台湾から来た花嫁
台湾から来た花嫁
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メイメイは、台湾での結納式(分定宴)を終えて日本での結婚式に臨んだ。
結納式といっても、台湾でのそれは日本の結婚式に匹敵するほど大掛かりなものである。
それが王大人の肝入りで圓山大飯店の崑崙ホールで行われたのだ。
吉田は、両親とごく近しい親戚のみを伴って式に臨んだ訳だが、それでも三百人からの出席者があった、もし新郎も台湾人だったならばその数は倍以上に膨らんだはずだ。
日本での結婚式には、メイメイの親族が大挙して押し寄せた。
その為、友人知人の少ない吉田であったが、西南グランドホテルで行われた披露宴には百人が参加したのである。
式は、ホテル前の道路を挟んだカトリック教会で行われた。
日本式でもなく台湾式でもない、敢えて西洋式で行ったのは吉田とメイメイの卓見であった。
教会の階段の踊り場で鳩を飛ばし、ライスシャワーを浴び信号を渡ってホテルに移動する間、思わぬ艶やかな花嫁の出現に歩行者は暫し足を止めた。
披露宴はメイメイの親族一同の他に、剛道館・妙心館関係者、吉田が剛三の代わりに空手を指導する警察、学校関係者が多く出席し、小規模ながら和気藹々と行われた。
式の翌日、二人はハワイへと新婚旅行に旅立って行った。
帰国後二人は、剛道館近くの公園に隣接するアパルトメントの7階に居を構えた。
この公園では以前、夏になると花火大会が行われていたのだが中止になって久しい。
今年それが復活する事になっている。
メイメイは家計を助けるため近くのビルの2階で胡弓教室と中国語講座を開き、教え始めた。
日中国交正常化が実現してから数年、日本人の中国文化への関心が高まっており、この教室は大盛況となった。
「ここからは、水面がよく見えるわねぇ」と小太郎を抱いたまま美希が言った。「今年の花火大会が楽しみだわ」池にはスワンの形をしたボートが浮いていた。
「ぜひ皆さんで見に来て下さいね、お料理を作って待っています」メイメイがコーヒーをテーブルに置きながら二人を見た。「小太郎ちゃんはコーヒーは無理ね、オレンジジュースでいいかしら?」
「ジューちゅ、ジューちゅ」と小太郎が小さな手を叩く。
「はいはい、ちょっと待ててね」
「メイメイさんごめんなさいね、突然お邪魔して」
「ううん、丁度寂しくなっていた所だから・・・」助かります、とメイメイが言った。
「どう、日本の生活には慣れた?」小太郎を下ろし、椅子に座りながら美希が訊いた。
「う〜ん、まだね。でもみなさん親切にしてくれるから・・・」
「そう、無理しないでね。何かあったらすぐに相談してね」
「ありがとう、そうします」
「あ、そうだ、今度二人でお芝居でも観に行かない?」
「えっ、でも小太郎君は?」
「父に預けるわ」
「いいの?」
「いいわよ。たまに孫の面倒みたってバチは当たらないわ。ねっ、いいでしょ小太郎?」
「ジィジ、ジィジ・・・」
「ほら、いいって」
「まあ、強引ね。でも嬉しい」
「じゃ、決まりね。チケットが取れたら連絡するわね」
「楽しみだわぁ!」
二人はしばらく世間話をし、夕飯の支度があるからと美希と小太郎は帰って行った。
「さあ、私も夕飯用意しなきゃ。今日は酢排骨と回鍋肉ね、陽さん喜ぶかしら・・・」
ある日、胡弓の教室から帰宅途中、メイメイが歩道を歩いていると周囲がざわつき出した。
見ると正面からランニングシャツにベージュの作業ズボン、サンダルを履いた挙動不審な男が歩いて来る。皆、その男を遠巻きに見ていた。
近付いてから分かった事だが、その男は革のベルトに出刃包丁を差して歩いていたのだ。
急に動くと危ないと感じたメイメイは、普通にその男と擦れ違った。
男をやり過ごしてから振り返ると、男は包丁を抜いて生垣に切りつけていた。葉が地面に散らばった。
キャッ!と言って、母親が子供を庇って蹲る。
男はギロッとその親子を睨み、徐に二人の方に歩き出した。
メイメイは躊躇なく駆け戻って、男と親子の間に立った。
男は無言でメイメイを見据えた。眼が座っている。
親子から離れるように、メイメイは男を引き付けながら退った。
突然奇声を発し、男が切りつけて来た。
メイメイは二度三度と刃を躱しながら男の隙を探した。
男が大きく振りかぶると同時に、メイメイは男の懐に飛び込み、二本抜き手で眼を突いた。
ギャッ!と行って男が掌で顔を覆ってしゃがみ込んだ。その側頭部を背足で蹴り飛ばす。
男は長々と歩道に伸びて気を失ってしまった。
「カッコイイ、志穂美悦子みたいだ!」小学生の男の子が叫んだ。
拍手が沸き起こった。
パトカーが去ると、居残っていた通行人が集まって来てメイメイの勇気ある行動を褒め称えた。警察に目撃証言をしてくれていた人達だ。
「本当にありがとうございました」親子連れの母親が言った。
それからメイメイは、近所の住民から親しく声を掛けられるようになった。




