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平助と王 日・台爺い絵巻  作者: 真桑瓜
14/22

李梅(リ・メイ)

李梅



吉田は、西門紅楼を歩いていた。初めてなのに懐かしい。

待ち合わせは、小さな漢方薬の店。そこにメイメイが居るはずだった。

桃精堂と書かれた看板の前に立つ。プンと薬草の匂いがした。

こんにちわ、と言って中を覗き込んだが誰もいない。

もう一度大きな声で呼んで見た。

答える声がして若い男が現れた。シャツの上からでも鍛え抜かれた筋肉が窺える。

通じるかどうか心配だったが、日本語で話しかけた。それしか出来ないからだ。

ダイジョブ、と若者は言った。そこに座れと、木の椅子を指差す。

それから一度奥に引っ込み、出て来た時には手に器を持っていた。

飲め、と若者が言った。吉田は素直に器を受け取った、乳白色の液体が柔らかな湯気を上げている。

甘酸っぱい味がした。若者は微笑んで、ヨロシと言った。

それから若者は、店の奥に声を掛ける。艶やかなチャイナドレスに身を包んだメイメイが現れた。

メイメイは無言で吉田の手を取った。吉田は引かれるようにして立ち上がる。

店を出ると、目の前に赤煉瓦の塔が建っていた。さっきは無かったが?

しかし、吉田はそれを不思議には思わなかった。

メイメイに手を引かれて、塔の中に入ると、中は円形の小劇場になっていた。

真ん中の丸いステージに上がる、客席には誰もいない。メイメイの姿も消えていた。

メイメイ、と呼んだが返事は無かった。代わりに先ほどの若者が現れる。

黒い功夫衣を身に付けている、吉田は自分の足元を見た。裸足であった。

吉田はいつの間にか空手着を着ていた。これは夢だ、吉田はそう思ったが夢の中の現実は生合成を欠いたままどんどん進んでいく。

若者が構えた、きっと陳と言う名だ。名乗ったわけではないが吉田には分かる、何しろこれは夢なのである。

陳の手にはいつの間にか二本の青龍刀が握られていた。

ブンブンと風を斬って青龍刀が風車のように回り出す。これは夢なのだから、斬られたところで死ぬ事はあるまい。しかし、もし現実だったら・・・

吉田には判断が付かなくなった。取り敢えず、現実として処理しなければ命が危ない。

吉田はできるだけ身を低くして構えた。腕はだらりと下げたままだ、刃物相手に構えは無用だ。

奇声を発して陳が跳んだ、二本の青龍刀が同時に頭上から降って来た。

吉田は円形のステージの縁まで一気に下がる。

陳は容赦なく吉田を追い詰める。縁に沿って右に廻った。

青龍刀は複雑な軌跡を描いて吉田に襲い掛かる。

かろうじて間合いを切って刃を躱しながら吉田は気が付いた。青龍刀の動きに比べて陳の躰の動きは単調だと。

唐突に”蚊”の話を思い出した。



小学校の夏休み、吉田はいつも父の実家に行った。

田舎は自然がいっぱいで、吉田は飽きる事を知らなかった。

遊び疲れたら、風呂に入り飯を食って寝た。

祖母の作ってくれたカレーは感動的に美味かった。

ある夜、蚊帳に一匹の蚊が入り込んで来た。吉田の耳の周りを飛び回って、とても寝ていられない。吉田は手を風車のように廻して蚊を追った。

しかし、いつの間にか刺されている。

祖父は笑いながら訊いた。なぜ刺されたか分かるか?

吉田は首を振る。

蚊は、お前の嫌がる事をして、動かないところを探しているんだよ・・・


そうか!

連続して起こる、二条の太刀風の後には必ず短い間が空いた。そこを狙えば・・・


そして吉田は、蚊になった・・・

若者の周りを飛び回り、意識的に視点をずらす。

そうする事で、相手を立体化し全方向からの状態を推測出来た。

一瞬、若者の胸にブラックホールが現れ、吉田は迷わずそこに飛び込んだ。

拳に衝撃があって、やがて若者はゆっくりと倒れた。


誰もいない観客席に拍手と怒号が渦巻いた。

見事だ!

いつの間にか若者の姿は消え、一人の男が近づいて来た。

貴方は?と吉田は訊いた。

李子龍、と男が答える。

李?

メイメイは、私の妹だ。

では・・・

私は、日本人が嫌いだ、と李は言った。君の技量を試させて貰う。

何の為に?

君が、妹に相応しい男かどうか・・・

見ると仰るのですか?

そうだ。

しかし・・・

これ以上の問答は無用だ。


李は左足を小さく踏み出した。

吉田は、右足を引いた。

同時に観客席から歓声が起こる。

ギャラリーは一体誰なのだろう?と吉田は思った。



吉田は、ゆっくりと左に移動した。自分の正面で李を捉える。

李は、吉田の動きに従った。

試しに連続攻撃を敢行してみたが全て流され、往なされた。

吉田は内心舌を巻いた、この男の強さは半端ではない。

自分の技に絶対の自信を持っている者なら、相手を自分に合わせようとして技がぶつかる。そこに勝機も生まれる。

しかし、この男は吉田の技に合わせて来る。自分の技を過信していない。

相手を、自分の技の協力者だと信じている。

李の動きは滑らかだ、流れる川のように淀みがない。それでいて技の全てに必殺の威力がある。

吉田はその流れに乗ってプカプカと浮いている小舟のような気持ちになった。

このまま行けばいずれ大海原に出る、そんな錯覚にとらわれた。

ゴーゴーと瀬の音が聞こえる。吉田の幻覚は覚めた、瀬に呑み込まれたら終わりだ。

咄嗟に床に身を投げる。李の影が吉田の上を過ぎた。



「どうしたの、吉田さん?」

吉田は、圓山大飯店の一室で目を覚ました。横にメイメイがいる。

「君の・・・お兄さんの夢を見た」

「まあ、気の早い事。兄と会うのは明後日よ」

「怖いな・・・」

「きっと大丈夫、貴方を見れば兄も許してくれる筈」

「明日は王先生に会いに行くのだね?」

「王大人も一緒に行って下さるわ」

吉田は、楽しい旅になると良いね、と言って笑った。

「さあ、起きましょう。今日は私が台北を案内してあげる」







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