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平助と王 日・台爺い絵巻  作者: 真桑瓜
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招待

招待


「悠さん、みなさんを家にご招待してはどうかしら?」朝の支度をしながら美希が言った。

「みなさんって、王先生達のことかい?」

「そう、それとその関係者の皆さん」

槇草は顎に手を当てて考えている。「王先生と面識があるのは、妙心館では師匠と熊さんか」

「それに、主役のお二人と私たち家族」

「う〜ん、どう考えても家の居間では手狭だなぁ」

「剛道館の母屋を借りましょう、そうすれば父も師範代の吉田さんも王先生に引き合わせることが出来る」美希の実家は剛道流の空手道場である。

「おっ、それは良い考えだ。居間と仏間の障子を取っ払ってしまえば十分な広さになる」

「みなさんのご都合を聞いてみて下さい、日取りが決まれば準備が出来ます」

「分かった、早速手配する」




「王先生、昨日は何処に行っておられたのですか?」

コーヒーを淹れながらメイメイが訊いた。

「うむ、うどんを食って赤鬼を退治して気持ちの良い若者に出逢った」

「まあ、それはお楽しみでした事・・・」怖い目が王を睨んでいる。

「そう臍を曲げるな、連絡せんかった事は謝る」

「もう良いですよ。それより槇草さんから夕食にご招待されました、三日後の夕方は大人しくここにいて下さいね、一緒にまいりますから」

「分かった、必ずここにおる」

「私は、今から美希さんの所に、何かお手伝いできる事はないか聞きに行って来ます。今日は昨日のような無茶はしないで下さいね」

「了解じゃ、安心して行って来るがよい」

「怪しいものです・・・」

疑惑の視線を残してメイメイが出て行った。

「さて、今日は何をするかの・・・」



王だとて、そういつもいつも何か仕出かしている訳では無い。

「この近くに、プラネタリウムがあると訊いたが・・・?」

王はフロントの槇草に場所と行き方を聞いてホテルを出た。

バスの乗り継ぎは煩わしいので歩いていく事にした。ぶらぶら歩いて二十分程で市の少年文化会館に着く。

「ここにプラネタリウムがあるのじゃな」

入場券を買って中に入る。プラネタリウムの受付は一階だが、まだ始まるまで間があった。

上の階から順に見ていく事にした。

屋上にドーム付きの天体望遠鏡があった。王は星が好きだった、見掛けによらずロマンチストなのである。

無線実習室や福岡市のジオラマなどを観て四階に降りて来ると、熱心に昆虫の標本に見入っている少年がいた。


「いっ君、もう行くわよ」

母親であろう、横に立って少年に優しく声を掛けている。

「うん、もう少し・・・」

少年は上の空である。

「仕方ないわねぇ、プラネタリウム始まるわよ」

「うん・・・」

「お母さん、先に行ってチケットを買っておくから遅れずに来るのよ」

「は〜い・・・」

王は、もう少しこの階を見て廻る事にした。

プラネタリウムの時間が近づいたが、少年は一向に動こうとはしない。

「少年、何をそんなに熱心に見ておるのじゃ?」

「ゾウムシの標本・・・」標本の入ったガラスケースから目を離さず少年が答える。

王は、ガラスケースを覗き込んだ。

「みんなおなじに見えるがのぅ」

「違うよ、山を一つ越えただけで全く違うゾウムシになっちゃうんだ」

「不思議なもんじゃのぅ」

「不思議なんて無いよ、ちゃんと理由があるんだよ」

「そうなのか?」

王は、この少年の利発さに舌を巻いた。

「そろそろ、プラネタリウムに行かんかの?」

「おじいさんも行くの?」少年は初めて王を見た。

「ああ、行くぞ。一緒に行かんか?」

「分かった、行く」

王は少年と連れ立って一階に降りた。少年の母親がいた。

「まぁ、連れて来ていただいたのですか?」

「放って置いたら間に合いそうになかったからの」

「有難うございます。この子いつだってそうなんですよ」

「別に悪い事じゃ無い」

「私もそう思うのですけれど、学校の先生は少し変わってるって言うんです」

「子供を規格品にしようと思っておるのだな。この子はこのままで大丈夫じゃよ」

「まぁ、そう言っていただけると嬉しいわ!」

少年が母の袖を引いた。「早く入ろうよ、始まっちゃうよ」

「あっ、そうね。それじゃこれで失礼します、連れて来ていただいて有難う」

「うむ。少年、サヨナラじゃ」

「うん、さようなら」

少年は母とプラネタリウムに入って行った。

「さて、儂も行くか・・・」

王はチケットを買った。


王が初めてプラネタリウムを観たのは、戦後十年以上経った頃だった。

東京の博物館で観て、なぜこんなものをわざわざ機械で観なくちゃならないのか不思議だった。

『あの頃は天象儀などと言っておったな、東京の夜が明る過ぎたのじゃ』

王は、当時を思い出してリクライニングの座席に座る。

ドームスクリーンでは、街のシルエットが背景の夕焼けに溶け、徐々に暗くなっていった・・・


王は銀座の時計台の前に居た。

真っ白い麻のスーツに、同じく白いパナマ帽を被り人を待っている。

時計台の鐘が『ウェストミンスターの鐘』を演奏して正午になった。

「王・・・」振り向くと、艶やかな花柄のワンピースにつば広のカンカン帽を被った女性が立って居た。

「小百合さん・・・」

「お待たせしましたわ」

「いえ、それほどでも・・・」軽く三十分は待っていた。

「お食事はお済みになられましたか?」小百合が訊く。

「いえ、まだ・・・」

「では、私の行きつけのリストランテに参りましょう」

「はい」

東京メトロの駅近くのイタリアンレストランに入る。

「お肉を食べましょう。ワインは、キャンティでいいかしら?」

「貴方のお好みのままに」

小百合はウエイターを呼び、慣れた口調でオーダーを伝えた。

王は、この女性に会うと、いつも自分が自分で無くなるような気がする。

「ところで、お国にはいつお戻りになるの?」

「急な命令で三日後には・・・」

「また、日本にはおいでになられるのでしょう?」

「分かりません、軍の命令がなければ・・・」

「そう・・・」



飛行場にはプロペラ機が離陸の準備を整えて待っていた。

「私・・・私、必ず台湾へ行きます・・・」

「待っています・・・」

「きっと・・・」

いつも気丈な小百合が取り乱している。王はさゆりの肩を抱いてもう一度言った。

「待っています・・・」

王の頬にも涙が光っていた。





「・・・いちゃん、おじいちゃん、終わったよ」

王は揺り起こされて目が覚めた。「ああ、寝ておったのか?」

「泣いてたの?」

王は手の甲で涙を拭った。「いや、欠伸が出ただけじゃよ・・・」

我ながら下手な言い訳である。

「じゃあまたね」少年が手を挙げた。

「うむ、また逢おう」

王はゆっくりと躰を起こした・・・




「お早いお帰りですね、今日はどちらへ?」メイメイが訊いた。

「うむ、プラネタリウムを観て来た」

「あら、お珍しい」

「面白い少年が居ったぞ」

「ふふふ、きっとその少年も同じように思っていますよ」

「子供は、親の見ていない所で成長するものじゃ」

「先生みたいにですか?」

「ははは、儂は自由奔放にやり過ぎた」

「それが先生の魅力ですよ」

「今日はいやに持ち上げるではないか?」

「・・・先生もあんなお顔をなさるのですね?」

「どんな顔じゃ?」

「帰って見えた時、憂いに満ちたお顔をされておりました。どうなされたのですか?」

王は少し照れたように言った。

「恋人に逢うてきたのじゃ・・・」


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