巻  作者: 真桑瓜
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十八羅漢山

十八羅漢山



爺い二人の異様な道行であるが、側から見たら参詣に出掛ける年寄りにしか見えぬであろう。

高雄駅のバスターミナルからバスに乗り、幾つもの渓谷に掛かる橋を渡った。

険しい岩山がいくつも聳り立つ事から十八羅漢山の名が付いたのだ。

一隧のバス停に着く頃には太陽が真上に輝いていた。

「少し登るぞ」王が言った。

「まるで墨絵のような眺めじゃのぅ」

「小桂林とも呼ばれておるでな」

剥き出しの岩肌に、緑が申し訳程度に貼り付いている小径を二人は登った。

額に汗が滲んできた頃、岩山の頂上に着いた。テーブルの天板のような丸く開けた平地があった。広さは半径十メートル程であろうか。


「ここで良かろう」王が平助を振り返る。

「落ちたらひとたまりもないな・・・」遥か下に流れる渓流を見下ろして平助が言った。

「最後の対決に、これほどふさわしい場所は無い」

「正に命懸けじゃ」


王は黒の中国服に着替え功夫靴を履いた。平助は日本から持ってきた空手着に黒帯を締める。

互いに礼をした。

「始めよう」王が厳かに言った。

「応」


王の構えは、空手の手刀受けを丸く大きくしたように見える。

平助は、天地人を通した左の入身。

どちらも得意の構えだ。

王は交叉歩で左に移動した。

平助はそれに合わせて僅かに方向を変える。

三歩目、王の右足が左足と交叉した時、平助がツッと前に出た。

王の反応は速かった。右足を軸に躰を反転させて左の上段後回蹴りを繰り出して来る。

平助の右足は左足を追い越し前に出た。同時に右拳が王の顔面を襲う。

蹴りと拳が交叉した。

拳が王の顔に届く前に王の蹴りが炸裂した。危うく左腕でブロックした平助だったが真横に吹き飛ばされる。

素早く立ち上がった時には王は目の前にいた。

平助は背中を王に向けながら身を沈めた。王の躰は平助を飛び越え、前方に受け身を取って構えている。付け入る隙はなかった。

「やるのぅ、平助」

「お主もじゃ、王」

「楽しいぞ」

「儂も・・・」

平助の構えが右の入身に変わった。

「次は何が出る?」

「内緒じゃ」

王は自ら平助の技を確かめるように間合いに踏み込んだ。平助の右足が左足に向かって自然に引き寄せられる。

『下がるのか?』引けば不利になる筈だ。

王の右拳が突き上げるように迫って来た。

両脚が揃う直前、平助は浮身を掛けた。左足が右足と入れ替わりに前に出る。

王の拳が空を切った。その瞬間平助の左手刀が王の頸を打つ。しかし、王が、振り上げた腕に躰を隠すようにしたため不十分の打ちに終わった。

「仕損じたか!」

王が素早く間合いを切って頸をさすりながら言った。「今のは効いたぞ」



戦い始めてどれくらいの時間が経過したのだろう。

もう、だいぶ日が西に傾いて来た。これから暫くは、西日を背にした方が有利になる。

今は王がその位置にあった。

王と平助の体力は無限であるかに思われたが、これは二人の動きがエネルギーの消費を最小限に抑えているからに他ならない。

それでも、いずれ限界が来る。平助が小さく息を吐いた。

「苦しいか、平助?」

「なんの、これからじゃ」平助は目を細め両拳を正中線上に構えた。

と、太陽が真っ黒い雲に覆い隠された。王がジャンプして太陽を隠したのだ。

次の瞬間強烈な光が平助の目を貫いた。着地した王は間髪を入れず平助の懐に飛び込み手を開いて徑を発した。

平助は十字受けでなんとか発勁を凌いだが、躰は崖っ淵まで飛ばされた。

王は平助に馬乗りになり、掌を平助の胸に当てた。

「そろそろ終わりじゃ」王は再び徑を発した。

平助は一瞬で躰を剛体化した。

発勁は柔らかい人間の躰を内部から破壊する技である。水を入れた風船なら力が波のように伝播し風船は破裂するが、コンクリートには効果が薄い。

「ぬ、勁が効かん!」

一瞬の躊躇が勝敗を分けた。

自分の放った勁で弾き返され、躰が浮いた所に平助の蹴りを喰らって、王の躰が崖から滑り落ちた。

「王!」平助が絶叫した。

平助は腹這いになって崖の下を覗いた。王の姿は何処にも見えなかった。

「王・・・」放心したように平助が呟いた。

「平助、ここじゃ・・・」苦しそうな王の声が聞こえた。

「王、何処じゃ!何処におる!」

王は、オーバ・ハングした崖の窪みに引っ掛かっていた。

「無事か?」

「ああ、なんとか生きておる・・・」

「待っていろ、すぐに助けてやるからな」

「急がずとも良い。ここで死んでも、もう思い残すことはないのじゃ・・・」

「バカを言うな!せっかく生きておるのに、死ぬことを考えて時間を無駄にするでない!」

平助は黒帯を解いた。片方の端を自分の右手に縛りつけ、もう片方を崖から垂らす。

「これに掴まれ、王!」

「今のお主の体力では儂の体重を支えきれぬ、人を呼べ」

「それでは間に合わぬ。いくら台湾とはいえ此処で夜明かしは出来ん」

「二人で死ぬ事はない。お主は下へ降りて人を呼んでくれば良いのじゃ」

「既に空気が冷えて来た、体温を奪われて死んでしまうぞ!」

西の空はもうオレンジ色の光が消えて、群青の宇宙が広がっている。

「王、少しは動けるか?」

「ああ、お主が手加減したからな。否、蹴りじゃから足加減か・・・」

「ふむ、それだけ冗談が言えれば大丈夫じゃ」

平助は再び腹這いになって蜘蛛のように地面にへばりついた。

「儂は草の根にしがみ付いても此処を動かん。なんとか一人で登り切ってくれ!」

「平助、お主は馬鹿じゃ・・・」

「なんとでも言うが良い・・・早く!」

「では、行くぞ・・・」

「応!」

王は両手で帯に捕まり躰を起こした。時間がかかれば握力が無くなる、ここは一気に登るしか無い。

「平助、少しの辛抱じゃ!」

「任せておけ!」

王は猿の動きをイメージした。崖に身を乗り出し帯になるべく体重をかけないようにして、一気に崖をよじ登る。

崖を登り切るとき平助と目が合った。平助の目が濡れているのが分かった。



月が、煌々と東の空に輝いている。

平助と王は草の上に寝転がってその月を眺めていた。

「人は、いつか必ず死ぬ」平助が言った。「それだけは変えられぬ」

「長かったような、短かったような・・・」

「長いも短いも相対的なもの。蟻の寿命に比べれば恐ろしく長く、地球の寿命に比べれば一瞬じゃ」

「良い人生じゃった」

「それも相対的なものじゃな、良いと思えば良いし悪いと思えば悪い」

「お主にかかれば身も蓋もないな」

「動物はただ、淡々と生きて淡々と死ぬ」

「人生に意味はないと言うのか?」

「違う、生きていることに意味はないと言うことじゃ。人生の意味は後から人がつけるものじゃ」

「分かったような分からぬような・・・」

「それで良い。儂にも分からぬ」

「ははははは。分かった、もう考えぬ」

王は草の上に身を起こした。「そろそろ戻るか。皆心配しておろう」

「最終のバスは何時じゃ?」

「もう間に合うまい」

「そうか、ではバスターミナルの待合室で夜を明かし朝一番のバスで帰ろう」

「お主と会えて良かった」

「儂もじゃよ・・・」


二人は月明かりの小径を、ゆっくりと下界に向けて降って行った。



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